1-30 世界の短縮
強敵ではあったが、なんだかんだで最低限のダメージで勝利を掴めたように思う。
こんな沼の近くまで来さえしなければ、戦闘を避けられたのかもしれないが今更だ。百メートル先からアクティブになるような魔物を避けるというのも難しいだろう。この手の進化種の存在が確認され次第、周辺の冒険者ギルドで注意喚起のひとつもされるはずなので、それが出ていなかった辺り、闇トカゲの進化はごく最近のことなのではないか。
益体もない推測もほどほどに、戦利品を漁ってみる。毒のことを考えるとのんびりしてもいられない。
「これはこれは……。」
泥の中に今までで最大の魔素結晶と、素材が落ちていた。光沢のある漆黒の毒爪────これがダークネイルだろう。装備の作成に用いれば、並トカゲのものより高い効果が得られるはずだ。当然、価値も高い。
進化した魔物は素材を落とす確率も高まるのだという。意図的に魔物を進化させてから狩ろうとする試みもあったようだが、得られる利益以上の大量の結晶が必要となり、採算は合わないらしい。
「ひとまず霧の外に出るぞ。」
「は、はい……。」『せっかく新しい技能を覚えたのに……。』
戦闘前に下ろしておいた収納袋に戦利品を入れると、毒に耐えるネルフィアを連れ出す。収納袋には王城で貰った背負い袋を被せているので、ある程度雑に扱えた。外見で収納袋であることを隠せるという利点もある。
「よく頑張ったな、[治癒]。」
「あ……ありがとうございます。」『顔近い。』
周囲にトカゲがいないことを確認して手頃な岩に向かい合って座ると、先に[治癒]を使ってネルフィアを労う。他者に使おうと思えば直接触れ合う必要があり、今お互いに露出してる部分は顔だけだ。自然と鼻先を突き合わせることになる。なるべく早くネルフィアを癒やしたかったので仕方ない。
そのまま楽な姿勢を取ろうとすれば、ネルフィアをノアの膝の上に座らせ、抱き合う形になった。そのまま自分にも[治癒]を使う。
(なんだかチューしたくなってしまった……駄洒落かよ。)
心中でセルフツッコミを入れつつ、戦いの余韻で昂ぶっている上に顔がこうも近くては仕方ないとも思う。結局それから毒が消えるまでの間、離れてはいけないからと言い訳しながら、何度も舌を絡めてしまった。ネルフィアもちょっと『したいな』と思っていたので、これはまったくもって仕方ないのだ。ウサギの狩場と違って人もほぼいないし。
ともあれ、ややもすればそのまま事に及んでしまっていたかもしれない。朝方にハッスルしていなければ危ういところであった。
「ネルフィアも成長したと思うが、どうだ。」
「はい、[加速]を覚えたようです。」
「有用なスキルだとモノの本には載っていたな。」
「ますますお役に立てると思います。」
[治癒]と[回復]でリフレッシュし、闇霧が晴れた泥中からスリングを回収したネルフィアが意気込む。
天職関連の書物から、一通りの天職及び技能の知識はノアの頭に入っていた。勇者の技能は何故か載っていなかったが、一般には伏せられているのだろうか。それは城で教育を受けたネルフィアから聞けたのでいいのだが。
「素早く動けるようになると聞く。早速使ってみてくれ。」
「はい、[加速]。」
[加速]を受けると身体が軽くなったように感じる。元の速さの半分程度は速く動けるようになるとモノの本にはあったが、事実のようだ。ターン制ならともかく、リアルタイムバトルで行動速度が上がるのは強力なアドバンテージだろう。
急に上がった速さに振り回されるということもない。体感的には変わらないが、自分が速く動こうと思えば五割増しで動ける。また、そうしようと思わなければ普段通りに動くことも可能だ。速く動いた分、寿命が縮むなんてこともないらしい。
