2-3 墓場までの道を舗装する者共
旅の垢を流してからは適当な宿を取る。国は変わっても造りに大きな違いはない。ベッドにはスプリングも効いているぐらいだ。鋳造で生産できるバネは、この世界で最も広まっている技術のひとつであるらしい。
日はまだ高いので買い物にでも行くべきか。或いは溜まった洗濯物をどうにかしてもいい。蒸し風呂では片付けようがなかったのだ。
久々に心のやることリストを参照すると、優先度の高い事柄を達成できそうなことに気付く。このぐらいの規模の街になら、それを達成するための然るべき場所があるかもしれないと思い、この宿を営む中年女性に尋ねてみた。
「この街に奴隷商ってありますかね?」
「あるけど……そんなところに何の用だい?」
『連れ合いを売りにでも行くのか』と睨まれてしまった。貫禄のある体型に加え、やけに眼力も強い。なんだかおかみさんと呼びたくなる。
「彼女と結婚しようかと思いまして。」
「結婚、ねえ……。」
奴隷婚にも首輪が必要になるが、奴隷の首輪は一般には流通していない。人の行動を半ば強制できるような道具となれば、取扱がそれだけ厳重となるのは当然であり、概ねの国において免許制が敷かれていた。その免許を所持しているのが他ならぬ奴隷商であり、奴隷婚を執り行う場所も必然的にそこになる。
「普通に夫婦になったっていいだろうに……大丈夫かい?」『この男に騙されてるんじゃないだろうね?』
おかみさんは善意からネルフィアに問い掛ける。奴隷首輪は同意の上でなければ装着できないとは言え、一時的にせよ同意を取り付けて従わせるやり口がないこともないのだ。今回に限っては余計な心配であったが。
「大丈夫です、私がご主人様にお仕えするのは私の心からの望みです。生涯お側に置いていただけることには感謝しかありませんし、ご主人様がいなくては私が生きている意味もありませんので。」
「……本当に大丈夫なのかい?」
今度はカインに向けて聞いたものである。おかみさんを若干引かせる程度には、ネルフィアの主人に対する熱量が高い。
「ちょっと思い込みが激しいところはありますが、まあ俺にはもったいないぐらい良い嫁さんですよ。」
「そうかい……。」
とりあえずお互い納得していることは分かってもらえたようだ。ネルフィアには釘を刺しておく必要はありそうだが。
「それと服屋も……。」
「ああ、服屋ならここからちょっといったところにあるね。」
結婚しようというのに、着ている服は地味な上にお世辞にも綺麗とは言えない。自分の服には無頓着であったツケが、こんなところで回ってきてしまった。流石にモーニングだのタキシードはないと思うが、ちょっとは見れる服を着る必要があるだろう。
ちなみにネルフィアはワンピースだ。旅の間はメイド服など山歩きに向かない服を着なかったおかげである。
おかみさんの教えてもらった奴隷商の店構えは、どこにでもあるような普通の館であった。部屋数が多い感じなのは、奴隷を置いておくためだろうか。
この世界の奴隷商は実質的な免許制ということもあり、普通に通りに店を構えている。地球での陰惨なイメージと違い、奴隷商の立ち位置は売り手と買い手を引き合わせる、言うなれば斡旋業として周知されている。奴隷ほど重くない、丁稚奉公なんかの斡旋も業務の内だ。
もちろん表に出れない非合法な奴隷商もいるのだろうが、少なくともここではないだろう。
「いらっしゃいませ、人材をお求めでしょうか? それとも人材をご紹介頂けますでしょうか?」
「奴隷婚の仲介を頼みたい。」
『一般は珍しいな。』「かしこまりました。手数料は寄付を含めてこちらになっております。」
奴隷商の受付が壁に貼られた料金表を示す。銅の剣が一本買えるかといった額だが問題はない。今日できるようなので、そのまま進めてもらうことにした。ラスベガスのドライブスルー結婚式を思い出しつつ財布を取り出す。
料金を受け取りどちらが主人になるかを確認すると、受付は待合室のような場所にカインたちを案内し、準備のために出ていった。入れ替わるように従業員の女性が来て、お茶を淹れてくれる。
(寄付か……結婚すると加護がもらえるとモノの本には書いてあったな……。)
受付が頭の中で思い描いていた準備の手順に、『教会から司祭を呼んでくる』というのがあった。料金に含まれる寄付とはこれのことだろう。
この世界にも宗教は存在する。ただし魔法などの超自然現象は世に溢れているため、無条件で信仰を集められるというわけではないようだ。求められるのは明確な現世利益である。
世界最大の宗教である天神教などは、人が天職を得ることができることこそが天神サロロニーヴェの御業であるとして、信仰を集めているのだ。
今のところ天職システムに対し、合理的な説明を付けられる理論はないようだし、ならそれが神の手柄になってしまうのは止むを得ないのかもしれない。
本当に天神の御業なのだとしても、全く信仰心がないどころか異世界の人間にまで天職をバラまいてくれてるのだから、ありがたい話ではあった。コンビニ店員に勇者を割り当てる意図は不明だが───閑話休題。
呼ばれたのは愛神教の司祭であろう。天神教ほどではないがそれなりに信仰を集めており、結婚した者たちを司祭が祝福すると、ついでにちょっとした加護を愛神メイスペリから授けて貰えるのだという。
加護の効果はほんの少し力が強くなるだとか、そう大したものではないらしいが、それでも相手と離縁か死別しない限り続く半永続的なものだ。あって損はあるまい。
茶を飲みながらそんなことを考えていると、次に待合室にやってきたのはその司祭だ。明るい色合いの祭服を纏い、メガネ的なものを掛けている。
「二人が道をひとつに歩むというのは実に素晴らしいことです。つきましては少々お話をさせていただいてもよろしいですかな?」
説法でもしに来たのかと思えば、「この相手と結婚したいと思えたのは何故か」だの、「これからも幸せにやってく自信はあるか」だのといった質問をされる。本当に結婚していいかの最終確認ということなのだろう。この辺は先程おかみさん相手にも話したのでまあ問題ない。ネルフィアも控えめな感じで答えてくれたし。
それと同時に、メガネやその手に持ってる愛神教のシンボルを象った魔道具で、何らかの魔法や呪いで操られていないかをチェックされてもいる。
急に来て今日結婚するのは構わないが、それはそれとして犯罪絡みではないかは調べるというわけだ。意外としっかりしている。司祭が手ずから調べるのも、結婚の管轄が人の法でなく、神の裁量によるものとされているからだろう。少なくとも加護という力には、それを納得させるだけの働きがある。
戸籍制度などは元よりないが、身分証もない人間が結婚することがあっさり通るのは、この辺によるところが大きい。勝手に男女がくっついて、夫婦を名乗ることさえ別に珍しくないのだ。結婚には一組の男女と愛さえあれば事足りる、ということなのだろう。
問題がないことが確認され、ほどなく受付とは別の男が来て準備が整ったことを伝えられ、祭壇のある部屋に案内される。祭壇脇には老年に足を踏み入れた白髪の男が立っている。
「この度は当館をご利用頂きありがとうございます。」
そう挨拶してきた白髪の男がこの商館の主───つまり奴隷商であった。髪を整え、仕立てのいい服を身に纏っており、それなりに儲かっているだろうことが窺える。
服屋で店員に勧められるままに買って着替えた、この世界での一般的フォーマルスーツよりも格調高そうだが、まあ張り合っても仕方あるまい。
いよいよ人生の墓場に入る時が来たようだ。




