1-39 馴染んでいく地方都市 奴隷の町娘を添えて
「槍の使い勝手はどうだ?」
「はい、前のに比べれば少し重いですけど、すぐ慣れると思います。」
一時的にネルフィアと成長回数が並び、休みを挟んだ翌々日の会話である。ゴレム狩りの稼ぎで、休日に新しく買った槍は問題なさそうだ。成長のおかげだろう。
鉄製の穂先は通常のものに加え、左右にも付いているといういわゆる十文字槍だ。角槍では刺突しかできなかったが、これなら払ったりでもダメージが期待できる。また左右に広がる刃のおかげで敵を止めやすく、牽制にはもってこいだ。
魔物に有効打を与えるのはノアが担当すればいいので、より役割がはっきりしたと言える。ゴレムには元から通じないが、カンガルー相手には十分有用だろう。
装備の修理代を払った直後は、残しておいた毒爪を売り払うことも考えたが、そうならずに済んで良かった。
想定外にネルフィアが恐るべき能力を身に付けてしまったが、それ自体は歓迎すべきことなのだろう。
狩りの間はネルフィアの思考を常に聞くようにしておけば、ネルフィアが何か感知すればすぐ分かるのだ。ノアも自分の目や耳でも一応索敵はするが、ネルフィアの鋭い感覚を当てにするのは、そう悪いことではないはずである。効かない相手がいたとしても、探心はやはり頼みの綱だ。
それでも若干焦りを感じなくもない。自分も何か能力開発した方がいいんじゃないか、などと思ってしまう。某戦闘民族よろしく、瀕死から復活してパワーアップでもしていれば良かったが、残念ながらそんな能力はないようだ。
だからというわけでもないが、ゴレム相手にひとつ練習を始めてみた。
「ぅおッ!? あぶなッ!」
薙ぎ払うように振り回されたゴレムの腕を、何とか盾で逸らして致命傷を避ける。ただ反撃に転じられるほど上手くはいかなかった。あの大質量の攻撃を受け流して隙を作ろうというのは、やはり容易なことではない。
それからは[光刃]を発動し手早くゴレムを処理すると、『冷や冷や』しながら見ていたネルフィアが声を掛けてくる。
「やはり危険ではないでしょうか。」
「そりゃ危険だろうよ。だが安全を追求するなら、そもそも魔物と戦うべきじゃないって話になるしな。」
これからも魔物と戦い続ける限り、強敵との不意の遭遇はままあるだろう。ネイチャーゴレムなどよりも強力な上に、速い攻撃を繰り出してくるような奴もいるはずだ。この岩人形は、そういった強大な攻撃を盾で捌く練習相手としても、まあちょうどいい。
ゴレムの行動パターンは、「接近して殴る」という極めて単調なものである。完全に安全とはもちろんいかないが、間合いと後退できるスペースにさえ注意すれば、そこまで危険ではないはずだ。最初の攻撃を受け流すなりしたら、さっさと倒してもいる。一匹のゴレム相手に延々と練習しても稼げないし、そうしてる間に別のゴレムや他の魔物が来ても面倒だからだ。他の、と言ってもカンガルーしかいないわけだが。
ちなみにある魔物の発生地に、別種の魔物がいるというのは割と珍しい話である。魔物同士で潰し合い、大抵一方しか残らないからだ。ゴレムとカンガルーのように、お互いがお互いを倒す決定打を持ち合わせなければ、結果的な共存は起こる。争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!! というのとは少し違うか。
「まあもうしばらくで形にはなりそうだし、長い目で見てくれ。」
「……はい。」
やはり実戦に勝る経験はない。勇者スーザーが決闘で近衛兵団長の槍を盾で凌いでいたが、あれは間違いなくゴレムよりも強くて速かった。攻撃ならともかく、盾で受けるとなると型ばかり真似しても限界がある。相手がいた方が学べることは多い。
スーザーばかりを見本にしてきたが、兵団長も大概超人である。あの槍の技を少しずつ、ネルフィアに教えてみるのも悪くないかもしれない。[加速]をネルフィアにだけ使わせれば、いい練習相手になるのではないか。一考の余地はありそうだ。
