1-48 疑念と決意と懺悔と命令
何事も完璧にやるのは難しい。投げる剣を間違えたのは失敗だが、今回は取り返しの付く範囲なので助かった。反省しつつ次に活かしたいものである。次などないに越したことはないのだが。
(村人はよくこいつを撃退できたな。)
自身のダメージが癒えた頃、ふとそんなことを思った。ネルフィアの村ではこの盗賊勇者を撃退できたらしいが、そう簡単にいくとも思えない。
だが心肺停止から十分は経っているし、記憶を探るには少々遅いように思われる。
(おや?)
とうに息絶えたと思っていたガーアンからは、微弱な反応が探知できた。どうやら[治癒]の効果で脳だけはわずかに生きているようだ。せっかくなので情報を引き出すことにしよう。
[治癒]が切れないようそっとネルフィアの位置をずらし、ガーアンに触れる。
(……なるほど、手下の先走りか。)
村が防衛に成功した要因は、手下の暴走で襲撃を早い段階で察知できたため、速やかに防衛体制を整えられたことにあるようだ。
如何に強力な技能を備える勇者と言えど、組織だった集団を相手にするのはやはり難しい。村と言っても数百人単位はいて、有事には老若男女問わず戦闘要員となる。矢が飛んでくるのが分かっていても、避けられない密度で浴びせられれば厳しいだろう。そういう想定も割としたのでよく分かる。
それでも村の防衛に当たった人間に少なくない被害が出たし、先走った連中によって一部の略奪には成功している。そいつらはガーアンによって処分されたが。
(略奪と言えば……上に罠付きの隠し棚があるのか。)
生死問わずの賞金首になるほどなので、かなり貯め込んでいる。流石にそうと分かる略奪品は返却せねばならないだろうが、結晶や素材は大体手に入るはずだ。棚の安全な開け方も記憶できた。
見つからなかったことにして、自分の懐に収めてしまおうかともちょっと思ったが、そこまでするのは流石に気が咎める。それにネルフィアの村からの略奪品を着服したりすれば、洒落にならない好感度の低下を招きかねない。
ネルフィアが身体を張って[雷撃]の存在を知らせてくれねば、ほぼ負け確であっただろう。まず彼女の我儘を許容しなければこんな戦闘にはならなかったが、まあそれは別の話だ。ともあれ勝てたのは彼女のおかげでもあるのだから、あまり不義理なことはしたくはない。
(こいつ召喚勇者だよな? ……やはりそうだ。)
この男も召喚されて女奴隷を貰い、勇者をやってたようだ。特殊能力は城を出てから身に付いたものらしい。実は天然勇者で特殊能力は自然に覚醒、なんて想像もしたが、そういうわけではなかった。そんな簡単に覚醒できたら誰も苦労しないのである。今も手を握ってる奴隷のことからは目を逸らすとして。
危機察知なんて特殊能力があるのだから、アジトに侵入した時点でバレるように思える。実際、起きてる間に侵入していればバレたようだ。そうならなかったのは寝ていたことと、ノアたちの戦力が少数だったからだ。
(『俺よりは弱い』とか、格下かどうかが分かるみたいなこと考えてたしな。)
ノアの成長回数がガーアン以上であれば、ベッドの影に隠れていても速攻で位置バレしただろう。まあその時はこちらも[雷撃]を使えていたので、また違った展開になっていたであろうが。
危機察知は自分より成長回数が多い相手や、戦力的に上回られている集団相手に対して、より鋭敏に働く。この男が今まで逃げおおせたのも、領主などが討伐隊を編成して差し向けても、それが精鋭揃いで強大であるほどに、事前に動きを察知されてしまうからだ。
結果的に、少数戦力で夜襲を仕掛けるというのは、こいつらを倒すための最適解であったのだ。それでもまず手下を先に仕留めてしまったので、それをトリガーに危機察知がガーアンを目覚めさせた。
或いは最初にガーアンを狙えば先手を取れたのかもしれないが、まあ今更であろう。
(それにしても奇妙だ……国がこいつのことを知らないわけがない。)
少なくとも手配書には天職のことさえ載っていなかった。他の手配書にはそれぞれ記載されていたのに、情報を隠す理由はなんだろうか。わざわざ国が喚んだ勇者は犯罪者でした、では確かに外聞は悪かろうが、どうにもそれだけには思えない。
(そういやこいつ、奴隷はどこにやったんだ?)
