2-4 スピード婚後の新妻の要望
今更だが、地球とこの世界の服飾に種族特徴以外の大きな差はない。基本的な体型に差がないためだろう。シャツに上着とズボンの三点に加え、幅広のネクタイとでもいうべき布を首に巻くのが、この世界のフォーマルスーツの基本のようだ。
地球の中世頃にも貴族とかがこういうヒダの付いた布で首元を飾っていたはずだが、探心を持ってしても名前は出てこなかった。そんなどうでもいいことが気になってしまう程度には緊張がある。
(……大丈夫、のはずだ。)
愛神の加護は一方が結婚を強いたり、利益のためだけの関係で結ばれるなど、愛のないそれには与えられないという。
わざわざ司祭から祝福を受けようとする時点で、これから結婚しようという男女の関係性に、全く愛情が介在しないということは稀である。しかし神が愛を認めない結婚は確実に存在するのだ。
別に加護が与えられなかったとしても夫婦にはなれるが、「おめーらに愛とかねえから!」と神が太鼓判を押してくれた二人の関係が、そのまま穏やかに続くことは更に稀であろう。
冷静に考えるとネルフィアとの関係には打算と欺瞞が多いが、果たして神は愛を認めてくれるだろうか。ちょっとだけ怖気づいて撤退という考えがよぎったが、今更そういうわけにもいかない。
「こちらが婚姻用の首輪です。」
祭壇に置かれていた赤い首輪を奴隷商人から渡される。説明によれば、「殉死」と「命令の遵守」という通常の奴隷首輪と同じ機能は備えているらしい。最大の違いは、奴隷が主人からの愛情が完全に消えたと認識した場合、自分で首輪を解除できることだ。
奴隷だとしても婚姻関係である以上、愛情で結ばれている点が最も重要ということなのだろう。人間を一人奴隷にする対価として十分かは疑問が残るが、それもこれから次第か。
「では、どうぞ。」
促されるままに彼女に首輪を装着した。そうして首輪がほのかに光を纏い、消える。再び彼女は奴隷になったのだ。
「末永くよろしくお願いします、ご主人様、ん……。」
最初の時と文言は同じだが、比べ物にならないほど心からの言葉を貰って、人目も憚らず口付けてしまった。
何かあってネルフィアを巻き添えにしてしまうことを考えれば、普通に夫婦になるだけでいいと思っていたのは確かだが、あらためて彼女が奴隷妻になってくれると、それはそれで喜ばしかったので仕方ない。
「……こちらこそよろしくな、ネリー。」
「愛の神よ、二人が手を携えたまま道を歩めるよう、どうか護り給え……<ブレッシング>。」
軽くイチャついたことに『イラッときた』のをおくびにも出さず、司祭はプロ根性を発揮して祝福を掛けてくれた。どうやら魔法の一種らしいその薄い輝きが二人を包み、その身に染み渡るようにして消えていく。
「おめでとうございます、滞りなく加護が受けられたようで何よりですな。」
奴隷商人の反応で、加護が受けられたらしいことが分かり安堵する。特に何か身に付いたような自覚はないが、本当に大した効果量ではないらしいので、こういうものなのだろう。案ずるより産むが易し。
何にせよ、数ヶ月一緒に過ごした日々は無駄ではなかった。これで全く愛情がないとか認定されたら、流石に立ち直れないところである。
準備も含めると二時間と掛からない結婚式だった。わざわざ服を買ったのに圧倒的短時間で済んでしまったが、文句は言うまい。フォーマルな場に来ていく服が手に入ったと思えばいいだろう。
何よりネルフィアが『私のために準備してくれるなんて』と妙に感激していたので、正解ではあったはずだ。やけにハードルが低い気はするが。
「ではご主人様、せっかくですので奴隷を見ていくのがいいのではないでしょうか。」
「ああ、やっぱりそれやるんだ……まあいいけど。」
結局、意思は変わらなかったようだ。ネルフィアは自分ひとりでは主人を満足させるには至らないと、頑迷に信じているのであった。
