1-41 高まりしは生命と憎悪
ゴレム相手に磨かれた防御技術は、対人戦でもそれなりに使えるのだが、細かく鋭い連続攻撃の対処となると、やはり質の違うものが求められる。他にも、視線で次に攻撃する部位を特定されてしまうことから、何となく全体を見るように心掛けるなど、実際に他人と手合わせをすることで得られるものは多い。手本をなぞっているだけでは、気付くのが難かしかっただろう。
そういった積み重ねが、記憶の中の勇者スーザーの動作への更なる理解に繋がっていき、ノア自身を高めた。
驚異的だったのは、そういった進歩にネルフィアが当然のように付いてきて、お互いに切磋琢磨する好循環が成り立ってしまっていることだが、特に言うことはない。ないのだ。
ネルフィアとの手合わせのルールは、先に一撃当てた方の勝ちというシンプルなものだ。実際は寸止めなので、当たったと思われる一撃というのが正しいが、ともかくこのルールで有利なのは、槍のリーチ差と[加速]があるネルフィアの方だ。
これぐらいのハンディキャップはあって当然だと、当初は思ったものである。何せノアには探心というチートがあるのだから。
「真っ当に努力して身に付けた能力は、チートとは言わねえよなあ……。」
「何の話ですか?」
「いや、なんでもない。」
常人を超越した感覚は、若干イカサマじみている気がしないでもなかったが、イカサマしてるのはノアの方だけなので、何も言えないのだった。
「俺もそろそろ破の段階に来たようだな……。」
下がりつつある手合わせの勝率を上げるないし維持するためには、次の段階に進むしかないだろう。
武術や芸能の習得過程には、守破離の三段階があるという。大雑把に説明すれば学んだ基本的な型に対し、型を忠実に守る段階、型を破って自分なりのアレンジを加える段階、型から離れて全く新しいものを生み出す段階だ。
守の段階は過ぎている。数々の基本的な動作は、この身体に十分に染み込んだ。これから進むのは破の段階だ。
人によって体格や得意なことは違ってくる。基本的な動作は踏襲するが、その動きを少しずつ、より自分に合ったものへとアレンジ───変化させていく必要はある。破の段階とは、ある種の最適化作業なのだとノアは考えていた。
ちなみに離は新流派を作るぐらいの話なので、ちょっと無理かなとも思っている。自分にそこまでのセンスを期待しない方がいいだろう。
対ネルフィアの勝率が七割程度にまで落ち込んでしまい、流石にまずいなと思い始めたある日、
「成長があったようです、ご主人様。」
ネルフィアの九回目の成長が、カンガルー四匹の集団を倒した時に起こった。
「よくやった。今も二匹を相手に堂々とした立ち回りだったな。これからも頼む。」
「はい、これからもお役に立てると思います。」
ネルフィアに二匹背負わせることになったが、十字槍で的確に牽制して寄せ付けず、全く被弾することもなかった。ノアの方を気に掛ける余裕さえある立ち回りである。多分、三匹背負わせてもなんとかするだろう。
ノアが二匹相手を一気に倒せる攻撃力なしに、しばらく持たせろと言われればできないこともなかろうが、被弾せずに済ませる自信はない。
これは役割に合った良い働きということである。それ以上の意味はない。ないったらないのだ。
「九回目は技能を覚えないんだったな。」
「はい、技能を覚えない時は代わりに力が高まったり、それまでに覚えた技能が使いやすくなったりするそうです。」
成長回数が一定に達しても、技能を覚えない場合が存在する。天職によって決まった回数でそうなり、同じ効果が得られるため、能動的に発動できない技能を覚えているのではないか、とする説もある。
似たような概念に思い当たらないことがないでもない。
(……パッシブスキルかな?)
