1-4 転生したら美醜感覚が逆だった件
「近衛兵団長は戦士としては名実ともにこの国一番の腕前! 一方の勇者スーザーは、その実力でもって国王陛下直属の騎士として召し抱えられた経歴の持ち主! 森鉱の間柄で知られるあの二人が揃って現れるとは……これはただでは済まない……ッ!」
指南役から解説役になった兵士の状況説明はノアに向けたものらしい。ちらちらと視線を投げながら声を出すので、探心を使わないでも分かった。
「森鉱ってなんだ?」
「ええと……仲が悪いってことだったと思います。」
とりあえず兵士のことは放置しつつ、ネルフィアに言葉の意味を尋ねる。犬猿の仲みたいなものだろうか。言い回しの違いに異世界を感じられたような気もしたが、よく考えれば国が違うぐらいでもこれぐらいの差はあるか。
さして意味のないことを考えている間に、やってきた二人が広間の真ん中で向かい合う。
「どうあっても王妃様への非礼を詫びるつもりはないというのだな?」
まずヒゲのナイスミドルである近衛兵団長が口を開く。
「くどい、私は己の感性を曲げるつもりはない。」
こいつが主人公なんじゃないか? と思われる銀髪長身イケメン勇者がそれに応える。
「よかろう……その傲慢、某が正してくれるわ!」
広間の中央で凄まじい武技の応酬が始まった。近衛兵団長は槍を振るい、勇者は長剣と盾を用いているようだ。だがどちらが優勢なのかさえノアには分からない。二人はまるで早送りでもしているかのように動き回り、時折車両同士が衝突する交通事故もかくやという轟音が響く。互いの武具が弾け合う音だろう。
「技量においては近衛兵団長が勝る。しかし勇者スーザーが技能を使えばその差は逆転する……如何に技能を使う隙を与えぬか、或いはその隙を見出すかが勝負の分かれ目になる……ッ!」
めげないで兵士が解説を続けてくれていたが、こいつも二人の動き自体は見えてないらしいのは探心で分かった。それにしてもこいつらはなんで戦っているのか。
スーザー・ベルクホルンが勇者として召喚されたのは三年前。大半の勇者が受け入れる奴隷を断ったことで、彼は召喚当初から容姿の端麗さもあって有名であった。有名になった理由は断ったこと自体ではなく、断った理由にある。
勇者に付けられる奴隷は、召喚予定の日時から逆算して教育を施せる期間だけを残して直前に選出されるが、誰でもいいというわけではない。最低限の選考基準が存在する。
そのひとつは「一定以上の容姿を備えた年若い女性であること」であり、特にスーザーに付けられる予定だった奴隷の容姿は「当たり」とされる優れたものであった。
「ちょっと無理ですね。」
それを断った時の彼は心の底から引いていた。明確な拒絶であり、断られることさえ想定していなかった奴隷候補は心を病んだという。
彼の美醜に関する感覚がこの世界のものと真逆であることが判明するのは、数日後のことであった。
スーザーには好みの奴隷があっさり充てがわれた。教育を施す期間はなかったが、容姿が個性的な分だけ安く済んだというのが大きい。
その後は勇者として成長し実績を積み上げ、ついには半年前に騎士爵位を与えられ国王直属の配下となる。
面白く思わないのは近衛兵団長だ。単純に自分の職務を侵害されたように感じたし、元より彼は「勇者などに回す予算があれば兵団に回して欲しい」と公言して憚らない勇者召喚反対派でもある。台頭してきた勇者を引きずり下ろす機会を虎視眈々と狙い、ついにそれは巡ってきた。
国王直属となり王妃とも顔を合わせる回数の多いスーザーは表面上紳士的に接していたが、この王妃は吟遊詩人に謳われるほどの美貌を備えていた。つまりスーザーにとってはストライクゾーンをかすりもしないどころか、完全にデッドボールであったのだ。
ふとしたことで王妃がよろめいた際、近くにいたスーザーはその手を取って王妃を支えたが、思わず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまった。
