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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
1 勇者死す。(推定)
33/115

1-33 真っ当に旅立てるならそれがいい日だ

「だからさあ……あたしだってさあ……もうちょっと若ければさあ……。」

「うんうん、そうですね。」


 すっかり出来上がってクダを巻く姐さんに対し相槌を打つ。飯を食いながら奢りだからとガンガン飲んだかと思えば、あっという間にこの状態になってしまった。まだ日も沈んで少しといった時間だというのに。


(駄目だなこりゃ。)


思考を探ってみたが支離滅裂でまともに読み取れない。完全に泥酔していた。試すつもりはないが、きっと直接接触で記憶の読み取りも容易であろう。短い付き合いではあるが、世話焼き人の姐さんにはそれなりの苦労があるのだろう、ということは今まさに垂れ流されてる愚痴でよく分かる。

女性には共感しつつ聞き役に徹していた方がいいという知識を実践しつつ、ノアも軽く飲んだ。


「いつか……かならず……じごくに……。」


長めの食事が終わる頃には姐さんは潰れてしまった。何か恐ろしげなことを言ってたのは多分気のせいだろう。


「姐さんの家って分かるか?」

「いえ……。」


ネルフィアも知らないらしい。記憶を探って家の場所を知れば、背負って送って行くこともできるだろうが、流石に不自然であろう。


「仕方ない、ここに泊まってもらうか……ん?」


急にネルフィアからネガティブな感情を探知した。姐さんを部屋に連れ込んで手を出すんじゃないかとか『危惧』されているようだ。

どうにもこの手のことに関しては信用がない。ノアも何故とは思わない。毎晩のことを思い出すと心当たりがあり過ぎる。


『私がお情けを受けられないから……ううん、ご主人様が誰を愛しても、元より奴隷の私が何か言える立場じゃない……。』


別に手を出す気もないし、イこうと思えばイけてしまう程度には悪くない、というのが姐さんに対するノアの評価ではある。

だがこうも健気なことを想ってくれているネルフィアを、蔑ろにする選択肢などないのだ。


「一人部屋を取って寝かせてくるから、待っててくれ。」

「はい……。」『一人部屋なら……いやでも……。』


一人部屋なら手を出す気がないことが伝わるかと思いきや、そうでもなかった。この宿に来た日も一人部屋に二人で泊まり、ベッドのスプリングを散々(きし)ませてしまったのだから無理もない。

妙な因果が巡ってきたものだと思いながら、姐さんをお姫様抱っこで運ぶ。フロントマンに料金を払って一人部屋を開けてもらい、ベッドに横たえて毛布を掛けた。


「んん……。」


正直惜しくはあった。多分三十路半ばで十分に射程範囲内。酒気を帯びた息を吐く厚めの唇には色気があって、恋人にするとなるとちょっと考えるが、一晩ぐらいならお相手するのも(やぶさ)かではない。姐さんもなんだかんだで許してくれる公算が高いように思う。奢りだからってあんなに深酒する方が悪いと言えば悪いだろう。


「おやすみなさい、姐さん。」


それでも灯りを落として部屋を出た。据え膳食わぬは男の恥と言うが、ネルフィアのためならその程度の恥は被る所存である。

昼間だらけている時、その気になれば()()()になる動画などを思い出したりもできたが、あえてそうはしなかった。ノアの相手ができないことを、ネルフィアが心から申し訳なく思っていたためだ。別に操を立てようなどと思っているわけではないが、その心意気には敬意を払いたかった。

扉に鍵をかけ、その鍵をフロントに預けて愛しの奴隷の元に戻る。愛というよりは執着のような気もするが、それは今はいいだろう。

すぐに戻ったので、ネルフィアのネガティブ感が払拭された。


『ご主人様ならこんなすぐに終わったりしない。』


そういう方向での信用は抜群のようである。これついては諦めざるを得ない。

夕食後は公衆浴場まで行く気にもなれなかったので、アイロンで作った湯で身体だけ拭いて床に就いた。禁欲期間だということを忘れてネルフィアの身体を拭いたりしたので、無駄に充填されてしまった元気を処理するのに、結局手を借りることになってしまったのは反省すべき点である。もちろん処理には通常のやり方は行えないので、やや特殊になった。

