1-47 三度の賭け
ノアは賭けに出た。リスクを負わねば、格上に勝つのは不可能だからだ。
まず持っていた鋼の剣をガーアンに向けて放り投げる。攻撃が目的ではない。まるでガーアンの少し手前にいる誰かに向け、パスでもするかのような緩やかな軌道で、盗賊たちの血に塗れた剣が暗闇を飛んだ。
命懸けとなる行動を直前にして心臓は跳ね回ったが、乗り越えてきた危機の数だけ鍛え上げられた心筋と精神は、肉体を制御するのに不都合はない。
そしてタイミングを見計らい、今度こそ盾を構えて飛び出した。
『そこか!』「[雷撃]! んなっ!?」
盾を構えた突進というノアの『攻撃』を察知し、振り向きざまに放たれた[雷撃]は、鋼の剣に命中した。奴にダメージを与えないように剣を放り投げるという行為が、危機察知に引っかからないというのは予断に過ぎなかったが、最初の賭けには勝てたようだ。
(少し痺れたが……いける!)
そしてこの時点で身体が動くことが、第二の賭けにも勝っていることを示している。投げた剣で[雷撃]を防ぐというプランは、首尾よく剣に[雷撃]を当てさせられたとしても、本当に防げるかまでは未知数であった。剣に命中したところで、問題なく突き抜けてくる可能性はあるし、命中した時点で[雷撃]が弾けるのだとしても、撒き散らされた余波で身体が麻痺する可能性もある。
実際、鋼の剣は[雷撃]を受け止めて散らし、主人の身を守ったが、余波が生じるのまでは防げていない。身体の動きを縛るほどの余波が届かなかったのは、攻撃を察知される前に剣を投げたことが功を奏していた。その分だけ[雷撃]が放たれてすぐ散ったために、余波が弱まるだけの距離が稼げていたのである。
仮に、先に攻撃を察知させておいて、[雷撃]に合わせて自分のすぐ手前に剣を投げていたとすれば、直撃を避けるだけなら確実であっただろう。だが麻痺までを防げはしなかったはずだ。
ほとんど曲芸のようなやり方であったが、[雷撃]をやり過ごせて希望は見えた。
(でも投げるのはこの銅の剣にしときゃよかった!)
そんなことを思いながら、背中側の腰に帯びていた銅の剣を抜き放つ。今更気付いても遅いが、もたもたしていたらネルフィアが殺されたので、仕方ないと言えば仕方ない。
どうせ読まれるのだから、ここからはほとんど決め打ちだ。『盾で防いで剣で突く』というシンプルな行動は、ガーアンにも察知されている。
ひょっとしたら至近距離で弾けた[雷撃]の余波で、ガーアンの方が行動不能になってくれないかとも期待していたが、流石にそこまで甘くはないらしい。
『防ぐだと?』「なめるなあッ!!」
あまりにも奇妙なやり方で[雷撃]を防がれ、それに対する『混乱』はあったものの、それでもガーアンは的確にノアを迎え撃つ選択をする。
[光刃]を纏った両手持ちの大剣を腰だめに振りかぶり、横薙ぎに盾ごと一刀両断するつもりの一撃。それは間違いなくノアの剣よりも遠間から、圧倒的な威力と速度を持って、ガーアンの想像を実現するだろう。このままでなら。
敵の[光刃]を防ぐ策はある。それが通じるかが第三の賭けだ。
「[光刃]!」
「!!」
策とは[光刃]を用いることである。ただし銅の剣にではない。今、光を纏っているのは「鋼の盾」の方だった。
[光刃]は手に持ちさえすれば、木の枝にだろうと使うことができる。ならば盾に使えないという道理はない。斬れ味とは無縁ではあるが、それでも盾そのものを強化する効果はあった。
ゴレムの攻撃を受ける鍛錬を繰り返す最中、この裏技を見つけてからは、一気にコツを掴めたものである。
その裏技なしでもゴレムの攻撃を受け流せるようになった技量、成長し[光刃]と[堅固]によって高められた防御力及び、[加速]によって上がる速度、更には探心による完璧な攻撃の瞬間への合わせが、ノアの積み上げたチップの全て。
