1-3 重量級ピロートーク
大した経験があるわけではなかったが、能力のおかげもあって、余計な痛みを強いることは避けられたように思う。
ネルフィアも、今日出会ったばかりの主人に身を任せることに思うところがないわけではなかったが、『乱暴な人でなくてよかった』とは思ってくれているので、まあ上出来であろう。
じっくり好感度を上げていこうとノアは心に誓った。
「私の村が盗賊に襲われたんです。」
やってしまったことに後悔はないが、この上なく冷静になってみると彼女の身の上をよく知りもせず手を出したことに気付いたので、手始めに借金の理由を聞いて出てきたのがこの台詞である。なんだかハードな匂いがするので、あらためて子供の頃からどのように過ごしてきたかを聞き直した。
この王国の一地方にある開拓村の出身であるネルフィアは、貧しいながらも両親からの愛情を受け育った農民の子であった。数え歳が十になると通例に従い、父を含む村の大人に連れられ弱い魔物を狩って最初の成長を果たし、[回復]を覚えたことで天職が賦活師であると判明する。
「罠を使ったり大人が弱らせた魔物にとどめを刺したり大変でしたけど、もっと役に立てるようになったことは嬉しかったです。」
「成長するとやはり違うか。身体能力が。」
「それもありますが[回復]が喜ばれましたね。疲れている時に使えばまた元気に働けますから。」
娘の技能で小金を稼げるようになり、暮らしは多少上向いた。ただし嫁入りは引く手数多となり過ぎ、遅れることになったのだという。この世界の平民の一般的な結婚は十代半ば頃が適齢だが、おかげで奴隷としての価値が高まったのは皮肉である。
「で、嫁ぎ先が見つかる前に盗賊か。」
「はい……私は近くの街に出ていたので難を逃れましたが、両親は……。」
ネガティブな感情が伝わってくる。結界は魔物を通さないが人類には通じない。当然この世界にも悪人はおり、小規模の共同体への襲撃はそう珍しい話ではないらしい。ネルフィアの両親を含む少なくない犠牲を払いながらも盗賊は撃退、村自体は残ったがその爪痕は深かった。多少あった蓄えは奪われ、守れていたとしても復旧に費やされる。
家族との急な死別に半ば自棄になっていたのもあり、当時村を離れていたことの責任を理由に、彼女は村のために身売りを申し出た。責任と言うには無理のある話ではあったが、彼女には耐えられなかったのだ。両親がもういない開拓村に居続けることが。
「この国が買い手になってくれたのは、よかったと思います。」
彼女にとって買い手は誰でもよかった。開拓村から最も近い街の奴隷商を介した身売りには、首輪を用いない丁稚奉公のような条件のものもあったが、奴隷契約の条件を受諾したのも特に拘るようなことがなかったからだ。そうして買われたのが今から二十日ほど前。
「勇者様に……ご主人様に仕えるための研修は忙しかったですけど、それが辛かったことを忘れさせてくれました。」
「……そうか。」
時間と研修に忙殺されたことが悲しみを薄れさせたが、妙な責任感だけは残ったようだ。奴隷としての覚悟はこの責任感から来ているのだろう。ノアも盗賊の襲撃は彼女が責任を感じる必要のないことだとは思ったが、自分に都合がいいのもあるので特に出す言葉はなかった。
「あ……。」
我ながら小物だという自覚に秘かに恥じ入り、何も言わずネルフィアの頭を掻き抱くようにしてゆっくり撫でてみた。女を慰める引き出しなど然程多くはないのだ。
「ん……………………。」
それでも少しの『安心感』を引き出すことはできたのだから、そう悪い交流でもなかったのだろう。微弱な思考が感じ取れなくなったかと思えば、腕の中で少女は寝息を立てていた。それを見てノアも眠ろうと眼を閉じる。
意識が遠のくまでの間にこの能力に名前を付けることにした。心を読み取るのみで、こちらから意思を伝えられないことはなんとなく分かっているので、テレパシーとは言い難い。読心だとありきたりだから『探心』と呼ぶことにする。
目が覚めた。先に目を覚ましていたネルフィアがメイド服姿で微笑みかけてくれるのを見て、夢ではなかったことを悟る。
「おはようございます、ご主人様。」
「おはよう、ネルフィア。」
仕方ない、異世界生活を始めるとしよう。追放系とかじゃないだけきっとマシだろうし。などと思うとフラグになりそうで多少怖くはあったが、とりあえずそんなことはなかった。朝食の後でローブ男が部屋にやってきて、今日から戦う術の手解きと魔物狩りを行う予定を伝えられる。
「これが俺の得物か。」
兵士たちが訓練に使う広間に案内され、用意された銅の剣と銅の盾を手に取る。剣の刃渡りは一メートルに足りない程度で、斬れ味は鈍そうだ。多少重いが振り回せないこともない。具体的な剣の重さは分からないが、この世界に来る前なら片手で持ち上げられたかも怪しい気はする。盾は四角い銅板に木製の持ち手が付いていて、こちらもそこそこ重い。全く初期状態でも勇者としての身体能力があるのだろう。
「ふッ! ふんッ!」
見本として剣の振り方を実演してくれる兵士が持っているのは、明らかに銅の剣より質の良さそうな鉄製らしき剣であったが、無心で素振りを……したかったが雑念がそこそこ入った。指南役になった兵士も『事務的』ではあったが、『真面目』に教えてくれてもいるのでやや好感が勝る。盾もなるべく正面から受けず、斜めに弾くようにして攻撃を逸らすのだと教わった。
このような武器を使った戦闘経験など当然ないので、真剣に学んだ。自分一人が死ぬならまだしも、今はネルフィアの命も背負っているのだ。手は抜けない。何より普通に自分も死にたくない。
「ふぅー……。」
「お疲れ様です、ご主人様。よろしければ[回復]をかけましょうか?」
一通り動きを覚えて小休止すると、ノアの汗を布で拭いながらネルフィアが提案してきた。
「そうだな……試しに頼む。」
「はい、[回復]。」
何でも試してみるものが男の度胸であるかはさて置き、提案を受け入れる。ネルフィアの手が光り、その光が放たれノアの身体に届くと、みるみる内に先程まで感じていた身体の重みがなくなる。
「おおっ! 本当によく効く。金が取れるわけだ……。」
疲労が抜けて爽快だが、ここまで効果が劇的だとむしろ不安になってきた。
「反動とか大丈夫?」
「休憩もなしに疲労に[回復]をかけて同じ動きを続けるのを何日も繰り返すと、流石に動かし続けていた部位が壊れるそうです。普通の休憩も挟めば大丈夫だと聞きます。」
意図的に無理を続けなければ大丈夫そうか。もっとも、魔物の前で疲れて動けないままでいるよりは、無理をしてでも動いた方がマシだろうが。
それにネルフィア一人では、一日中[回復]をかけ続けるのは無理らしい。技能を使うには精神力と呼ばれるものが必要であり、これは自然回復するものの、ペースを考えなければ枯渇するからだそうだ。マジックポイント的なものだろうと理解する。
「ん?」
不意に兵士たちがざわつく。ざわつきの中心の男たち二人が歩いてきた。
「あ、あれは……近衛兵団長に勇者スーザー・ベルクホルン!」
指南役の兵士が叫ぶ。なんかの漫画でいたなこんなキャラ、とノアは思った。