1-50 招かれざる刺客
壁に慎重に触れて手探りする振りをしてから、壁の一部を外す。他の場所を指で軽く叩いたりしながら、罠を作動させないスイッチを押し込んで、隠し棚を開いた。
中には収納袋。ただし今持ってるものより随分と大きい。
「口も広いし容量も相当だな。」
かなりハイグレードな袋なのだろう。そしてかなり重い。結晶や素材の他にも、生活に使える魔道具やら何やらも結構な数がある。流石にこれだけの重量となると、元々持っていた袋の方はネルフィアに任せるしかないか。
「これぐらいなら、私にも持てると思います。」
それなりに身体能力は伸びているので、荷物に関しては問題ないようだ。背負ったまま戦うにはやや重荷だが、接敵前に降ろしてしまえばいい。奇襲でもされれば別だろうが、まあまず受けまい。
盗賊のアジトを後にした帰り道は、荷物が増えた分だけ中々に面倒だ。迷ったりはしないが、元より人の手の入らない不正規の地である。踏破しようと思えば消耗は避けられない。
「……降ってきたな。今日はこの辺で野営といこう。」
おまけに昼下がりの雨だ。この辺はそれほど雨が降らない地域のようで、雨具の用意はしてあるが、使う機会はほぼなかった。だが、今はそう無理をする必要もない。あと一日で宿場町に戻れる場所ぐらいには来てるはずだ。
資料館で見たこの国の地形図は、大雑把な位置関係ぐらいしか記されていなかったが、大まかな移動距離と方角が分かっていれば、自分の足で描いた地図がブレることはない。
慣れてきたテントの設置を素早く終えて引き篭もる。警報の感度を調節すれば、雨粒に当たっても鳴らさないようにできる辺り、中々芸達者な奴である。
「さて、と……そろそろ罰を与えようと思う。」
「はい……!」
思わぬところで時間ができてしまったので、いい加減ネルフィアに仕置きすることにした。
本来ならここで、説教なり何らかの体罰を与えるところなのだろう。だが本人が『反省』し、『自責』の念に駆られていることは分かっているので、今更説教をしたところで意味はあるまい。体罰にしても[治癒]があるからできなくはないが、そんなことをしても楽しくはない。楽しむのを目的にするのも違うような気はするが。
「ではこれから俺がすることを全て受け入れるように。」
「はい。」
「罰だから、いつもと違って優しくはできん。覚悟しろ。」
「はい、お願いします。」
罰とはいうが、行為そのものはほぼ毎日やっていることだ。ただしやり方が普段とは大幅に異なった。
例えるなら、普段のそれが呼吸を合わせてダンスを踊り、最後にタイミングを揃えて同時に高くジャンプすることだとしよう。雨のテントの中で行われたそれは、吊るされたサンドバッグをひたすら殴り、殴り、殴り、時々渾身のコークスクリューをえぐり込んで天井に叩き付け、落ちてきたところをまた殴るのを繰り返す、といったようなものであった。
普段ネルフィアにしている気遣いを意図的にやらないようにした仕置きは、食事休憩を挟んでなお続き、ついには罰を望んだことへの若干の『後悔』まで引き出すに至った。
この時ノアの心中に、死闘を演じるハメに陥った原因に対しての怒りがなかった、と言えば嘘になる。それが多少やり過ぎの一因となったことは否めない。
「ふう……まあこんなもんだな、[治癒]。」
「……ぁ……。」
仕置きを終え、完全に消耗し切ったネルフィアに治療を施す。最終的にネルフィアの顔面が、汗と涙と唾液で酷いことになったりしたが、本人が望んだ『納得』は与えられたのだからよしとしよう。これで主人に逆らえばどうなるか、存分に分からせることもできたはずだ。
またやりたいかと言えばそうでもない。どこまでも自分勝手を押し付けるというのも悪くはないが、やはり片手落ちだ。一方的な行為では真の満足は得られない。それを確認できただけでも収穫である。
冷静になると、これで奴隷が寝首をかきに来る可能性に思い至ったが、今までも散々したのにこうして生きているのだから、この行為がトリガーという可能性は低いと判断する。冷静なのでそう間違いではないだろう、多分。
主人に対する新たな畏怖がネルフィアの心に刻まれてから二日、ヴェーリンダの冒険者ギルドに首を提出。ガーアン・ビッツのものと確認はされたが、討伐依頼の報酬受取は、調査を経てからということになった。
「どれぐらい掛かる?」
「場所が場所なんで、調査に十日は掛かるんじゃないですかね。賞金はそこまでじゃないですけど、王都から送金する時間が掛かるんで、どっちにしろ今すぐは無理です。」
「分かった、それまではこの街にいよう。」
面倒そうに話す受付に了承の意を示す。すぐ王都に行ってもいいが、せっかく命を懸けて得た報酬を捨てることもない。報酬が出るまではまたゴレム狩りに精を出せばいいだろう。盗賊のアジトの場所を教えるため、比較的詳細な地図を見せてもらえたのは何気に収穫だった。
戦利品の素材のほとんどは換金した。結晶は色々と使えるので相当量を残す。村から略奪した物資などは返却になったが、返却でもそれなりに礼金が貰えるので丸損ということはない。普通の冒険者なら、ランクアップの査定にも有利に働いたに違いない。
僥倖だったのは、ミスリルの大剣と収納袋を手元に残せたことか。大剣は売ってしまってもいいのだが、金銭的には余裕がある。貴重だし焦って売ることもないだろう。
それから数日後、休日を挟みつつ再開したゴレム狩りで順当な成果を上げ、お馴染みの冒険者ギルドに来た時である。
「ちょっといいですかね。」
受付が声を掛けてきた。どうやら賞金が届いたようだが、それだけではないらしい。輸送に使った定期便に同乗し王都から来た兵士が、面会を求めて待っているとのことだ。
「一体何の用なんだ?」
「凶悪な賞金首を倒した人に、国から礼を言いたいそうですよ。賞金も直に渡したいそうです。」
嫌な予感がしたが、会わないというわけにもいかないだろう。ネルフィアと共に通された一室に、その男は待っていた。
「どうも、お初にお目に掛かります勇者様。私はアンドと申しまして、一兵卒として王国に仕えております。この度はあの凶賊ガーアンを討ち果たしていただき、国に代わりまして、誠に御礼申し上げます。」
「お、おう。」
やたら丁寧かつ流暢にまくしたてるこのアンドという兵士に若干圧倒されつつ、ノアは警戒心を強めた。確かにこの男と会うのは初めてだが、その顔には見覚えがある。ガーアンが手配されることになったあの夜、やってきた衛兵がまさにこの男なのだ。
この期に及んで偶然などということはあるまい。
「つきましては少々お話を伺いたいと思います。」『さて、この勇者は何をどこまで知ってるか。』
この男はガーアンに接触したノアたちが、何かに気付いたか、知り得たかを探りに来たのだ。
恐らくは、奴隷に仕掛けられた秘密を守るための工作員ではないかと当たりをつける。だとすれば、この男に奴隷に何かがあると気付いたことを、気取られるわけにはいかない。
かといって、話を全くしようとしないのも、それはそれで怪しまれるだろう。
「分かった、それで何を聞きたい?」
「あの盗賊をどうやって討ったか、ですね。できれば他の盗賊を捕まえる参考にさせていただければ、と思います。」
「その辺は冒険者ギルドの職員にも話したがな。聞きたいなら話すが。」
「ええ、是非お願いします。」
何かあることはますます確実になったが、疑いを受けないよう切り抜けねばなるまい。




