1-31 避けられぬ現象
革装備は一応取っておくことにした。元よりこの手の最低限の装備は、冒険者の生存率を上げるためにギルドがかなり安くしているので、売っても大した金にはならない。重量的にもスペース的にも収納袋には余裕がある。一応の予備だ。
代わりというわけではないが、木製の弓矢を二束三文で売り払っておく。戦闘中に装備を切り替えるような暇はないし、今後も使い道はなさそうだ。まず指導でも受けなければまともに使えないと思うが、そこまでするほどのものでもない。
「ネルフィアはどうする?」
「私には……この辺の鎧はちょっと重いですね。」
並トカゲの結晶といくつかの素材の金は残っている。残しておくつもりのダークネイルとダーティネイルも、いざとなれば売る手もある。それは別にして、鉄の鎧ぐらいは買えなくもないし、その気になれば着れなくもないのだろうが、賦活師の身体能力ではまだ無理があるようだ。
とはいえネルフィアにももう少し防具を充実させたい。
「こいつはどうだ?」
「これなら……大丈夫だと思います。」
代わりに勧めたのは金属の輪を綴った単衣───いわゆる鎖帷子だ。これなら革鎧の下にも着込める。お値段もリーズナブルで、次の街への移動費を別にしても資金には結構な余裕ができた。
顔だけ出せるフード付きの鎖帷子は、よりネルフィアの防御力を高め、その命を守るだろう。良いことだとは思うが、それに伴って肌の露出が減るのは悩ましくもある。
ビキニアーマーなどというのはそれこそファンタジーでしかない。分かっていたが、ここは案外ファンタジー世界ではなかったようだ。若干の寂しさを覚えながら装備をしまうと、直営店を後にした。
早めに風呂も済ませたが、今日はまだ日が高い。濡れた服も収納袋に入れておけば気にはならない。余程ギチギチに詰め込んでもいなければ、物同士が内部で干渉することもないのが便利なところだ。
また街でもブラつくかと考えていたその時、ネルフィアがおずおずと口を開いた。
「あの、ご主人様……。」
「どうした?」
「明日にでも必要になりそうなものがあるのですが……。」『気を悪くされるかも。』
どうにも歯切れが悪かった。ネルフィアの思考を四六時中探っていれば察することもできたのだろうが、流石にそこまでではない。とりあえず続きを促す。
「そろそろ月のものが始まるので、お情けを受けられなくなると思います。」
「そうか……なら仕方ないな。」
なんでもない風に答える。生理が来るらしい。避妊魔法があるとはいえ、こればかりは仕方ない。むしろ来ない方が問題だ。『ご主人様なら構わずするかも』とか思われていたのは流石に心外であるが、ノアとて流石にそこまでではない。ないのだ。
「必要なものはどこで手に入る?」
「以前は適当な布を使ったりしていました。」
「ちゃんとした生理用品もあると本で読んだと思ったが……。」
「それなら服屋で買えると思いますが、私なら傷んだ服の切れ端でも大丈夫です。」
「いや、せっかくだからちゃんとしたものを使おう。そろそろ服のひとつも買いたかったしな。」
「はい、ありがとうございます。」
なるべく大事にしたい場所であるから、金や手間を惜しみたくはない。[治癒]には肌や粘膜へのダメージを癒やす美容効果があると知ってからは、寝る直前にも使うようにしたぐらいだ。
囲い込まれた癒術師が、美容目的で[治癒]を使わされることは当然のようにあるらしい。この世界にも生理用品があるという情報も、資料館の同じ書物からだった。
「またあんたらかい。こんなところで会うとはねえ。」
以前にも利用した服屋には偶然にも姐さんがいた。資料館で別れた後、出る時にネルフィアとはそこそこ話して仕事に戻ったらしい。
「これも何かの縁ということで、ネルフィアの服を選ぶのに付き合ってもらえません? 俺の好みばかりを押し付けるのもアレなんで。」
「しょうがないねえ、それぐらいならいいよ。」
流石姐さんだ。女性同士の方が買い物は楽しいという面もあるのだろうが。