政務に携わり精神的にタフだったことが幸いし、王妃は心を病むほどではなかったが、それでもショックは十二分である。思わず涙を零した。
そこで追い討ちをかけるのがこの美醜逆転勇者スーザーである。このことについて彼は謝罪のひとつもしなかったのだ。そしてこの件を聞き、王よりも表面上怒った人物が他ならぬ近衛兵団長である。
というようなこの決闘における政治的背景を、戦闘内容を解説できない解説役兵士が代わりとばかりに語ってくれていたが、ノアは特に興味もなかったので聞き流した。
そうして数分が経ち、銀髪の残像が槍に貫かれたりする光景を見るのにも慣れた辺りで決闘は終わった。騒ぎが国王の耳に入り、その命によって中止となったからだ。
「お互いに得られるもののないまま引き分け、か……この問題はますます根深くなるな……。」
「トイレ行きたいんだけどどこ?」
「ご案内します。」
それっぽいことを言ってるだけの兵士は放置し、ネルフィアにトイレに案内してもらう。
何がどうなってるかはほぼ分からなかったが、中々見応えのある戦いではあった。成長を重ねれば、あんなに超人的に動けるようになるのかと思うと楽しみだ。
消化不良気味に決闘が終わってからも訓練を続け、昼食を挟んで午後から魔物狩りに出かけることとなった。
メイド服から動きやすい簡素な服に着替え、木製の棍で武装したネルフィアに、兵士二名が部隊のメンバーだ。ゲームか何かなら四人パーティと言ったところか。ちなみに兵士はどちらも指南役だった者ではない。
初めて外に出ると、窓から一部だけが見えていた王城の全容が見えた。今までいた施設も三階建てで決して小さくはないのだが、比べるとやはり城は大きい。特に中央から聳え立つ尖塔がやたら高く、百メートル近くはあるだろう。ボスでもいそうである。
「狩場にはこれで向かいます。」
「自動車とかあるんだな。馬車にでも乗るのかと思った。」
「これはゴーレム車です。」
ゲームなどでもお馴染みのゴーレムは、この世界でも命令を与えて動かせる人形のような存在であることは変わりないようだ。
屋根のない車に乗り込んで出発する。ゴーレムが車体を引っ張ったりするのではなく、車軸型のゴーレムを作って回転させることで車体を進ませる仕組みらしい。
燃料は魔素結晶で、流石に速度はガソリンエンジン車ほどは出ないようだが、サスペンションが効いていて乗り心地も悪くない。こういった技術や発想は、召喚勇者からもたらされたものなのだという。
単なる戦闘要員を増やすだけではないメリットがあることが、召喚反対派を退ける一因であるのは間違いなかった。
「この鎧の素材も勇者様が持ち込んだものなんスよ。ジュラルミンって言うんスけどね。」
「あー……名前だけなら知ってる。」
運転を担当する方は無口だが、助手席の方の兵士は目的地に着くまでの暇を持て余したようで話しかけてきた。ノアとしては後部座席に並んで座るネルフィアとイチャイチャしていたかったが、とりあえず適当に答える。
その気になれば後部座席で奴隷を押し倒したとしてもこの場の誰も咎めはしまいが、座席のすぐ上で指と指を絡めるぐらいに留める理性はあった。その理性が導き出した答えは、特に専門知識もないコンビニ店員ではこの世界で発明で一財産築くのは無理そうだな、ということである。
何気なく食べた昼食のサラダには明らかにマヨネーズがかかっていたし、ジュラルミンが大金を守るためのケースの素材として定番になるほど頑丈な合金であることぐらいは知っている。
だがマヨネーズはともかく、合金の作成方法を知っている者は少ないだろう。ネットでもあれば別だが、生憎とそんな都合のいい能力は持ち合わせていない。
ネットに繋げて携帯できる情報端末機器がない不便さを、今になって思い知らされるノアであった。