2-8 運ぶ質量 揺れる質量
(やっぱ受付はただもんじゃねえな……。)
遅れてきた元新人が舐め腐った態度だったのは確かだが、こうも唐突なバイオレンス展開には、汗が吹き出ざるを得ない。気のいい人間も多いのだが、気を抜くと蛮族ムーブが始まるからこの世界は侮れないのだ。
ネット小説だとさらっと冒険者になれてしまうし、王国ではなんだかんだで特別扱いだったのもあって、少々軽く考えていたかもしれない。
冒険者は一種のセーフティネットではあるが、依頼達成の能力に問題がある者を、無条件に受け入れてくれるほど寛容ではないようだ。
「したら説明続けっから、ちゃんと聞くだよ。」
それを身を持って体現してくれた髭の受付嬢の説明によれば、帝国での冒険者ランクは低い順に五級から一級、その上には特級があるらしい。
王国だと石等級から始まって金等級が最上位だったが、その辺は国によって違うのだろう。とりあえず何故かアルファベットが使われてるということはなさそうだが。
ともあれ、新人冒険者に与えられる五級は仮免のようなものであり、ギルドから街中の清掃活動といった、適当な仕事を与えられるとのこと。これは依頼を実直に遂行できるか、その適性を見るのも兼ねているのだろう。
正直、適当な魔物を狩りに出た方が儲かると思わんではないが、魔素結晶や素材を買い取ってもらえるようになるのは四級からだ。今は大人しく従っておくべきだろう。変に目立つ意味もない。
似たような不満を他の新人───特に奴隷を連れた男も持っているようだが、髭の受付嬢のパワーとスピードを思い出すと、流石にそれを表面に出す気は失せるようだ。先程の残虐ファイトは、新人への示威行為も兼ねていたのだろう。抜群の効果である。
他にも、依頼を達成できないことが続くようなら、降格ないし冒険者資格を剥奪されたりや、受け取る報酬や結晶などの換金の際には、税が引かれてることなどの説明を受ける。この辺のシステムはどの国も似たようなものだ。
「しっかりやんだよ。」
早速仕事を割り当てられ、髭の受付嬢に激励と共に送り出される。受付業務をする際には踏み台を使ってるとか、実は二児の母であるとか、彼女の属性の詰め込み過ぎについてはもう何も言うまい。
ネルフィアと連れ立って指示された場所に向かう。奴隷は冒険者にはなれないが、主人が仕事に用いる分には自由だ。だが頭数が増えたからと言って、報酬が増えるわけでもない。せいぜい複数の依頼を同時に受け、奴隷に手伝わせるぐらいだろうか。流石に奴隷に丸投げするのはまずいようだが。
ほどなく今日の仕事場に着いた。依頼人と思われる中年男性に確認を取る。
「冒険者ギルドから依頼を受けて来た者ですが。」
「おう、やっと来たか。じゃあいっちょ頼むよ。」
仕事は解体された家屋跡に残る廃材の撤去作業だ。廃材は重量感のある煉瓦や石材ばかりで、木材なんかは見当たらない。
建物が密集しがちな結界内において、火災は何よりも避けるべきもののひとつである。可燃性の建材が用いられないのは、当然と言えば当然であろう。
「……受ける奴がおらんわけだな。」
ネルフィアと二人で作業を進めていると、ぼやきの一つも出てしまう。割に合わない仕事であることは、作業を始めてすぐ分かった。適性を見るついでとばかりに、五級冒険者には塩漬けに近い依頼が回されるのだろう。
用意された袋に廃材を詰め込み、荷車に満載するまで積んで所定の場所まで運び、袋を降ろして戻ってまた廃材を袋に詰めるのを繰り返す。
単純だがとにかく体力のいる仕事だ。余りに単純なので、考え事のひとつもしたくなる。
(こんな仕事でも税が差っ引かれるか……金の流れを国がコントロールしたいんだろうな。結晶も他じゃ売れないし。)
税の直接徴収に関連して、買い取りのことにも思い至る。一般での結晶の取引は禁じられており、冒険者ギルドなどの国営機関がこれを一手に握ることで、供給先に対しての権益を確保しているのだろう。
