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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
1 勇者死す。(推定)
42/115

1-42 仇を探して三千メートル

 ヴェーリンダの宿を引き払い旅の準備を整え、遅めに出発した乗合馬車に揺られること一日。ノアたちは名もなき宿場町に着いていた。

討伐に行くと伝えた時の、ネルフィアの精神的テンションの上がり具合を表現するのは難しい。精神のビジョン的なものに引っ張られて、空中浮遊しそうな勢い、とでも言うべき何かがあった。

壁の防音がイマイチな宿は、同じ討伐依頼目当ての冒険者で割と混み合っていたが、満室と言うほどでもない。野営用具も揃えたが、出番は先になりそうだ。


「ご主人様……。」


久々のスプリングの効かないベッドで、いつものようにネルフィアが身体を寄せてくる。禁欲期間でもないのだから当然か。夜にネルフィアの声を、なるべく上げさせないようにするのも、それはそれで楽しいのだろう。本来なら。

ここで全くしないというのも奇妙だし、ネルフィアも不満を覚えるに違いない。ノアにしたって絶対にしたくない、というわけでもないのだから、悩ましい限りである。

結局、盗賊はきっと手強いから早めに休もう、などと理由をつけて回数を控えるに収まった。




「俺らもぼちぼち行くか。」

「はい……!」


 早朝、宿場町を出発。動機は何であれ、ネルフィアのモチベーションが高いのはいいことだと思いながら、南に逸れる街道から外れ、山岳地帯に向けて東進する。

同じように何組もの部隊が三々五々に出発しているが、賞金と報酬が早い者勝ちである以上、連携などは望めそうもない。組織的に動けないまま、山に潜む盗賊を探すのは骨が折れるだろう。


(普通に探すなら、な。)


宿場町に着くまでの馬車の中で考えた、成長した探心の使い方を活かす時だ。ヴェーリンダ出発前にクッションも二人分買ったので、[治癒]と合わせて中々快適に考え事ができた。

ネルフィアは盗賊の仕留め方について、イメージトレーニングで忙しかったようなので、そっとしておくしかなかったが。


(板を残すイメージで……。)


馬車の中で重ねた練習を実践する。今までの探心は、常に全周囲をカバーする球状の範囲であった。その範囲を絞り込めば、脳への負荷を抑えられるのではないかと考えたのだ。

球状範囲の大部分をカットし、薄く伸びた千メートルの板状の範囲だけが残る。これなら生物を探知しても負荷は問題ない。一旦この範囲を消し、位置をほんの少しだけずらして別の範囲を出現させる。この繰り返しで自分の周囲をぐるっと一周すれば、負荷を抑えたまま周囲千メートルを探知できるという寸法だ。イメージ的にはサーチライトソナーのそれに近い。

板状範囲の連続展開は、方角によっては探知までにタイムラグがあるし、リアルタイムで動きを追尾できない弱点もある。とはいえ最大でも千メートルも距離があるのだから、そこまで問題にはならないはずだ。二百メートルまでなら全周囲範囲は相変わらず使えるのだし、状況に応じて使い分けたいところである。

また、範囲をずらせば反応も消えてしまうが、その辺は問題ない。どのポイントに反応があったかを思い出すのは、それこそ探心で容易なのだから。


(かなり慣れたな。)


最初は範囲をずらしていくのに手間取ったが、馬車で他にやることもなかったので、練習時間は十分にあった。今なら一秒と掛からず板状範囲を一周させ、千メートル先まで隙間なく探知を行うことさえできる。

新しい使い方の見落としに気付いたのは、山に入ってすぐのことである。


(あれ? 消えた?)


