1-40 限界と可能性と安いプライド
金の使い道がないのが最近の悩みだ。贅沢な話だと思われるかもしれないが、欲しいものがないというわけでもない。
いい加減、革の帽子に鉢金をなんとかしたくはある。金属製の兜なんかがあればいいと思うが、鉄製や鋼製のものはあっても、ジュラルミン製のものは直営店にはなかった。この街では供給が追いついていないのだろう。鎧の軽さに慣れたせいか、重い兜の購入には二の足を踏んでしまう。
それより良い物となると、竜鱗やミスリルなどで作った高級品か、特殊効果を持たせた装備になるだろう。そこまでになると、出来合いのものを買うにはちょっと手が出ないし、都合のいい装備があるとも限らない。
地道に結晶を納め続け、進化種の発見を報告などしたことで、ギルドに紹介状を書いてもらえるぐらいにはなってると思うので、手持ちの毒爪で何か作れなくもないだろうが、それも悩ましい。
鉄の兜なり鋼の鎧なりのベースとなる装備があって、それに特殊効果を持たせるという形になるので、不満の残る装備で作っても不満はそのままだ。
毒爪を、武器にするにしろ防具にするにしろ、現状では余り劇的な効果は望めないというのもある。
武器にすれば毒を相手に与えるものになるが、勇者は攻撃力が高過ぎて、継続的にダメージを与える効果を活かし難い。毒武器ならネルフィアに持たせる方が効率的だとは思うが、あってもカンガルーを倒す時間はそう変わるまい。ゴレムにはそもそも毒自体が効かないし。
何より鉄などの金属製の装備には、製作中からの素材の投入が必要になる。買ったばかりの槍を無駄にするのももったいない。
防具にすれば毒耐性を得られるだろうが、まず毒を使ってくるような相手もいないのだ。毒持ちの魔物をメインに狩るようになってからでも遅くはない。
結局、後回しでいいという結論になってしまった。
(あとは袋か、野営用具ぐらいか……どちらも急いで買うものでもないしなあ。)
収納袋にはまだ余裕がある。となると野営用具だが、これは日を跨いで行くような場所に遠出するためのものだ。
しばらくは日帰りできるゴレム狩りで十分だし、なんなら一生ゴレム狩りで食ってくことだってできるだろう。特に理由もないので関わらないようにしているが、この街にはノアたち以外にも召喚勇者らしき人間はいる。
単純に、ヴェーリンダ周辺に野営してまで行く旨味がある狩場がない、というのもある。
(まあ、金はあって困るものでもないしな。)
困った時は日本人らしく現状維持だ。ネルフィアに服を買ったりはするが、まあそれぐらいで今はいいだろう。おかげでこんなにも冷静になれるまで、町娘な彼女を楽しむこともできた。
未だ成長を続ける胸部サイズに合わせて選ぶと、どうしてもネルフィアの服は大きくなりがちだ。開いた胸元とは裏腹に、スカートは足元近くまで長めになってしまう。それがより秘められた場所という感じがして、かえって良い。
ゆっくり裾をめくり上げると余計に時間がかかることに、妙な期待の高まりがあった。よく知っているはずの場所で、新しい宝を発見したかのような嬉しさは、内部の攻略に熱が一層入ろうというものである。生命の創造を行う神秘の領域を、奥底まで丹念に粘り強く攻略してしまった。この冒険に果てはない。
実にいい買い物だったという満足感に包まれたまま、意識を手放した。
昨日は服を買ったりした以外は、たまたま酒場の舞台でやってた芝居を見て過ごしたりなどした。王都なら毎日どこかしらでこういったものは見れたが、ヴェーリンダではぼちぼちという感じだ。この世界全体の水準は分からないが、やはり一国の首都というのは、文化的にも進んでいるのだろうということを実感する。
「ふんッ!」
文化から離れ、今日も安定のゴレム狩り。ただ、あえて一撃受け流してから仕留めるのは続けている。良くも悪くもこの狩りは楽過ぎるのだ。ともすれば気は緩みがちになる。引き締めるものが必要だった。