それから何日もゴレム相手に練習を繰り返した結果、その巨体を泳がせることに成功する。安定して行えるようになるまでは一週間は掛かった。肉体操作感覚を十全に思い出せる探心様様である。ゴレム相手にこの成果だ。これで探心が効いて攻撃のタイミングが読める相手なら、より精度の高い受け流しが可能になるだろう。一度、腕の骨にヒビを入れた甲斐はあった。
それにちょっとした裏技も見つけることができたので、いずれ役に立つかもしれない。
「うむ、悪くないな。」
「…………。」『よく食べられるなあ。』
今日の狩りを終えて公衆浴場で汗を流し、宿の食堂で夕食となったが、ネルフィアには不評な追加メニューをつい頼んでしまった。
この宿も王都の宿と規模以外はそう変わらないようだが、強いて違いを挙げるとすれば、食事のメニューが魚中心であることだろう。その中に魚醤を使ったものがあるのだ。塩ばかりの味付けのこの異世界で、これはノアには嬉しかった。 だが癖の強いこの味は、ネルフィアには合わなかったようである。肉の別メニューを頼んでいた。
「ん……ふぅ、いい酒だな。」
「はい、甘くておいしいです。」
食後にタンナと呼ばれる酒を一杯嗜む。エールのようなこの穀物酒は、「甘い口当たりの中に苦味が混じり、どっしりとした大地の味がする」などと食レポのような表現をされるが、大地の味などノアには分からない。とりあえず旨い、それだけで十分だ。これも農繁士のおかげだろう。品質向上はこのようなところにも及んでいる。
そこまで酒が好きというわけでもないが、魚醤で味付けされた料理を食べた後は飲むようにしている。魚醤の香りが残ったままキスすると、表には出さないがネルフィアが不機嫌になるのだ。味は歯磨きで消えるが、香りはどうにも残るらしい。それを消すのに大地の味は都合がいい。
軽めのアルコールはネルフィアも好むところだ。ほどよく回れば、ベッドの中でも悦びの増幅効果が見込める。今夜も素晴らしい一時が過ごせるに違いない。
「ありゃ、ついに切れたか。」
ヴェーリンダの生活にも慣れたなと思ったある日、絆の縄紐が切れた。左腕に着けていたので、ゴレムにやられた時にはかなり解れてしまっていたのだ。
一昨日休んだばかりだが、仕方ないので今日も休みにして買い物に行くことにする。別に焦ることもない。
「せっかくだから腕輪にしてみるか。ネルフィアのもついでに換えよう。」
「私はそのままでも構いませんが……。」
「いいさ、腕輪には縄紐にはない機能もあるようだしな。」
金は余り気味なのでグレードを上げて腕輪を購入する。価格は縄紐の五倍だが、頑丈だし共有の有効範囲も広いので、悪い買い物ではないだろう。
絆の腕輪は<サーチ>の呪文を唱えることで、魔素を共有している仲間がいる方向と距離を知る機能がある。探心があるとはいえ、いざという時には役に立つかもしれない。できればそんな機会はない方がいいには違いないが。
ちなみに腕輪というが、装着できるなら別に脚でも首でも構わない。装着者の素肌に触れていて、他の腕輪と接触させて<リンク>できれば機能的な問題はない。結局、腕に着けたが。
ちゃんと使えるか<リンク>してみると問題なかった。チャラ兵士たちに連れられてのレベリングがもう懐かしい。
「うーん、実に素晴らしい。」
「あ、ありがとうございます。」『しっかり見られてる……ちょっと恥ずかしい……。』
ネルフィアに服を買い与えたりもした。茶色基調のディアンドルのような服で、ネルフィアが着ると如何にも中世ヨーロッパの町娘といった風情だ。髪とも同系色でよく馴染む。
最大の特徴は大胆に開いた胸元。女性が視線に敏感なのは分かっている。感覚がちょっと超越してるネルフィア相手ともなれば、こっそり見ることなど不可能に近い。なので開き直って堂々と鑑賞することにした。この豊かな膨らみと谷間を眺めて許されるのは、これを育てた者───主人だけの特権であろう。
これもこの世界だと一般的な服装ではあるのだが、流石にこの格好は二人の時だけにしてもらおう、と思うノアであった。




