2-9 特技がイオ○ズンだったら即採用かもしれない面接
「いかがでしょうか。彼女は森人族ですし、美人という条件は問題ないと思われます。天職は氷術師の上、九度の成長を果たしており、それなりの戦力として数えることもできるでしょう。お客様のご要望を十分に満たせるものと思います。」
「……あ、ああ。」
あまりの質量に少し呆けてしまっていた。
あらためてメルーミィを観察すれば、流石に自分が売られることに対して、ポジティブにはなれないようだ。だがその憂いを帯びた表情までもが、彼女の美貌を引き立てているのだから、もはやこの外見は種族チートと言っていいのではないか。
強面奴隷商人の商品説明は続く。
「彼女は元は帝国魔導院で研究員をしておりましたので、その関係で多数の魔法を修めてもおります。そういった点でも役立てるかと。」
研究員としての業務は、魔法及び魔道具の基礎研究と開発などだ。その関係上、精神力は高い方が都合がいいらしく、概ね師職が務める職業らしい。それなりに成長回数を稼いでいるのも、業務の一環として推奨されていたためである。
魔法が使えない身からすると、それ関連に強い人材なのはありがたい。ネルフィアにも最低限のものしか覚えさせていないし、購入すれば新しく伝えさせることもできるだろう。
「年齢は二十一歳ですが、寿命の長い森人族ですので、問題にはならないでしょう。」
森人族の成長速度は、二十歳程度までは繁人族と変わらないはずだ。その後はかなりの長期間若いままと聞く。
まあこれで百歳超えと言われても、購入意欲は全く削がれなかっただろうが。
「また処女であることも女性の部下で確認させております。病気の心配なくお楽しみいただけるでしょう。」
確かにその辺のことは重要だが、あらためて言われるとなんとなく気恥ずかしい。男の主人に買われたら、ほぼ間違いなく手を出されるだろう美人とはいえ。
むしろ処女なのはネルフィアに『好評』だった。主人の身体を思いやっての意味が大半だが、主人を介して病気を移されても困る、というのも若干あるのは当然か。
聞けば聞くほど申し分のない人材だろう。それだけに必然的な不安要素がある。
「でもお高いんでしょう?」
「そうですな……。」
美人であるだけで値が跳ね上がるのが女奴隷の常だ。更に多種に渡るスキルを持ち合わせた奴隷の価格が、安いわけもない。実際、提示された額はかなりのもので、手持ちの金貨の枚数を大幅に上回るものであった。
「流石に高いな……まあ値段のことはひとまず置いておいて、これだけの人材が売れずにいた理由を聞かせてもらっても? まさか俺が来た直前に、この商館に彼女が入ったというわけでもあるまいしな。」
『目敏いな……。』「お客様のご推察の通り、彼女はとある過失で奴隷となったのです。」
奴隷商人からは着眼点が鋭いと思われたようだが、単に奴隷商人自身が気にしていたことを、探ったに過ぎなかったりする。
メルーミィが奴隷となった事情を聞くと、彼女はある実験中に薬品を取り違え、大規模な爆発事故を起こしてしまい、その賠償責任を身を持って賄うことになったのだという。
「………………。」『どうせ私めは……。』
静かに佇んでいたメルーミィも、自身の失敗を掘り起こされて沈み込んでいるようだ。
「ま、まあ失敗は誰にでもあるしな。」
「そう言っていただけると、彼女にも幸いでしょう。」
メルーミィの過失をネタに値下げを試みようかとも思ったが、そこまで酷になれなかった。なんとも甘いことであるが、ひとまず納得した振りをする。
ただ奴隷商人はこの時、彼女が売れずにいたもうちょっと詳しい事情を思い浮かべていた。
『これだけの上玉の販売を任せられたかと思えば、皇女殿下の不興を買っている娘だしな……流石にこれは説明しなくていいか。』
帝国魔導院には皇族の女性が在籍しており、その皇女殿下からのメルーミィの覚えは悪かったらしい。そのことを知っている者からすると、迂闊に彼女を購入することは殿下の機嫌を損ねかねないという、忖度に近いものが行われていたようだ。
これだけの美貌とボディをモノにできるチャンスがあれば、金持ち客が殺到しそうなものである。それが売れ残っているからには、相当な理由があるとは思っていたが、想像以上だった。
(下手すりゃ皇族を敵に回すことになるのか……だがあれはあまりにも……あまりにも……!)