この世界の社会は、魔素結晶というエネルギー資源に依存し切っている。権力者は軍を抱え、効率的に魔物から結晶を得ることで権勢を維持しているので、それ以外の結晶の流れもできれば統制したいはずだ。
まあちょっとしたものと結晶の物々交換なんかは、普通に行われていたりするのだが。取り締まるのもその辺が限界なのだろう。
などと社会体制を考察している内に作業は終わった。
「流石に[回復]があると早く終わるな。ありがとう、ネルフィア。」
「ありがとうございます。回復を活かせるのもご主人様のお力あってこそです。」
それなりに鍛えられた勇者の身体能力に[回復]が揃えば、作業時間は想定よりもずっと短く済む。二人でやれば手も多い。一人なら明日まで掛かるとされる仕事だったが、昼頃には終わってしまった。
あまりに早く終わったので依頼主から疑われ、片付けた廃材を確認に行くことになったりはしたが、無事依頼達成の証であるメダルを受け取る。
「疑って悪かったな。」
「いえいえ、ではこれで。」
仕事がちゃんと成されたかの確認ぐらいは、依頼主として当然の権利だろう。初対面の人間から信頼を寄せられるとも思っていない。
適当に昼食を済ませると、冒険者ギルドに戻り早速報酬を受け取る。宿代にして二日分といった額だが、二人なので実質一日分だろうか。
「随分と早えだな。」
「妻が賦活師なもので。」
「ああ、それでだか。」
遅めに弁当を広げていた髭の受付嬢からもちょっと疑われたが、ネルフィアの天職を明かすことで納得してもらえた。
冒険者を続ける以上、ネルフィアの方は偽装しようがないので、遅かれ早かれ分かってしまうことだ。ただでさえ勇者を戦士と偽っているのだし、余計な嘘を重ねない方がいい。
「んだば、次の仕事選んでみっか?」
「いいんですか?」
「手ぇ抜くんは論外だけんども、仕事が早えのはええことだよ。」
それぐらいのご褒美はあっていいらしい。先んずれば人を制すだ。
と言っても、どれも塩漬け一歩手前の依頼には違いないので、そう楽なものはなかった。比較的マシなものを選べただけ幸運か。
受けた肉体労働の仕事は、明後日までに終わらせればいいので、明日から取り掛かることにする。今日だけで結構[回復]を使わせてしまったので、疲れそうな仕事には余裕を持って臨みたいところだ。
午後が丸々空いたので、買い物にでも行くかということなったが、ネルフィアに必要なものを聞いたら、返ってきたのは奴隷という答えであった。
彼女の眼鏡にかなう人材は果たして見つかるのだろうか。そこそこでいいとは思うし、いい加減、主人の強権でもって妥協させるべきかもと考えつつ、この地方都市の奴隷商館に足を運ぶ。要望を伝えるのにもすっかり馴れてしまったのは、流石に考えものか。
「一人、ご希望に沿う奴隷がおります。少々お待ちを。」
眼光鋭い強面の奴隷商人はそう答えると、下男と思われる部下を応接室から送り出す。ほどなく一人の女性が連れてこられた。
「おっ……。」
「…………。」『この女性なら……!』
一目で凄い美人だと分かる。何しろ森人族だ。その端麗さはもはや種族的特徴と言って差し支えなく、ネルフィアのハードルもクリア。服装は地味なものだが、腰まである輝く金髪に抜けるような白い肌、そして何より特徴的なのは───
(森人族にしては大き過ぎやしないか!?)
その胸部に圧倒的な質量を備えていることであろう。
種族の特徴を記した書物にも、森人族が痩身であることが記されていたし、探心で正確に掘り起こせる記憶からも、目にした森人族女性の胸部は、軒並み慎ましやかであった。そんな常識を覆す圧倒的質量が、そこには存在している。ネルフィアをも上回るそのサイズは、服の中にメロンがふたつ入っている、と言われても信じただろう。
「あ、その……メルーミィと、申します。」
名乗った彼女がおずおずと頭を下げれば、その質量も揺れる。既にこの時、カインの頭の中からそこそこでいいなどという考えは消えていた。




