1-51 チャンスの女神の前髪を絡め取る
ガーアンの首を届けなければ、この男が来ることもなかったのだろうが、まあ今更である。それにいくらなんでもあれだけの死闘を演じ、無報酬というのも馬鹿らしい。何か悪事を働いたというわけでもなし、ここは堂々としているべきだろう。
とりあえずは素直に、夜襲を仕掛け盗賊たちを殲滅したことをアンドに話した。ここまでは問題ないはずだ。
「勇者なのに卑怯と言われても仕方ないかもしれんがな。」
「いえいえ、戦いに知恵を尽くすのは当然のこと。ましてや相手は盗賊、手段を問わず誅戮すべき存在です。それで戦いなどはせずに済んだということでしょうか?」
「いや、部下は首尾良く仕留めたんだが……ガーアンとだけは戦闘になったな。」
多少迷ったが、戦闘になったことも素直に話す。あの場にはネルフィアも居たのだから、変に嘘を吐くとボロが出るかもしれない。後から合わせてくれるかもしれないが、事前に口裏合わせをしたわけでもなし、下手なことは言うべきではないだろう。
「ほう、ではあの男の技能を御覧になりましたか。」
「そうだな……恐らく[雷撃]と[光刃]を使ってきた。」
「[雷撃]に[光刃]ということはつまりガーアンの天職は……!」
「ああ、あの男は勇者だったのだろうな。」
「そのようなことが……。」『奴が勇者であることは知っていたか。今のところ嘘を吐いてる様子はないが……。』
[雷撃]はネルフィアも受けたのだから、この辺は誤魔化せないだろう。アンドという男は仕事柄、嘘を見抜くことにも慣れているようだし、慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「あんな男が勇者だったとは……さぞ驚かれたでしょう。」
「まあ、な。」
「よくご無事でしたね。具体的にどう戦って仕留めたかを伺っても?」『これは断られるだろうな。手の内を晒したがるようならそれでもいいが。』
「うーん、あまり手を晒したくはないんだが……。」
「では[雷撃]をどう凌がれたかだけでも、お聞かせ願えますか。」『これならどうだ?』
断られるのが前提で最初にハードルの高い質問をぶつけ、次の質問でハードルを下げて答えを貰い易くするという、交渉術の基本みたいなことまでしてきた。とりあえずこれには乗ってもいいか。
「凌いだというかな……[雷撃]にはネルフィアが狙われて、俺はその時隠れていたんでやり過ごせたんだ。」
「それは……運がよろしいことで。」
「まあな。だがそのおかげで、奴に接近できて仕留められた。」
「何にせよ、お付きの方共々重畳で何よりですな。ではあの男と話などはなさりませんでしたか。」
「話? 特にしなかったが……それが何か?」
「いえ、あの男は名うての凶賊、ひょっとしたら言葉巧みに勇者様を惑わしたやもと思いまして。」
「俺が飛び出してすぐ終わったから、そんな暇はなかったな。」
「左様でございますか。」『……嘘は言ってないようだな。』
そう、嘘は言ってない。隠れてやり過ごせたのも、飛び出してすぐ終わったのも、会話をしなかったのも事実だ。色々足りない部分があるが、ネルフィアが気絶した後のことなら、多少は誤魔化しが効く。
ネルフィアも軽く話を聞かれたが、[雷撃]で気絶してしまった己の不甲斐なさを素直に話していた。後でまた慰めねばなるまい。
「なるほど……参考になりました。」『これなら奴隷のことは分かっていないと見るべきか。呪いも発動してないし、奴隷を遠ざけようともしていないしな。』
追及は躱せたようだが、この男は工作員だけあって随分と事情に詳しそうだ。これはチャンスかもしれない。逆にこいつから情報を引き出せれば、秘密を明らかにできる。
『あのガーアンはやっとくたばったし、こいつも何も知らんようで助かった。今日は祝杯だな。』「本日はありがとうございました。こちらは賞金です。どうぞお納めください。」
「ああ、どうも……せっかくだから祝杯を上げようと思うんだが、あんたも一緒にどうだい? 王都からわざわざ来てくれたんだ、奢るよ。」
「私などによろしいのでしょうか。」
「賞金首を狩ったことはなるべく秘密にしたいが、二人だけで飲むのもちょっと寂しいかと思ってな。事情を知ってるあんたならいいさ。まあ付き合ってくれ。」
「……分かりました。私でよろしければ。」『無理に断るのも変か。』
上手いこと思考に乗っかって飲みに誘えた。『この街ならどの酒がいいか』なんて考えを巡らしていたので、間違いなく酒好きだというのもあるのだろうが。
「んが、んん……。」
適当な酒場に入って飯もそこそこに、何度も乾杯して数時間は経っただろうか。手間は掛かったが、なんとかアンドを調子に乗せて飲ませて泥酔させるのに成功した。
こっちが酔い潰れる訳にはいかないので、途中でトイレに立って意図的に液体を逆流させたりと、それなりに苦労した甲斐はあったはずだ。
「ごしゅじんさまぁ……いつからさんにんになったんですぅ……。」
代わりにというわけでもないが、大量に飲める人は見てるだけで楽しい、というノアの煽てにネルフィアも乗ってしまい、完全にできあがってしまっていた。この犠牲は無駄にはすまい。
「ほら、肩貸してやっからそろそろ出るぞ。ネルフィアも付いてこい。」
「んあー……。」
「わかりましたぁ……。」
事前に泊まってる場所は聞いていたので、曖昧な状態のアンドに肩を貸してヴェーリンダの通りを歩く。もちろんこの密着状態を活かし、記憶を探って情報を抜きもする。泥酔状態は比較的探りやすい感じだ。
「じゃあ後は任せた。」
十分な情報を抜き出して宿に送り届けると、従業員に泥酔した男を預けてさっさと出る。
「次はお前か……。」
「えへへぇ……ご主人様だぁ……まーたするんですかぁ……?」
「ここではしねえよ……さっさと行くぞ。」
今度は半分寝かけているネルフィアに肩を貸し、自分たちの宿へと戻っていく。
この時点でノアもそれなりに酔いが回っており、荷物を抱えて歩くのが精一杯であった。なんとか得た情報を整理できるほどのリソースは、既に脳にない。
まともに意識を保てていたのは、装備を脱ぎ散らかし、二人で倒れ込むようにベッドに入ったところまでだ。
翌朝、昨夜のことを思い出そうとすると奇妙な感覚に襲われる。やった覚えのないことを、探心が鮮明に思い出させるのだ。
「……やっぱり深酒は控えた方がいいな。」
ベッドの惨状から得られた実感は深い。探心で思い出せるからといって、酩酊状態の判断力は真っ当とは言えず、それに基づいた行動をやり直せるというわけでもないのだ。
ネルフィアが完全に寝入っているという状態には、ある種の新鮮さがあったが、面倒だからと後始末もせずに寝たのはまずかった。
ついでに結構な宿酔もある。痛む頭に耐えながら始末をつけると、再びベッドに潜り込んだ。脳はまだ考え事をできる状態にない。
とりあえず状況に緊急性がないことだけは分かっている。今は惰眠を貪るのみだ。