かなり上達したとはいえ、下手に受け損なえば重傷を負うのには変わりなく、それが否応もなく緊張感を生み出す。戦闘勘が鈍るのを防ぐ意味でも、これは重要だろう。血反吐をぶちまけるほどの努力は流石に遠慮したいが、漫然と魔素を吸収して成長するだけでは至れない、そんな領域がきっとあるはずだ。
「よし、俺にも来たな……!」
ノアが九回目の成長を果たしたのは、午後のことであった。少し前にはネルフィアも八回目の成長を遂げている。部隊の人数が少ない分、成長が速いのは利点だ。
「[破邪]を覚えたが……この辺じゃ使う機会はなさそうだな。」
魔物にも技能のようなものがある。時に幻影の分身を生み出し、時に障壁のようなものを張って攻撃を防ぎ、人を追い詰めその命を刈り取らんと振るわれる力。[破邪]はそういった魔物の特殊な力を打ち消す効果があるのだ。
ただし効果が及ぶのは例に挙げたような搦手だけだ。直接的にダメージを与えてくるような───火炎を息として吐き出すブレスなどまでは打ち消せない。要するに魔物の特殊バフを剥がす、みたいな感じだろうか。
ブレスと言えばこれがあれば闇トカゲなんかとは、もっと楽に戦えていたのかもしれない。
とはいえ、そういった厄介な搦手をしてくる魔物が狙い目になったのも確かである。まだしばらくはゴレム狩りを続ける予定だが、選択肢が増えて悪いことはあるまい。
例によって探心が成長していたのは翌朝のことだ。ただし今回はそう劇的なものではなかった。
(範囲の最大値は随分と拡大してると思うが……駄目だな。これ以上広げようとすると、負荷が強くなり過ぎる。)
最大射程は、多分半径千メートルには達していた。しかし、それは何も探知しようとしなければの話だ。何かしら思考する生物反応のみの探知でさえ、半径二百メートルを超えて行おうとすれば、脳に負荷が掛かってくる。恐らく人間がこの能力を扱うには、この辺が限界なのだろう。これ以上となると、使い方を何か工夫する必要がある。
それに射程距離以外は特に能力に変化はなかった。能力の成長は前回がピークで、今後成長があるとしても一度か二度程度なのだということは、説明できないがなんとなく分かる。
限界が来たことは残念ではあるが、少し安心もした。能力が際限なく成長し続けた結果、脳が負荷に耐えられなくなる、などという最悪の事態だけは避けられた。
考え過ぎかもしれないが、そもそもこの能力自体が常識外の代物である。何が起きてもおかしくはない。
狩りを終えてから余った時間で鍛錬がてら、ネルフィアに見真似の槍の技を仕込んだりしながら、日々は過ぎていく。
「はあっ!!」
「……ついに一本取られたな。大したもんだ。」
「ありがとうございます。これもご主人様のご指導のおかげです。」
ノアの右脇腹手前で、ネルフィアの槍の穂先が寸止めされていた。二人が手合わせをするようになった数日で、初めてのことである。
ネルフィアだけが[加速]を使っているとはいえ、身体能力では勇者の方がまだ上回る。そしてゴレムの攻撃さえ受け流すノアの防御技術は、結構な水準に達していた。その上で探心もある。攻撃のタイミングは分かるし、フェイントもまず通じない。ノアへの迂闊な攻撃は、自らの隙を作るだけに過ぎなかった。
ネルフィアの攻撃が通ったのは、まず音で反応したからだ。人間は視覚よりも、聴覚からの情報に対しての反応が僅かながら速い。しかもノアが身体のどの部位を動かすかを、その常人を超越した感覚で聞き分け、次の一撃を先読みすることにも成功している。ノアも当ててしまうかと思わず寸止めしたほどの絶妙な回避から、流れるように最短距離を突いたのである。ネルフィアの回避が出来過ぎというのもあるが、これはまぐれではない。
超越感覚を開花させてからというもの、ネルフィアの動きは日に日に良くなっていた。手合わせを始めるようになってからは一層のことだ。
(このまま強くなったら俺より……いや、まさかなあ……。)
恐るべき未来の到来を予感したが、流石に実戦では勇者の方が強いはずだ。そうでないと困る。主人の方が強いのはベッドの中だけ、などということになったら、いくらなんでも格好がつかない。
我ながら実に安いプライドだな、と思うノアであった。