どうにも天職及び技能周りはゲーム的な感じが強い。考えても仕方ないことではあるが。
「賦活師の九回目の成長では、生命力が大きく高まり、重傷を負っても生き残りやすくなるそうです。」
「そうか……まあ、なるべく重傷は負わん方が良いだろうがな。」
できればそんな事態は避けたいが、[治癒]が間に合う余裕が増えたと思えばいいか。
換金に来た冒険者ギルドでは、依頼ボードの前にちょっとした人集りができていた。
「珍しいな。」
ボードには赤い紙が貼り出されていた。討伐依頼を示す色である。
依頼はボードに貼り出されたものを、冒険者が選んで剥がし受付で受理させるシステムだが、討伐依頼は毛色が違う。他の依頼と違って誰かが受けるものではなく、誰が達成しても───依頼の発生さえ知らずとも、対象を討伐できれば後から報酬が支払われる。もちろん念入りに調査をした上でだ。
よって討伐依頼が出るというのは、それだけ危険性や緊急性の高い存在が出現した、ということに他ならない。通常ではそうだ。
「……盗賊が対象なのか?」
周囲の冒険者もその奇妙さにざわめいていた。この手の依頼の対象になるのは概ね進化種だと、冒険者の手引書みたいな本に載っていた覚えがある。ただでさえ討伐依頼が出るのはそれなりに珍しいが、人間の盗賊が対象になるというのは、輪をかけて珍しい話のようだ。
盗賊なら賞金を懸ければいいし、実際、対象になった奴は既に賞金首である。二重に賞金が懸かったようなものだろう。
興味が湧いたので、受付で詳しい話を聞くことにした。
「ああ、それね。まあ色々あるんですよ。」『伯爵様にも困ったもんだ。』
やる気のなさそうな受付の男と会話しながら、思考を探る。そこから推測すると、どうやらヴェーリンダ伯のゴリ押しがあったようだ。
対象は現在、領地東の山岳地帯に潜伏しているものとされ、周辺にはヴェーリンダ伯が採掘権を主張する、鉄鉱山が存在する。盗賊がいるのだとすれば、その地の治安を維持するのはヴェーリンダの役目である、というお題目で、半ば無理矢理ギルドに討伐依頼を出させたのだ。
要は採掘権を主張せんがための、政治的アピールである。ノアや冒険者にとっては、どうでもいいと言えばどうでもいい背景であった。
「あの……この盗賊って開拓村を襲ってるみたいですけど、それはどの辺りの……?」
「あー、ちょい待って……ええと、最近だとアルストロの東にある村を襲ったのが、こいつの仕業だとされてますね。」
そしてネルフィアには、どうでもよくない背景があった。
盗賊の資料に目を通した受付の言葉を聞き、ネルフィアの中で『憎悪』が燃え立つ。理由は聞かないでも分かる。こいつがネルフィアの村を襲い、両親を殺害した仇なのだろう。少なくともネルフィアはそう確信したようだ。襲撃のあった時期的にも、ほぼ間違いなさそうではある。
「ガーアン・ビッツか……賞金も合わせるとかなりの額になるな。」
賞金首となって一年以上経つが、未だに野放しになっている凶悪な盗賊だ。記憶を探れば、王都の冒険者ギルドにも似顔絵付きの手配書が貼られていたし、懸賞金も更に上がっている。
ネルフィアはもちろん討伐に行きたいと思っているが、ノアにとってはそこまでではない。両親の仇討ちを手伝ってやりたいと思わないではないが、それだけの期間逃走を続けられる盗賊なのだ。常識的に考えて弱いわけがない。
「大体分かった。行くぞ、ネルフィア。」
「……はい。」
ネルフィアが何も言わないので、その場は特に掛ける言葉もなく、換金を済ませてギルドを後にした。
この盗賊の討伐に参加することを決断したのは、その夜のことだ。
(これが続くんじゃたまらんな……。)
あれからネルフィアの心には、ずっと『憎悪』が燻っている。表面上、夕食の頃にはもう普段通りという感じだったが、心の何処かに、常に『憎悪』の炎が巻き上げた火花がちらついていた。主人と肌を合わせ、幸福感に満たされている時でさえだ。
それが分かってしまうのだから、ノアも素直には楽しめない。だが探心を使わないという選択肢も今更ない。一度ネルフィアの愛情と幸福を知ってしまったからには、それを感じずに彼女に触れたとしても、心から満たされるようなことはもうないのだ。
直接仇を討てるかは分からないが、少なくとも何らかの区切りを与えてやらねばなるまい。山岳地帯までの行き方を考えながら、その日は眠りについた。