[加速]を覚えた賦活師が、戦闘でも引く手数多となるのも頷ける性能である。[堅固]も十分優秀だと思うが、実質的に攻撃を受けないと効果のない技能では人気が出ないのだろう。闇トカゲの尻尾の衝撃を額で受けて耐えられたのも[堅固]があってこそだ。なければ気絶していたかもしれない。そう考えると割とギリギリの勝利であった。
「本当に役に立つなネルフィアは。ありがとう、これからも頼む。」
「もったいないお言葉です。」
狩りは切り上げることにした。元より沼の淵まで来てから別方向に進み、湿地帯を出る予定だったのでルートはそのまま。進路上のトカゲを倒すだけにして、投石で余計な相手まで引っ張ろうとはしない。日が傾く前に王都に戻れたのは、それだけが理由ではないだろう。[加速]の恩恵が大きい。
戦闘のみならず、ただ歩くだけでも速いのだ。持続時間は三十分といったところだが、十分実用的である。いずれゴーレム車のような足を買う必要があるかもと思っていたが、しばらくは大丈夫そうだ。
王都への帰り道も当然変わったが、これも予定通りだ。盗賊の待ち伏せを受けたのは、毎日同じルートを使っていたためである。狩場への行きと帰りの道は、その都度変えた方がいいと学べた。進化種に加えて盗賊の相手なんぞ冗談ではない。
「情報提供に感謝いたします。こちらは少ないですがどうぞ。」
「ああ、どうも。」
冒険者ギルドで換金する前にダークリザードのことをサラリマン風受付に話し、結晶と素材の提示を求められたのでそれに応じた結果、情報提供料を受け取れた。結晶のサイズで大体信じてもらえるが、素材があれば確実らしい。
これから数日は進化種目当てにトカゲ狩場が混むのだとか。毒対策をして人数を揃えれば、確かにおいしい獲物と言えなくもない。倒した奴の他にもいるかまでは分からないが。
「うーん、どうしよっかなあ。」
換金を終えると直営店で迷ってしまう。一気に大金が入ったためだ。闇トカゲの結晶には想像以上の高値がついた。一定以上のサイズの魔素結晶を必要とする用途というのは少なからずあり、巨大であるほどに価値は跳ね上がる。ソフトボール大の結晶ひとつで、鋼の剣が二本買える金が転がり込んできたのだ。直営店で何か買いたくなるのもやむを得まい。
候補として考えられるのは防具だ。今回は上手くいったが、闇トカゲの爪も牙も革装備で受けるには厳しかった。[堅固]があったとしても、次の狩場ではもっといい装備が必要になるだろう。
鎧を換えてみようとは思うがそれはそれで迷う。革鎧より上になると手軽に買えるのは鉄の鎧だ。もうちょっとお高い鋼の鎧という選択肢もある。そしてこれらは金属製だけあって当然重い。身軽さが失われるのには抵抗がある。闇トカゲの頭を飛び越えられたのも、革鎧の身軽さがあったからだ。
「よし、やっぱジュラルミンだな。」
最終的にジュラルミンの鎧に決めた。単純な強度では鋼のほうが上なのだが、なんと言ってもこいつは軽い。盾は敵の攻撃にぶつけて弾いたりするのでノア的には重量があった方が好ましいが、鎧は軽さと防御力を両立できるならその方が良い。
単純な板金鎧というわけでもなく、装甲は何枚かの金属板を重ねた積層構造になっていて、防御力もかなりのものだ。伊達に王城のエリート兵士に採用されているわけではないのである。
「流石にちょっと動きにくくなるのは仕方ないか。」
買ったその場でネルフィアに手伝ってもらいながら、首から下が一式揃った全身鎧を装備すると、可動域が狭まって若干窮屈に感じる。戦うのには問題ないはずだ。きっと今ならロボットダンスが上手く踊れるに違いない。別にやらないが。
値段は闇トカゲの結晶とほぼ同額だが、悪い買い物ではないだろう。ちなみに兜は別売りだった。耳の位置が異なる獣人が装備する場合を考えて、別売りの方が都合がいいらしい。