これはことによっては相当な地雷物件であることは理解した。それでも眼の前で揺れるあの質量を、この手に収めたいと思ってしまうのが、男としての偽らざる本心である。
迷っているところで、ネルフィアが奴隷商人に質問を投げ掛けた。
「このまま買われなければ彼女はどうなりますか?」
「賠償のための身売りですから、買い手がつかなければ、条件の悪いところに押し込められることになるでしょうな。」
ネルフィアの場合のような困窮を原因とした身売りは、買い手がつくまで待つことはできる。もちろん売れない期間の分、手数料が嵩むことにはなるが。
メルーミィの場合は一定期間を過ぎると強制的に、ということになるのだろう。そうなれば例えば鉱山などで、毎日何十人もの男たちの相手をさせられる生活が待っているようだ。
そのような劣悪な労働環境に押し込められるのは、肉体的に繊細な森人族の上、生命力の劣る師職持ちにとっては、死刑宣告に等しい。大いに同情すべき点ではあるか。
本人にもいくつか質問をしてみる。
「特技とか聞いても?」
「はい、特技……強いて言うなら研究、でしょうか……それも大失敗しましたけど。」
「あー……魔物狩りは結構する予定だが、戦闘とかは大丈夫?」
「私めなんかでお役に立てるとも思いませんが、お命じになられれば……。」
「そうか。では当部隊で働くにあたって、君が最も役に立てると思うことを教えてくれるかな?」
「……私めが役立てるようなことは、あまりないように思います。」
「お、おう。」
皇女殿下がどういう人間かは知らないが、メルーミィが不興を買った理由はなんとなく分かった。どういうわけかこの森人族、自己評価が異常に低いのだ。
自分の身体にコンプレックスを抱えていた頃のネルフィアなど、問題にもならない卑屈さである。過ぎた謙遜は嫌味になるということを、どうにも理解していないらしい。
森人族が排他的傾向が強いのは、自分たちこそが最も賢い種族であるという自負によるところが大きい。少なくともこんなに卑屈ではないはずだ。性格といい身体といい、実に森人族らしからぬ女性である。
ついには自分に付けられた値段に対して「私めなどにお金を使わない方がよろしいと思います」などと言い出す始末だ。
この性格面は正直微妙に思える。命令さえ聞いてくれるなら実務的な問題はなかろうが、主人に対しての尊敬や忠誠を引き出せるかは未知数だ。
無理に引き出すようなものでもないが、あった方が色々と嬉しいのもまた確かなのである。
一応ネルフィアにも考えを聞いておく。
「彼女を買うべきだと思うか?」
「ご主人様の思う通りにされるのがいいと思います。」
そうは言っているが、彼女の意見は『賛成』で固まっている。外見には文句がないし、買われなかった場合への同情もあるが、性格と過失については、主人の手腕(寝技込み)でなんとかできると考えているようだ。
まあネルフィアは厄ネタの存在を知らないので、これはある意味必然ではあったが。
そしてカインの心もこれで決まる。
やらなくてもどうせ後悔するなら、ヤって後悔した方がいいだろう。明らかに後悔の大きさが違いそうなことについては考えないとして。
それに本当に地雷かは、踏んでみるまで分からない。不発かもしれない可能性に賭けてみるのも悪くはない。
(最悪、また別の国に逃げるか。)
身軽な根無し草であることが、こういう時はありがたかった。




