1-6 成長とは関係なく合法です
「ふう……お。」
後になって振り返ればきっと大したことのないことであっても、初めての命のやり取りは怖かった。抜けていく緊張の代わりとばかりに魔素を吸収する。チャラ兵士は何気なく避けていたが、自分の視点からだと思ったよりスライムは速い。盾がなければ危ういところだったかもしれない。実際、剣と盾はスライムを倒すのに向いている構成ではあるのだろう。豆粒大の石を拾って振り向くと、小走りでネルフィアたちが寄ってきていた。
「お怪我はございませんか、ご主人様。」
「ああ、大丈夫だ。どうにかなったな……飛び道具でもあればもっと楽に倒せそうだが。」
「それだと結局誰かが近くいませんと……。」
「だよなあ。」
紐式投石器───いわゆるスリングとはいかないまでも、普通にそこらの石を投げればそれこそ子供でもスライムは倒せそうだが、魔素の吸収が難しい。理想的な魔素の吸収の仕方は、魔物を抱き締めながら仕留めることだという。遠距離攻撃で程々のダメージを与え、弱らせてから接近するにはスライムは脆弱過ぎるし。もっと強力な魔物相手なら、全員が絆の魔道具を装備した部隊で一人が魔物の前に立ち、残りが遠距離攻撃するのが効率的な戦術とも思うが、その一人の負担は大きそうである。
「奴隷でもないと、役割での報酬の分配はよく揉めるんスよねえ。」
前に立ってるのは俺だけだから多く寄越せとか、そういうのがあるのだろう。トラブルを起こしたければ、絆の魔道具なしで事前報酬も決めずに野良で部隊を組めばいいらしい。
「そんで次どうします? 俺らに任しといてもらって成長するまで休んでてもいいっスよ。」
「いや、せっかくだからもうちょっと経験を積むとしよう。」
最初の成長は、単独ならスライムを十匹も倒せば起こるらしい。今日の目標もそれだ。兵士二人に任せてパワーレベリングしてもらった方が早いには違いないが、後のことを考えると実戦経験は多い方がいい。試したいこともある。
石はネルフィアに渡し、続いて別のスライムに挑む。今度は一気に二メートル手前まで距離を詰めると、近付くまでにそこそこ大きな音が鳴ったにも関わらず、スライムに変化はない。こいつは音や視覚でこちらを認識しているのではないと思えた。そして一歩踏み出すと『攻撃性』が出てくる。探心にそれが引っかかったと思った瞬間、斜め後方に飛び退く。遅れて飛び掛かってきたスライムは地面に落ちたので、余裕を持って仕留められた。
「よし。」
探心は思ったより使える。半径五メートル以内に魔物がいれば雑音みたいな感情で分かるし、攻撃のタイミングも図れるので対処がしやすい。ネット小説でありがちな鑑定みたいな見ただけで情報を得られる能力の方が便利だったとは思うが、選べるわけでもないので仕方ない。
この調子で歩き回りながらスライムを狩っていく。ただしタイミングが分かっていても、身体の方をうまく動かせるとは限らない。盾でも何度も受けることになったが、これも経験であろう。そうして八匹目を仕留めた時であろうか。
「ん? なんか出たな。」
「スライムキューブっスね。ちょいちょい出るんスよ。」
いつもの結晶以外に、片手に収まるサイズの透明な立方体のようなものが出た。魔物は魔素結晶以外にこのような素材を落とすことがあるらしい。魔物の身体の一部に魔素の偏りがあるとそうなるという説もあるが、詳細は不明とのことだ。
「物によっちゃ石より高く売れるんスよ。キューブもそうっス。」
「ちなみにキューブはどれぐらいの頻度で出るんだ?」
「大体五匹で一個ぐらいっスかねえ……。」
乱数がイマイチだな、と思わずゲーム的なことを考えてしまった。まあこういうこともあるだろうぐらいの感じではある。気を取り直して残り二匹を順当に狩っていく。キューブは出なかった。思わずドロップ率が減少するマイナス能力でもあるんじゃないかとちょっと不安になったその時、
「む!」
身体の中心から熱と力が湧き上がってくる。それがすぐ全身に漲ると治まった。