これには奴隷商人も驚いたようだ。奴隷婚ついでに丁稚やら奴隷を買っていこうとする夫婦もいるが、奴隷の方から言い出すのは流石に前代未聞らしい。
「ではどのような方をご紹介すればよろしいでしょう?」
「そうですね……私と一緒にご主人様の寵愛を受けるに相応しい美しい女性、でしょうか。」
「さ、左様でございますか。」『どういうことだ……?』
気を取り直した奴隷商人が要望を聞いてきたが、更なるネルフィアの追い討ちが刺さる。美人の奴隷を夫にあてがうことに躊躇いがないどころか、自ら閨を共にすることを当然のように視野に入れているのだから尚更だ。
ネルフィアの要望はともかく、実利的な面を考えて条件を付け足すことにする。
「できれば部隊のメンバーとして戦ってほしいので、天職が直接戦闘に強い士職か、火力支援に向いた師職がいればお願いしたい。」
「となると即戦力をお求めでしょうか?」
「可能なら。でも自分たちで育ててもいいんで、天職だけでも構いません。」
「そうですね……条件に完璧に当てはまるとなると難しいですが、何人かは紹介できますので、先程の部屋でお待ちいただけますか。」
美人の奴隷が増えるのは嬉しいと思うが、それだけでは不十分だろう。戦力的に部隊メンバーを充実させる必要はあるし、何かと秘密が多いので口の硬い人材が必要になる。特に戦闘では顕著だ。人前では控えるが、実戦では勇者の技能を使った方が安全だし、稼げるのは言うまでもない。命令で縛れる奴隷は秘密を守るという点で理想的だ。
戦闘要員としては、士職ならネルフィアの賦活師とのシナジーが見込めるし、単純にアタッカーが二枚になれば火力も倍になる。前線を一人で担当してもらい、[雷撃]を覚えた勇者が後方から仕留める、というフォーメーションを取ることもできるだろう。
師職なら遠距離と広範囲への対応力が望めよう。ただでさえ身体能力が低い上、火力支援型の師職は技能に集中を要するものがほとんどであるため、典型的なマジックユーザーとしてしか運用できないが、それだけに技能の威力及び効果範囲では優れる。
単独では魔素の吸収が難しいこともあり、冒険者間では冷遇されがちではあるが、うまく使えば複数の敵をまとめて屠れる。旅の途中で苦しめられた蜂の大群などにも対応できれば、それだけ狩場の選択肢も増えるはずだ。
「ご主人様に相応しい奴隷が見つかるといいですね。」『ご主人様ならきっとすぐに新しい奴隷も心服させる。』
「……そうだな。」
待合室に戻り奴隷商人を待つ間、あらためてネルフィアから寄せられる信頼を実感する。
彼女が女奴隷を推す理由のひとつは、この主人ならどんな相手が来ても、ベッドの中で籠絡できると思っているからだ。ネルフィア自身、少なからずそうであったので仕方ないが、どこのエロゲ主人公だよと思わんではない。まあ妻がいいと言うなら、やらないという選択肢はないのだが。
ちなみに美人の条件を付けたのは『ご主人様から寵愛を受けられる女は優れていなければならない』という、主人への心酔と新人奴隷へのやっかみ半々の理由による。少女漫画でイケメンとくっつくヒロインが、イケメンに不釣り合いなブスのままでは、女性読者が納得しない心理を思い出してしまった。
結論から言えば、この商館で適当な奴隷は見つからなかった。
天職が条件に合う者は、どれもそれなりに粒が揃っていてそこそこの人材とは思うが、明確に『私より美人でなければならない』という、ネルフィア基準ハードルを超えられなかったのである。
結構な美人もひとり紹介されたが、これは天職条件に合致しなかったので断念。美人なだけあって予算オーバー気味だったのもあるが。
そこそこの相手でもいいとは思うものの、ネルフィアの意見を完全に無視すると後が怖い。
(まあ焦って決めることもないな。)
奴隷商館はここだけではない。共和国を通り過ぎる間に何件も回れるし、目的地の帝国にもあるはずだ。今は無理でも、そうしてる内にネルフィアも妥協するかもしれない。新メンバーの加入はそれからでも遅くはないだろう。




