1-46 数秒の嵐の前の静けさ
[雷撃]とは、勇者が十五回目の成長で覚える技能であるが、その前後で、勇者の戦闘力には隔絶した差が生じるという。
[魔撃]を凌ぐ射程を持ち、威力も相当なもので、脅威度八程度の魔物なら一度の[雷撃]で屠れる。何よりも圧倒的なのはその速度。中空を斬り裂く速さはまさに迅雷のそれであり、ほぼ発動した瞬間に命中するため、回避は極めて困難となる。
それでも人間が使うのだから、狙いが外れることは珍しくない。しかし、多少外れたところで[雷撃]にはその余波でさえも、十分な影響力があるのだ。
[雷撃]は奔りながら周囲にも電撃を撒き散らし、生物を感電させる。それだけでもそれなりにダメージが通るばかりか、感電は容易に気絶や麻痺を引き起こすのだ。魔物を[雷撃]だけで倒してしまうのは安全ではあるが、魔素を得るため敢えて直撃させずに、余波で動けなくなった魔物を[光刃]で狩る、などといった芸当も可能である。もちろん直撃に生き残るような生命力の魔物なら、直撃させればより確実に感電の効果に期待できるだろう。
また雷と同様に伝播する性質は、対集団戦闘でも効果が高く、通常の鎧などで防ぐことができない。
欠点があるとすれば、ほとんどの遠距離攻撃技能と同様に、発動までに数秒間の集中を要することだが、それを差し引いてもこの技能は強力である。
雷の耐性が低い種類のドラゴンなら、先手を打てれば討伐を可能にする程度には。
(動けん……! ネルフィアは……一応生きてはいるか。)
[雷撃]の余波を受け、ノアの身体は並んだベッドの陰で麻痺していた。正確には感電による筋収縮だろう。身体の各所に痛みもある。
ネルフィアも直撃こそ避けられたものの、至近距離であったために、感電の度合いはより重度であった。床に倒れ伏し、探心での反応も鈍い。気絶というよりは昏倒していた。死なずに済んだのは、生命力が高まっていたおかげかもしれない。とはいえ、なるべく早い治療が必要だろう。
だが動かない身体のままではそれも叶わない。何よりもこの───
『ひとりは多分今ので倒した。避けるように言ったもうひとりがいやがるはずだ……。』
慎重にゆっくり接近してきたガーアン・ビッツが、それを許すまい。
動けないことに焦りがないわけではないが、怖いのは何もノアだけではない。この血の臭いが漂う暗闇の中、手下を殺した相手が潜んでいることに、ガーアンにもまた多少の『恐怖』があるのだ。慎重なのはその現れでもある。それが分かれば、まだ落ち着くことができた。
(さて、どうする……?)
今は敵に見つかるよりも先に、この身体が動くようになるのを祈るしかないが、諦めるにはまだ早い。動けなくても───動けないからこそ、考えることだけはやめない。
状況はかなり悪いと言える。ネルフィアはもう動けないから、一人でガーアンを何とかするしかない。しかし、奴は明らかに格上の存在だ。
[雷撃]を使えることから、成長回数は最低でも十五以上。今日、十回目の成長を果たしたばかりのノアとは、覆し難い身体能力の差があった。
[光刃]を纏った両手持ちの大剣も強力そうだ。素材は分からないが、少なくとも鋼以上はあると見た方がいい。あの剣から繰り出される攻撃を受け流すのは、普通にやっても恐らく無理だろう。受け流す前に盾ごと斬られかねない。何かしら策を講じる必要があった。奴の鎧が革製なのがまだ救いか。
正面から戦っても厳しいが、なんと言っても強力な[雷撃]もある。まともに喰らうのはもちろんのこと、多少回避した程度ではまた感電させられ、動きを封じられるだろう。そうなれば終わりだ。
精神力の余分な消耗を無視すれば技能は連打できるが、それとは別に集中に掛かる時間は無視できない。一度撃たれた直後に襲いかかるしかないが、奴は既にその集中を終えている。集中し終えたからこそ、こちらに近付いてきたのだ。
思えば階段を降りる前に立ち止まっていたのは、集中を行うためだったのだろう。全く油断がない。
そしてこの男が賞金首となったまま逃亡を続けられたのは、何もこの慎重さのためだけではない。
