1-5 成長の第一歩用粘性生物
舗装された王都の通りをゴーレム車で走る。馬車が走っていたり蒸気機関らしきものがあったりなど、魔法によってまとめられたハイテクとローテクが入り混じる風景が流れていく。多数の異世界からもたらされた技術情報と、それを再現せんとするこの世界の技術による歪なハーモニーが奏でられていた。
「あれは……獣人?」
通りには犬や猫みたいな耳が頭頂部付近にある人が結構な割合でいる。人間以外の知的生命体を見たことで急に異世界感が増してきた。
この世界には多数の種族がいて、身体に耳や尻尾などの獣の特徴を備えるのが獣人という括りになっている。一部を除きそれ以外は汎人らしい。
「あれ? 見んの初めてっスか?」
「ああ、元の世界にはいなかった。」
「まあこいつも獣人なんスけどね。馬人族なんスよ。」
運転してる無口な方が指差される。兜のせいで分からなかったが馬の耳があるらしい。獣の特徴はささやかなもののようだ。気付かなかっただけで、今までの兵士の中にも獣人がそれなりにいたようである。
「ネルフィアは汎人だよな。俺もだと思うけど。」
「はい、汎人の繁人族です。」
「繁人族?」
「ええと……この地に大いに繁栄するからそう呼ばれるらしいです。」
「まー繁殖しまくるから、なんて風にも言われるんスけどね俺ら。」
なんとなく納得する。確かにチャラいこの兵士は繁人族っぽい。雑談はこの辺にしてそろそろ実務的な話をすることにした。
「それで、魔物って何を狩るんだ?」
「スライムっスね。」
「スライムか……作品によって強さがまちまちなんだよなあいつ。」
スライムが物理完全無効の設定を持つ作品のことを思い出したが、流石にいきなりそんな魔物と戦わされるわけもなかった。「最も脆弱な魔物」と呼ばれるのがこの世界のスライムである。うまくやれば全く「成長」していない子供でも倒せるらしい。
「油断は禁物です。どんなに弱くても人の命を奪えるのが魔物ですから。」
手を少し強く握ってきたネルフィアの忠言が温かい。
やがて舗装が途切れ、ついに王都を抜ける。目的地は近い。車体の揺れが大きくなったことで、『まだ少し挟まってるみたい』と伝わってきた思考に、思わず別の意味でも温かくなってしまい、やはり自分も間違いなく繁人族なんだろうな、と思うノアであった。
ほとんど草が生えておらず岩が点在する剥き出しの荒野でゴーレム車は停まった。
「この腕輪付けて、その手をこっちにお願いできるっスか。」
「こうか?」
「ほい、<リンク>。」
特に『悪意』みたいなものは感じなかったので、言われるままにチャラ兵士に渡された腕輪を付けて手を出すと、チャラ兵士の腕にもあったそれとが触れ合わされて呪文が唱えられる。ふたつの腕輪の一部が同じ色に変わった。
「これは?」
「絆の腕輪スね。これで吸収した魔素を共有できるんスよ。」
魔物を倒すと魔素結晶を残し魔物は消滅するが、同時に魔素と呼ばれるものが放出される。これを吸収することで人は「成長」を遂げるのだ。
魔素を吸収するためにはなるべく接近している必要があるが、天職が同じでもなければ個人の近接戦闘能力差はどうしても開きがちになる。この腕輪はそういった近接戦闘能力が低い者、或いは全く成長していない者などに、魔素が行き渡るようにするための魔道具なのだ。ただし吸収量は頭割りになるし、極端に離れ過ぎていても効果がない。同じような効果を持つ魔道具もあるが、いずれにしても技術的に四人までの共有が限度で、それを超えると吸収効率が極端に悪くなる。それがそのまま最小単位の部隊の人数として定着していた。
「これで成長してない奴をレベリングするわけか……。」