手下は全員男だし、今は近くにいないようだ。ひょっとしたらその奴隷も、ガーアンの道連れとなって死ぬのかもしれないと思い、気になって探ってみる。
「なんだ、これは……!?」
思わず口から言葉が出てしまう程度には、状況のイメージは衝撃的であった。
今から一年ほど前、いつものように女奴隷と楽しんで寝入った深夜のことだ。危機を察知したガーアンは目を覚まし、自分の喉元まで迫っていた刃を掴み止めると、枕元の剣で襲撃者を返り討ちにした。その相手は誰であろう、先程まで睦んでいた女奴隷であったのだ。
騒ぎを聞きつけ、呆然としているところに衛兵がやって来る。しかしこの衛兵、表面上は丁寧であったが、何故か隙あらばガーアンの殺害を狙っていた。危機察知によってそれを知ったガーアンは逃亡を図り潜伏。それ以降ガーアンは覚えのない罪で賞金が掛けられ、手配されるようになってしまったのだ。
(……ここまでか。)
そこで完全にガーアンは息絶えたようだ。
正直、分からないことが多過ぎた。何故奴隷は主人の命を狙ったのか、そして何故急に手配されたのか。どうにも情報が少ない。ただ分かったこともある。
(あの衛兵、やけに来るのが早いな。)
夜中にあんなにすぐ衛兵が駆けつけてくるだろうか。ガーアンは呆然としていたために気付かなかったが、まるで事が起きるまで待ち伏せていたかのような早さだった。ガーアンを殺そうとしたことといい、それから急な手配となれば、どう考えてもおかしい。
いよいよもって疑念が確信に変わる。やはり与えられた奴隷には何かある。心を探れる能力者にさえ気付けない何かが。
(思ったより早く王都に戻ることになるな、これは。)
それでもネルフィアの手は離さない。例えネルフィアがいずれ殺しに来るのだとしても。
とはいえ、これからも共に生きられるならその方がいいだろう。なるべく早く真相を突き止めねばなるまい。
「んん……。」
決意を固めていると、ようやくネルフィアの意識が戻ったようだ。
「大丈夫か?」
「ご主人、様……あっ! あの男は……くうぅっ!? 」
「落ち着け、奴は俺が仕留めた。まだじっとしてろ、[治癒]。」
慌てて動こうとして解けてしまった[治癒]を掛け直す。まだダメージはそれなりにあるようだ。今日はもう引き上げた方がいいだろう。ここを調べるのは明日でいい。
血の臭いが酷いのはもちろんのこと、男所帯の盗賊連中が暮らしていたのだ。清潔さとは無縁の環境である。長居したくはないが、また来なければならないと思うと少々憂鬱ではあった。
ネルフィアをお姫様抱っこしてテントまで戻る。途中、ロープを切断して鳴子が派手な音を立てたりしたが、もう気にする必要もない。
腕の中でネルフィアが言葉を紡ぐ。それは懺悔だった。
「命令に逆らってしまって申し訳ありません、ご主人様。あの男は、私の両親の仇だったのです。」
「まあ心の底からそうしたいと思わなきゃ、逆らえるもんじゃないからな。なんとなく分かってたよ。できればとどめぐらいは譲ってやりたかったが、そこまでの余裕はなかった。」
「いいんです、私が……私が弱かっただけですから。」
そう言うネルフィアには『悔しさ』が滲んでいた。ほぼ何もできなかった『無力感』もある。考えていた言葉を出すならここだろう。
「ネルフィアが先に[雷撃]で狙われなけりゃ、俺じゃ奴には勝てなかったさ。だからこれは二人の勝利だ。」
「そんな……。」
「それに君の人生はもう俺のもんだ。だから、君の復讐も俺が背負わせてもらう。悪いが、この命令は拒否させない。」
「ごしゅ、じ……ぅぁああああっ!!」
痛みも無視してノアに抱き着き、その胸に顔を埋めてネルフィアは泣いた。様々な感情を渦巻かせながら。
夜と山に涙が吸い込まれ、森と風はただ静かに泣き声を包み込んだ。