『俺の「危機察知」に引っ掛からねえ辺り、俺よりは弱いようだが……それも攻撃してこようとすれば分かる。俺のこの力に間違いはねえ……!』
召喚勇者特有の特殊能力が、ガーアンを今日まで生かし続けていたのだ。細かい条件までは不明だが、攻撃を仕掛けようとすれば即座に察知され、[雷撃]をお見舞いされるだろう。
(古典的なあの手は使えないか……。)
[雷撃]を空振りさせるため、物を投げて別の場所で音を立てるという方法を考えていたが、無理そうだ。単に音が出るだけでは危機ではなく、実際に襲いかかろうとしなければ、奴の能力は働かないだろう。
ノアが探心にそうするように、ガーアンも自分の能力に絶対の信頼を置いている。能力で危機を察知してからでなければ、迂闊に[雷撃]を放ちはするまい。その程度の慎重さもある。
また、直接鋼の剣を投げつけて攻撃する、などといった手も無理だ。奴の危機察知はどうやら、攻撃の種類までを判別できる。
『すぐに仕掛けては来ねえか……まあ直接来るようならそのまま、なんかの飛び道具なら、避けながら[雷撃]を喰らわせてやりゃあいい。』
探心でも攻撃のタイミングを読めるが、それでも相手が実際に何をしてくるかを、厳密には把握できているわけではない。相手のモーションや事前の思考から類推し、実際の攻撃に対処しているに過ぎない。だが、ガーアンには何が来るかが分かっている。自己に迫る危機として、攻撃の種類までを察知できるのは、能力が専門的であるが故の特性だろう。
これで仮に先手を取って直接攻撃を行えたとしても、通じる可能性は低いことが分かった。ただでさえ身体能力に差があるのに、斬り掛かられると分かっていれば、対処は難しくないからだ。
ここでガーアンはあることに思い至って技能を発動した。
「[破邪]。」『これで透明になってても効果は切れただろ。』
以前、透明化の魔法を使った刺客に襲われたことを思い出したのだ。
ガーアンを中心に薄い膜のような波動が広がり、物体を貫通しノアにも到達する。
(まずい、これで[加速]が切れ……ないな。[破邪]では消えないのか。)
ノアにとって幸運だったのは、[破邪]が賦活師の技能には効果が及ばなかったことだ。その[加速]もあと数分は持つが、自然に切れる前にどちらかが死ぬに違いない。
そこからガーアンは[光刃]を照明代わりに、侵入者を探し始めた。その動きには隙がない。壁際を歩いて襲撃方向を限定しつつ、物陰には近付かず回り込み、慎重にクリアリングしながら来ている。能力がある上で、本当に油断をしないのだ。いよいよ覚悟を決めねばならない時が迫っていた。
勇者ガーアン・ビッツを倒すには、ほぼ正面からの[雷撃]をくぐり抜け、その上でこちらの攻撃の種類を特定されながら、真っ向勝負を挑まなければならない、ということになる。
(ひっでえ無理ゲーだぜこりゃ……おっ。)
ノアの身体が動くようになった。そう時間は掛からないと信じていたが、どうやらまだ運は残っている。後はひたすら頭を回し、敵を倒すための策を練るだけだ。
([光刃]は多分あれでなんとか……[雷撃]は一か八かになるか……。)
探心はこのような時にも、自分に今何ができるかを、正確に思い出させてくれた。一応の方向性は固まったが、計画の妥当性を検討している時間はなさそうだ。ガーアンがネルフィアの方を先に見つけた。
『女か、まだ生きてるな……使えるか?』「おい隠れてる奴! 出てこねえとお仲間が死ぬぞ!」
野太い声が暗闇に響く。脅迫が『本気』なのに加え、『隠れてる方にこのまま逃げられたら面倒だ』と考えているのは分かっている。だがここで、ノアに逃げるというコマンドは存在しない。ネルフィアを置いて逃げることなどできはしない。これから先、ネルフィアと添い遂げるためにも。
(勝つしかないんだよな……いくぞ!)
地球では神はダイスを振らないらしいが、この世界ではどうだろうか。ふと、そんなことを思いながら、ノアが仕掛ける。
数秒後、転生者たちの生死は分かたれた。
04/02 [雷撃]の性質を変更。