これがあればネルフィアも楽だっただろう。そういえば罠を使ったりで大変だったというのを思い出す。
「私の時は腕輪より安い、絆の縄紐を買えるほどの余裕がなかったので……賦活師だと分かった後だったらなんとかなったんですけど。」
ままならないものである。なお縄紐は安い分だけ魔素を共有できる距離が短く、壊れ易いとのこと。
「貧乏だと珍しい話じゃないっスね。そういや貴族は子供に腕輪より上位の魔道具を大量に付けさせて、それぞれ別の部下と共有して大量に魔素を集めさせるらしいっスよ。」
超絶パワーレベリングである。これだから貴族は。
「……そろそろ始めよう……。」
「あ、そっスね。んじゃまず俺がやるんで、最初は見といてください。」
急に無口兵士が喋ったので驚いた。その驚きも覚めやらぬまま見学を始める。チャラ兵士が近くの岩の下で潰れた球状の物体に走り寄る。若干濁った透明で、中心に拳大の球体が浮いていた。どうやらあれがこの世界のスライムらしい。チャラ兵士が槍を構えて近付いたその時である。
「とんだ!?」
直前までほとんど動かなかったスライムが、いきなりチャラ兵士へと跳躍したのだ。思わず叫んだがチャラ兵士は危なげなく回避すると、地面にべちゃりと落ちたスライムを槍で突く。ほどなくスライムは溶けるように消滅した。
「おお……お? なんか来た。」
腕輪を通して魔素の吸収が行われたようだ。今までにない感覚だがすぐに慣れた。
「こんな感じっスね。で、これが石っス。」
いつの間に拾っていたのか、豆粒大の紫色の結晶がその手にあった。受け取って軽く眺め、スライムだしきっとそこまで大した価値はないんだろうな、と思いつつ返す。
「このまま成長するまで俺がやってもいいんスけど、次やってみます?」
「分かった、やってみよう。」
ネルフィアが一緒になるとは言え、いずれは自分の力で魔物と戦わねばならないだろう。スライム如きに恐れをなすようではやってはいけまい。戦意を示すとチャラ兵士が腕輪を外した。魔素を独占させてくれるのだろう。
その時、口を開く者がいた。
「……スライムは近付くと飛び掛かってくるのは見ての通りだ。注意するのはそこだけで、それさえ凌げばしばらく動かなくなる。動けない間に核を潰せば終わりだ。軽く殴れば十分だ。慣れない内は無理に避けず、盾で受けてから仕留めるといいだろう。受ける時に踏ん張るのを忘れるな……。」
「……ありがとう。」
無口兵士の貴重な長台詞によるアドバイスは凄くためになる。運転のためだけに来たのかこいつとか秘かに思っててスマンな、とノアは内心で非礼を詫びた。ともあれ実戦である。
盾を構えたまま手頃なスライムににじり寄る。スライムのサイズはちょっとした犬ぐらいあって、このサイズの生物の命を直接奪った経験などない。初めての事柄に伴う緊張が、歩みを慎重にさせていた。
「……む。」
スライムまで大体五メートルの距離まで近付いた時、雑音のような感情が伝わってきた。背後から伝わってくるネルフィアの『不安』と『心配』はそのままであるし、これは探心の射程内に入ったスライムのものだろう。はっきり読み取れないのは、人間と魔物の精神構造の差のためだろうか。
「ぅおッとお!!」
残り約二メートルまで距離を詰めた時、伝わってくる感情に『攻撃性』が混じったと思ったらスライムが飛んできた。避けるには間に合いそうもないので、盾で受けると結構な衝撃。踏ん張るよう教えてもらっていなかったら、盾ごと押し倒されていたかもしれない。だがここからはこちらのターンだ。右手の剣で斬れるように盾を傾け、落ち着いて張り付いたスライムの核へと軽く振り下ろす。ガィンと金属同士がぶつかる音が響き、スライムのライフはもうゼロになったようだ。あっさり消えていった。