1-49 気の進まない家探し
(俺は一体何を言ってるんだ。)
テントに戻り、身体を拭くなりして寝た翌朝のことである。ちょっと気障なことを言ったのが今更になって恥ずかしくなってきた。とりあえず、死闘を乗り越えた変なテンションでモノを考えるべきではないな、ということは学んだ。
「ネルフィア、身体は……もう大丈夫そうだな。」
「はい、治療いただきありがとうございます。」
泣き疲れて眠ったネルフィアも、心身共にすっかり良くなったようだ。昨夜は治療を優先して控えたが、今なら何の憂いもなく彼女の心に触れられるだろう。
問題があるとすれば、復讐心が抜け落ちて彼女の心に空いた穴が、代わりとばかりに主人への忠誠心で埋まってしまったことぐらいか。
「ご主人様に逆らってしまったことは、本当に申し訳ありませんでした。どのような罰でも私にお与えください。」
忠誠心が高まること自体は都合がいいのだが、それが原因で『罰のひとつも受けなければご主人様にお仕えする資格はない』、などと思ってしまっていたりもするのだ。別にただ許してしまってもいいのだが、それではネルフィアも納得するまい。相変わらずの責任感である。
「まあそれは後でいい。今は盗賊の塒を調べる方が先だ。首も取ってこなきゃならんしな。」
本人のためにもそれなりの罰を与えねばならないが、その前にやることをやってしまおう。
がら空きの盗賊のアジトに再突入。昨夜は気付かなかったが、やはり視界が利くと分かることは多い。
一階の壁には、階段を挟むようにしてタペストリーのような魔道具が貼られていた。結界を張るためのものだろう。テントの結界なんかは装置を起点にドーム状のものを展開するが、これは向かい合わせになるよう壁や天井・床に貼り付けることで、その間に結界を発生させるタイプだ。設置に壁や天井を必要とする分だけ、結界の性能が良くなるという具合である。
この手の魔道具は割と高いだけあってシリアルナンバーも振られている。出自は調べれば分かるだろうから、多分返却することになるだろうが、帰りにでも回収することにしよう。
「やっぱり汚いな、ここ……。」
日が昇ればどこからか採光できる仕組みになっているようで、アジトは多少薄暗いが問題なく歩ける明るさだ。つまり、色々とはっきり見えてしまうということである。
昨夜は暗殺に集中していたために気が回らなかったが、小部屋の隅に腐った生ゴミは山積みだわ、明らかに盗賊のものでない血溜まりはあるわで、分かっていたが色々と酷い。元は何かの施設だったろうに。
大部屋に大量の寝台が並んでいることから、ここが何らかの施設だったのではないかという推測は成り立つ。盗賊がこんなにベッドを持ち込む意味もなかろうし、この人数で一から岩をくり抜いたとも思えない。
場所のことはさて置き、盗賊たちの装備を調べる。ガーアンの大剣は別にして、傷んでいるものが多い。まともに整備できる環境にないためだろう。それでも鉄の剣や槍、巻き上げ式のクロスボウなんかもある。売ればそれなりにはなるか。
「これはネルフィアが使えそうだが……どうだ?」
『これは……。』「はい、使えると思います。」
「あー、無理はせんでもいいぞ?」
「私は大丈夫です、ありがとうございます。」『今一番大切なのはご主人様のお役に立つこと。』
ちょっと上等なスリングを見つけたので勧めてみたが、流石に両親を殺害したかもしれない盗賊の装備を使うのには、心理的な抵抗があるようだ。あるようなのだが、ネルフィアは飲み込んでしまった。結構なレベルで忠誠心がガンギマリつつあるのは大丈夫なのか。
まあ悪いことにはなるまいと思いつつ、スリングを渡す。紐が捩った革製で、石を保持する部分は編み込んだ鎖が使われており、全体的に頑丈だ。直接打撃に用いるにも便利だろう。