後方七百メートルほどを歩いていた部隊の反応が、急に探知できなくなる。まさかいきなり全員死んだのか、と思いつつ振り返って木の間から見下ろすと、消えた部隊は普通にそこを歩いていた。


(あ、高低差か。)


少し考えれば理由はすぐ分かった。板状の範囲は真横にしか伸びておらず、上下の幅が三メートル程度しかないのだ。

周囲の警戒は半ばネルフィアに任せつつ、歩きながらもう少し範囲の使い方を練ってみよう。とりあえず上下に幅を広げてみると、カットされたピザみたいな形になった。後ろの連中の反応はまだ拾えないので、そのまま上下角を広げていくと、扇形になった辺りで探知。


(悪くないけど死角がまだあるな。)


こうなると範囲外になる場所が気になる。真上と真下だ。様々な魔物で溢れるこの世界なら、空からでも地面からでも襲われる危険は常にある。

範囲を半円状の板にしてみて問題ないようなので、どうせならと完全に円盤状にしてみた。立てたコインを指で弾くように円盤状範囲を回転させれば、上下の死角なく同時に二方向を探知できる。

円盤の数を増やせば、もっと多方向を同時に探知できると思い、真上から十字に見える形で増やしてみようとするものの、これが上手くいかない。


(どうにも難しいな、こりゃ。)


形が複雑になると展開難度が急上昇するようだ。思えば板状範囲よりも、円盤状範囲の方が展開が楽なのである。元の形である球状に近いからだろう。

円盤を寝かせて水平方向を探知するやり方も考えたが、これは余り現実的ではないか。平地ならまだ使えるが、その平地でさえ所詮は自然の大地だ。それなりの高低差があるはずである。

何にせよ、円盤を立てて横回転させるやり方が無難、という結論を得た。




「これは食べられると思います。」

「じゃあ少し摘んどくか。」


 探心を活かしつつ、鋼の剣で草木を伐りながら山を進むと、食用に適する野草を発見した。ネルフィアが主に食べて育ったのは、自分たちで作っていた野菜だが、こういった野草なんかも食べていたので詳しいようだ。ノアも資料館でこの手の知識は頭に入れているが、せっかくだから任せることにした。

保存食は一週間分ほど用意してきたが、現地調達もしておいた方がいいだろう。栄養的にも新鮮な食材は必要だ。

ちょっとした薬草なんかも結構豊富に生えているが、無視する。持って帰るには時間が掛かり過ぎるし、採取系の依頼は受けられないのだから、二束三文にしかならない。


「……ご主人様。」

「分かってる。」


盗賊の捜索が第一目標なので戦闘は避けてきたが、避け難い時は当然ある。三十メートルほど先から、猛烈に走り込んでくる魔物らしき存在を探知。初めての反応だが、野生動物は珍しいしまず魔物だろう。全周囲探知に切り替えつつ待ち受ける。


「むん!」

「───ッ!!」


叫びながらの突進を盾でいなし、木への直撃コースに誘導してやる。木にぶつかって動きを止めたそいつは、一メートル半はあろうかという体躯、口から伸びた長い牙と薄い体毛、ピンクの表皮を持つ四足の魔獣系の魔物だった。


「豚じゃねえか。」


思わずツッコんでしまったが、正確にはファットボアのはずだ。脅威度は五しかないが、そのまま油断せず倒した。鋼の剣で一撃ではあったが。


「おっと、肉が出たな。」

「やりましたね。」


脂身が多いブロック肉という感じのこれが、豚の素材であるファットポークだろう。おかずが一品増えた。ネルフィアも『期待』しているから、売るという選択肢はない。残しておいても腐るだけだろうし。

それにしても、猪を家畜化したものが豚だとはいえ、なんとなくすっきりしないものを感じざるを得ない。




 スライム狩りでも食べたような携行食で昼を済ませ、道なき山を一日中歩いたが、特にこれといった発見はない。たまに人間の反応はあったが盗賊ではなく、宿場町近くで探知したことのある冒険者だった。人間なら反応の感じで個人識別ぐらいはできるし、過去に反応を探ったことがあれば、それを思い出すことも可能なのだ。

日も暮れかけた頃、目立たない岩陰を発見した。辺りには脅威となる魔物はいないようだしちょうどいいだろう。


「ここをキャンプ地とする!」

「は、はい……?」


一度言ってみたかったが、地球でキャンプに行くことはなかったので、言えなかった台詞だ。まあ受けるわけがない。

通じないネタもそこそこに、野営用具を収納袋から取り出すのだった。

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