「これが成長か。」
「おめでとうございます、ご主人様。」
剣と盾が軽く感じられ、軽く素振りしてみると身体能力の向上を実感できる。そして頭の中に新しくできるようになった何かがあることに気付いた。
「これは……魔、撃……?」
「技能を覚えられましたね。[魔撃]は勇者様が最初に覚えるものです。」
ほとんどの天職は最初の成長で技能を得る。何の技能を得たか、或いは得なかったかで天職は見極められるのだ。その後は二度の成長を経て次の技能を、それ以降は三度の成長ごとに技能を得たり得なかったりするらしい。
「使い方は……あ、何となく分かるな。」
「手とか肌の露出したところから撃たないと、服が破れるそうですのでお気をつけください。」
「そうか、[魔撃]!」
剣を地面に突き刺し、手近な岩に向けて手を伸ばして技能名を叫ぶと、光弾が飛び出した。中々の速度で岩に突き刺さり、音を立ててヒビが入る。
「おお……!」
感動があった。魔法などない世界から来た身からすれば、これは魔法とそう変わらない。威力もスリングを使った投石ぐらいのものがあるのではないか。
「[魔撃]が特に有効な魔物はいませんが、どの魔物にも打撃を与えられるそうです。それと撃った後も集中すれば、ある程度操作もできるらしいです。」
「なるほど。」
色々と試したくなってくる。まず無言のままで撃とうとしたが無理だった。無詠唱の能力はないらしい。
「[魔撃]! [魔撃]! [魔撃]!」
わざと岩を狙わず撃った[魔撃]は、念じれば確かに方向を修正できた。大きく外しすぎたので命中はせず、二十メートルほど飛んで光弾は消える。続いては速度を増すように念じると、加速し岩に命中した。最後に肌の露出する場所からという注意を思い出し、眼から出ないかと思って撃ったら出た。やや眩しい。恐らく身体のどこからでも撃とうと思えば撃てるのだろう。
「あー、ダルい……。」
急激な倦怠感に襲われた。
「それは精神力の枯渇手前の状態です。技能は連続で使用すると、精神力の消耗が激しくなります。」
「そ、そうなのか。」
調子に乗って眼から[魔撃]とかやってる場合ではなかった。先に言って欲しかったとも思うが、自分の精神力の総量も分からないまま連射という完全に自業自得の行為に、ネルフィアが寄せる『心配』がノアの心に染みる。[回復]もしてもらうと肉体的疲労が抜けた分マシになった。
「成長もしたんでそろそろ帰還でいいスか?」
「そうね……。」
小さい体で歩行を補助しようとしてくれるネルフィアが天使に思えてくるのは、精神力の枯渇によるものであろうか。完全に枯渇して昏倒するほどでなかったのが幸いだった。
「あー、やっと人心地付いた。」
倦怠感は小一時間ゴーレム車に揺られることで大分薄れた。その後は浴場で汗を流し、着替えて夕食を済ますと日も暮れている。身体を清潔にする魔法や魔道具もないことはないが、効果範囲の精密な指定がネックとなりどうしても高度・高価になるらしい。
「粗悪品で身体が削れるなんて噂もあります。」
仕組みはよく分からないがぞっとしない話である。そんなこととは無縁の八畳サイズの浴場では、倦怠感を理由にネルフィアに介助してもらった。今朝方もノアが目を覚ます前に身体を洗ったらしいが、せっかくなので背中を流すぐらいのお返しはする。変なことはしないと約束して入ってもらったので律儀にそれは守った。騙し討ちのような真似をせずにこういう積み重ねが、信頼関係を築くには必要なのだ。もちろん夜のベッドの中では堂々と勝負を挑む所存である。
王城内の施設だから浴場があるのかと思えば、それなりに大きな街なら公衆浴場があるらしい。ちゃんと男湯と女湯に分かれているらしいので、ここを出ることになってからはネルフィアと一緒の入浴はしばらくお預けになる。ちょっと犯罪臭が凄かったのを押して一緒に入ってもらって正解だ。この世界でも一年は三百六十五日で、四年に一度一日増えることはようやく確認できたので、やはり合法だろう。地球とほぼ同じことは気にはなったが。