鎧なんかは持っていく気にもなれない。安物の革鎧ばかりの上に、清潔とは無縁の盗賊が身に付けていただけあって、漏れなく臭いのだ。
「この剣、ミスリルだな。」
最後に回したガーアンの大剣は、剣身が反射する光に虹色が混じっている。自然光に当てるとこのようになるのが、ミスリルの特徴だったはずだ。なんだか光ディスクの裏面を思い出してしまった。
ファンタジーでもお馴染みのこの金属は、この世界では鋼よりも強靭で軽く、精製段階の処置次第で技能などを増幅、或いは妨害する特性を持つ。
増幅特性は遠距離を攻撃するための技能───それこそ[雷撃]などの威力を高めるのに相性が良い。主に武器に用いられ、近接戦闘術と技能の両方を用いて戦う天職には、この上ない相棒となるだろう。
妨害特性は逆にその手の遠距離攻撃技能や、魔物のブレスの威力を軽減できる。当然ながら主に用いられるのは防具だ。
武器にせよ防具にせよ鋼より優秀かつ貴重なので、価格は鋼の同じ品に比して約五倍であるという。
どこで奪ったのか、或いは元から持っていたのかは知らないが、流石に良い剣を使っていた。あらためてこの剣の一撃をよく受け流せたものだと思う。鋼の盾には切れ目のように一直線の溝が残り、今下手に衝撃を受けるとここからパカっと割れそうで怖い。
「これは……俺が使うには難しいな。」
軽く振ってみるがどうにもしっくり来ない。両手持ちの大剣は柄が長く、ミスリル製だけあって大きさの割に軽い。それでも鋼の剣よりも多少は重い程度だが、片手で扱うにはバランスが悪い。あくまで両手用の武器ということなのだろう。
盾の保持は面ファスナーに任せ、両手を空けることもできなくはないが、そこまでして使いたくなるほどの武器ではないか。これだけの武器だと返却になるかもしれないし。
そろそろ討伐の証明になるものを入手するとしよう。あらためて明るい場所で顔を見て、顎の割れた二十代男性といった似顔絵通りの風貌なのを確認する。
「さて、さっさと済ませるか。それともネルフィアがやってみるか?」
「いえ、仕留めたのはご主人様ですので、首級もご主人様が挙げるべきかと。」
両親の仇だからとネルフィアに水を向けたが、断られてしまった。なお『その栄誉はご主人様のもの』などと、普通に蛮族的思考をしているので、首を取る行為そのものを嫌がってるわけではない。この辺のカルチャーギャップにもいずれ慣れるだろうか。
[光刃]を使ってさっくり済ませ、適当なボロ布に包む。あとはこれを冒険者ギルドに持って行けばいいだろう。
一応の目的は達成したが、せっかくだから三階も調べよう。貯め込まれた盗賊の財産を見逃すこともない。
「ご主人様、そこの壁……何か変な感じがしますね。」
「まあ、だろうな。そこは多分罠があるから触るなよ。」
超越感覚でいち早く隠し棚に気付くネルフィアに注意を与えつつ、部屋を家探しする。とは言っても三階は他に比べると多少は小奇麗なだけで、ベッドと机の他は空の棚が並んでいるぐらいだから、そう時間は掛からない。
特にこれと言ったものがないので、最後に隠し棚を開くことにする。
「念の為、下がっておいてくれ。」
「罠があるなら私が……。」
「いいんだ、まあ俺の方が頑丈だからな。心配なら[堅固]でも掛けてくれ。」
仕掛けられている罠は毒針の類だし、開け方も分かっているのだからそこまで慎重になる必要はないが、ガーアンから教えてもらったなどと言うわけにもいくまい。ならばなるべく慎重に立ち回る振りをするしかない。
壁の一部が外れるようになっていて、そこを普通に引っ張ると毒針が飛び出す。罠を作動させないためには、少し離れた場所の壁を押し込みながら引っ張る必要がある。なんでこんな物があるかは分からないが、盗賊の収奪品はこの中だ。