「ここぉッ!!」
左から迫る斬撃に盾を添わせる。ゴレムの強打を受け流した経験を活かし、最初は柔らかく、そこから徐々に力を込めていく。腕力を精妙にコントロールすることで可能な受け流しは、[加速]のおかげで速度もなんとか足りた。そして盾は持ち主の技量に応え、その身の中ほどにまで刃を通しながらも、最後まで持ち堪えたのだ。
暗闇に、金属同士の絶叫が響き、大輪の火花が咲いた。
『馬鹿なッ!』
格下相手に絶対の自信を持って放たれた一撃を逸らされ、ガーアンが心中で毒づく。
或いはこの男が、成長で得た身体能力や、[光刃]や[雷撃]などに頼る余り、接近戦の技量を疎かにしていなければ、この結果は変わっていたかもしれない。
だが今、必殺の一撃を受け流され、身体を泳がさせられているのはガーアンであるし、受け流しついでに身体を捻り、突きを繰り出す体勢に入っているのはノアである。
「[光刃]!!」
今度こそ銅の剣が光が纏う。第三の賭けに勝ったこの瞬間、インターバルを無視した技能の連続使用のリスクは、背負うに値する場面だ。
「[魔撃]ぃ!」
そのリスクを背負うべきだと判断したのは、何もノアだけではなかった。ガーアンも瞬時に発動できる[魔撃]を放ち、窮地を脱しようとする。
悪足掻きではあるが、これを喰らって姿勢を立て直す時間を稼がれてしまえば、ノアに勝ち目はない。
そして最後のこの足掻きをノアは読んでいた。身体を動かして反撃できない状況で『攻撃性』が高まるのは、技能を使う証であり、勇者が即座に放てるのは[魔撃]ぐらいだと、瞬間的に思い至ったのである。
実際、[魔撃]を使って似たような状況を切り抜けることを、ノア自身想定した覚えもあった。探心があっても対応できない状況のひとつとして、身体が泳いでいる状態があるからだ。
この状況で攻撃を[魔撃]で防ごうと思えば、狙いは絞れる。上半身の何処かだと瞬時に判断できたのが、決め手となった。
「ぅおらァッ!!」
「ぁがッ……!」『馬鹿な……馬鹿なあああああッ!!』
ノアは即座に上半身を倒し、倒れ込みながら[魔撃]を回避。半ば寝転がりながらガーアンの心臓に、銅の剣を突き立てる。
人生で最も長い数秒間を、なんとか勝って生き残れた瞬間であった。
「ごふっ、ち、[治癒]……。」『だ……駄目か……。』
一方で敗れた方は苦し紛れに[治癒]を使った。痛みはなくなったようだが、心臓からの大量出血を癒やすほどの即効性はない。すぐに意識を失い、崩れるように後ろに倒れた。
仮に[治癒]で助かったとしても、ノアが動ける以上は無意味であっただろう。いっそ蹴り飛ばして[治癒]を解除し、死ぬまで苦しめてやろうかとも思ったが、今はネルフィアの方が優先だ。
「酷いな……[治癒]。」
[光刃]で照らしたネルフィアの身体には、重度の感電傷が散見された。剣と盾を床に置き、早速治療するために手を握る。床よりもベッドに寝かせるべきかと思い、抱き上げて空いていた近くのそれに横たえた。
ベッドには、既にボロボロの布だったものしか敷かれていないが、それでも床よりはいいだろう、多分。
「ああ゛ぁ……、しんどかった……。」
濁音混じりに安堵の息が出てしまった。ネルフィアのためとはいえ、明らかな格上を相手に、コンティニューなしでタイマン一発勝負とか、流石にもうやりたくない。
ネルフィアの代わりに仇を討ってしまったが、彼女はこれで納得してくれるだろうか。何かそれらしい言葉を考えておいた方がいいかもしれない。
ネルフィアの手を握ったまま、床に座ってベッドに寄りかかる。自分にも[治癒]を掛けると、休憩がてら考えを巡らせることにした。