ネルフィアからの内心評価が『すっごい好色』にランクアップしてしまったのは、甘んじて受けるべきだろう。




 翌朝、支度を整えてフロントまで降りてくると、姐さんが待っていた。


「あたしの方が世話んなったねえ。」

「まあお互い様ですよ。」


早寝と言えば早寝をしたのでもっと早くから起きていたようだが、律儀に待っていてくれたようだ。泥酔して何もされなかったことに対して『紳士的』だと思うと同時に、多少は『女としての魅力がないのか』と不満にも思っている辺り、人間の心理は複雑である。

朝食を取り、姐さんとの別れとチェックアウトを済ませていよいよ旅立ちだ。

王都から出るための乗合馬車が集まる広場は賑わっていた。ここで客や荷物を募集し、採算が取れる程度に集まると少し待って出発するという、おおらかなシステムである。集まりが悪ければ昼まで出発しないのもザラだという。料金も護衛が付いてたりなどの条件でまちまちだ。

定期的に出発する馬車もあるが、乗るためにはコネなりツテが必要なようである。冒険者はこういった街間の移動を、護衛依頼を受けるのも兼ねて行うことも多いが、ノアたちには無縁の話であった。

広場には弁当売りがいたのでついでに購入しつつ、東方面への馬車がいそうな場所を聞くと教えてもらえた。


「ジョンジェット行きー! ジョンジェット行きがもうじき出るよー!」


弁当売りに言われた通りに足を進めると、幌馬車の近くで大声で叫ぶ男がいる。記憶にある地図によれば、ジョンジェットは王国最東端の都市のはずだ。目的地とするヴェーリンダと同じ方角である。


「ヴェーリンダには寄るか?」

「もちろん寄るよ。お二人さんでいいのかい?」

「ああ、頼む。」

「じゃあ秤に乗ってくんな。おっと、荷物を持ったままな。」


収納袋があるので、この世界の輸送はスペースを節約できる。それは個人が大量の荷物を持ち込める、ということでもある。そのため料金は人数よりも重量で決まるのだろう。


「これなら料金は二人半分ってとこだね。ヴェーリンダまで一括で払うかい?」

「一括の方が安いんだな。ではそうしよう。」


一日毎に宿場町などに泊まり、出発時に一日分ずつ料金を払うこともできるが、一括の方が安い。代わりに出発に間に合わず置いてけぼりになっても、料金は戻ってこないのだ。禁欲期間中なら寝坊する要素は多分あるまい。護衛もいるし料金は妥当な額に思える。男も駆け込みの客を逃したくはないので、変にボッタクろうと思っていない。


「じゃあこれヴェーリンダまでの切符。失くさないようにな。」


金を払って印の入った木片の切符を受け取り、幌馬車に乗り込む。馬車とはいうが引っ張るのは四脚型のゴーレムだ。

以前に乗った車軸型ゴーレム車は、ゴーレム自体のサイズが小さく出力が低いため、大量の人数や貨物を運ぶのには向いていない。

四脚型ゴーレムは首のない馬という感じの造形で、実際の馬よりも太い印象を受ける。タイプにもよるが、馬よりも馬力が出るはずだ。


「ここにするか。」

「はい。」


幌の張られた客車は割と広い。座席は左右の端に固定された長い台に腰掛ける形だ。ノアは兵員輸送車を連想したが、どちらが上等かは分からない。


「これでも敷いとけ。」

「これはご主人様がお使いになれば……。」

「俺は革の籠手でも敷いとくよ。」


クッションなんて気の利いたものはないので、代わりにネルフィアには売らずに持っていたラビヘアーを渡す。ネルフィアも最初は遠慮していたが、生理の負担があるだろうと耳打ちすると納得する。

ノアたちが座ってももう何人か座れる程度の空きはあるが、ほどなく馬車は出発した。

そしてこの時、気付いていれば後に起こる手痛い失敗を防げたであろうことを、ノアは見過ごしていたのである。

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