「いいんですか?」
「ああ、好きな服を一着選んでいい。ついでに例の物についても相談に乗ってもらえ。俺は俺で適当に肌着でも見てるよ。」
「は、はい、ありがとうございます。」
よく働くネルフィアにこれぐらいは報いていいだろう。
適当に店内を物色しつつ、女性同士のかしましさを発揮しながら服を身体に合わせる二人を眺めると、実に楽しそうにしている。上下関係がある上に男の自分では、ああいった感じでネルフィアを楽しませることはできないだろうな、とノアも思う。若干嫉妬を覚えないでもない辺り、あらためて己の小物振りを実感させられた。
分かっていたが女性の買い物は時間が掛かる。見るものもなくなったので壁にもたれて待つノアは、脳内で暇潰しを始めていた。何かテレビ番組を思い出したりしてもいいが、まずは今日の反省だろう。
(調子に乗って奥まで行き過ぎたな。)
流石に進化種を警戒していたわけではなかろうが、沼の近くにまで他の部隊がいなかったのは、それだけ危険性を理解していたからだろう。
遭遇自体はある程度仕方ない。結界の外に出続ける限り、こういった突発的な危機へのリスクは常にある。魔物を倒すことでしか安定した現金収入を得られない勇者である以上、それは避けられない。むしろ急にドラゴンが来たので、みたいなことにならないだけマシではあった。
(空はドラゴンの縄張り、か。)
ドラゴンの襲来、それは主に飛行物体によって引き起こされるのだという。
ドラゴンは進化せずとも知能が高く、自らを空の覇者と認識しており、ドラゴン以外の飛行物体を発見次第叩き落としに来るのだ。この世界にも気球や飛行機の知識は伝わっている。だが知識とそれを作るための技術的下地はあっても、実用化にまでは至らない、そんな一例である。
現状、ドラゴン相手に勝ち目はなさそうなので杞憂として片付けておく。変なフラグになっても困るのだ。
もっと安全で楽に狩れる魔物を相手に成長を重ねるのがいいかとも思ったが、それはここしばらくウサギ相手にやっていたことだった。あの積み重ねがあったからこそ、盗賊や闇トカゲ相手にも生き残れたのだ。
(地道に行くしかないな。)
一応の結論を得たが、女性二人はまだ服を選んでいたので、脳内で何か思い出して暇潰しをする。
最終的に暇潰し用番組リストができてしまった。ネルフィアのそれが始まってしまえば、利用する機会は多そうである。
「どうだいこの服は。」
「流石姐さん、いいセンスですね。」
緑のパステルカラーのちょっと少女趣味入ったワンピースとでも言うべき出で立ちは、小柄なネルフィアにはよく似合っていた。ネルフィアもやや恥ずかしそうにしながらも『気に入った』ようだ。
「何かお礼を……。」
「いいよ、これぐらい。あたしも楽しかったし。」『でも惜しいねえ、もうちょっとこの娘に化粧っ気があればもっと良くなるのに。』
その発想はなかった。化粧の知識などとは流石に無縁だ。ネルフィアもほぼしたことはないようだし、ここは乗っかってみるべきか。
「これでもうちょっと自然な感じでいいから化粧でもできればな。」
「お化粧のことは余り習えなかったので……申し訳ありません。」
「あーあ、どこかに化粧の手解きしてくれる人とかいないかなー。」
わざとらしいなとノア自身思ったが、チラッと視線を投げかけると姐さんはため息を吐いた。
「しょうがないねえ。あたしが教えてもいいよ。」
「本当ですか姐さん、ありがとうございます。」
「研ぎかけた剣だしね。でも今すぐってのも無理だよ。」
乗りかかった船みたいな意味だろうか。姐さんは明日が休みなので、やるにしても半日はもらいたいと言ってきた。
「今日はちょっとキツかったし明日は休みでいいか。明日は姐さんに付き合って自由にしていいぞ。」
「はい。よろしくお願いします。」
そろそろ旅立とうかと思っていたが、こんなのもいいか。まあ悪い人ではないし変なことにはなるまい。次の街への出発は明後日になるだろう。




