1-2 とりあえずムードが出そうなぐらい(適当)に暗く
「それでは、勇者様の手で彼女に首輪をはめてください。」
主人となる者の手で首輪を装着することで奴隷契約は完了する。当人の同意がなくては装着はできない。一種の安全装置だ。強制的に奴隷にする手段なりもあったりするのだろうかと想像しながら、首輪をローブ男から手渡されたその時である。
『こいつが使い物になればいいんだが。』
ローブ男の声が聞こえた。しかしその口は動いていない。どうやら思考を読み取れたらしい。今までの感情よりも明瞭に感じ取れた理由を考えつつ、何もなかった振りをしてネルフィアに歩み寄る。背中側に腕を回して装着しようとしたので抱きしめるような形になってしまったからか、若干の『緊張』が伝わってくる。
『これでいいんだよね、みんな……。』
首に触れた時に再び思考が伝わってきた。それがネルフィアのものであることから、離れている時には感情が、接触時には思考が読み取れるのではないかとノアは自分の能力に当たりを付ける。そうして装着した首輪がほのかに光を纏い、消える。契約が完了したのだ。
「末永くよろしくお願いします。ご主人様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、それで頼む。」
「かしこまりました、ご主人様。」
思うところがないではないが、それはそれとして中学生みたいなメイド奴隷ができたことは喜ばしかった。「ご主人様」の響きも耳に心地よい。十八歳以上だから合法だし。そうでなくても異世界だから合法だとは思われたが。
「無事契約できたようで何よりです。主人は許可すれば奴隷を解放することもできますが、できればそれもご遠慮ください。」
「それも条件、か?」
「ええ、勇者様に最後まで仕えることが一定額を払う条件ですので……そのため彼女の首輪はちょっと特別製になっておりまして、解放されるとそれが私どもにも分かるようになっております。」
「了解した。」
「それでは今日はもう、お身体が馴染むまで部屋でお休みください。」
ローブ男に促され、兵士の一人に案内されて召喚された部屋を出る。歩いた廊下の窓から見えた景色は、石や煉瓦らしき建築物が立ち並ぶ茜色の街並みで、地球と同じ夕方であるように思われたが、地球の風景ではないように思えた。そうしてネルフィアと共に通された部屋には、いくつかの家具にベッドがひとつしかない。まあそういうことなのだろう。後で食事を持ってくる旨を告げ、案内の兵士は出て行った。
「………………。」
とりあえずベッドに腰掛けて考えを巡らせようとして、マットレスにスプリングが入っていることに気付いた。街並みはヨーロッパ中世風だったような気もするが、この世界の技術力は意外に高いのかもしれない。
あらためて腰を下ろして現状のことを考える。流石にもう夢だとは思えない。三十代半ばのコンビニ店員に仕掛けるドッキリにしては手間が掛かり過ぎている。本当に異世界だとすれば不安は大きいが、異世界の生活にわずかながら期待を持てる程度にはまだ若い。
ローブ男の態度は今にして思えばマニュアル的であった。転生によって得られたらしき感情や思考を読み取るこの能力が本物なら、内心はこちらを見下している感もある。力尽くで何かを強いてくるならそうしているだろうし、騙そうというよりはこちらを何かに利用しようとしているのだろうか。どちらにせよ今は情報が足りない。
能力は現状における数少ないアドバンテージである以上、おいそれと話さない方がいいだろう。バレていたとしてもそれはそれだ。後は流れに任せるしかない。
「あの……。」
「あ、放ったらかしにしてたな。悪い。」
「いえ。」
わざわざ奴隷を付けるというのも不自然と言えば不自然だ。ローブ男の内心を鑑みるに、勇者への期待の大きさとは素直に受け取り難い。
「俺自身、奴隷を持つなどというのは初めてなんでな。主人として至らないところがあるかもしれないが、よろしく頼む。」
「私の方こそよろしくお願いします。……あ。」
とはいえ彼女自身には裏はないように思える。先程まではノアを『心配』していたし、立ち上がってあらためて挨拶すると若干の『敬意』も向けてくれた。思わず頭を撫でると『悪い人では、ないよね。』という思考も伝わってくる。やはり撫でるだけで好感度爆上げは無理だった。素体の地味な顔立ちとはいえ、やはり異世界でも「※ただしイケメンに限る」のだろう。元の顔もせいぜいフツメンではあったが。
「ん?」
部屋にある鏡に目をやれば、白髪のはずが黒髪が映っていた。見慣れた顔立ちは若干若い。二十前後の頃だろうか。素体が馴染んできているのだろう。若々しいのは戦いのためか。
「ご主人様、この世界のことをご説明しますがよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。」
これも彼女の仕事なのだろう。小さめのテーブルに向かい合わせになって話を聞く。要点をまとめると、この世界には魔物と呼ばれる人類の敵性存在が湧出し、それらを退治するのが勇者の役目だ。倒された魔物は魔素結晶と呼ばれる物を残し、これを様々な事柄に利用するのがこの世界の文明らしい。
「魔素結晶はもっと単純に石などとも呼ばれていますね。最も重要なのは、街に魔物を寄せ付けないよう結界を張ることです。」
他にも結晶を動力源とした魔道具の類が、生活を支えているとのことだった。廊下や部屋の電灯のような照明にも、結晶が使われている。つまり魔物の数を減らしつつ資源になる石を集めてこいという、思ったより真っ当な目標であった。魔王を倒してこいとか、鉄砲玉さながらの使命ではないのは多分幸いだろう。魔王がいるかは知らんが。
「勇者はよその世界から呼ぶほどのもんなのかね。」
「はい、武器を使っても並の天職より優れていて、技能も強力なものを覚えると習いました。この世界にも勇者様が生まれることはあるのですが、極めて稀らしいです。」
「そう言えば君もなんとか師だったっけ。その、天職ってのが。」
「はい、賦活師です。主に自分や仲間に力を与える技能を習得します。」
天職は誰もが持っており、魔物を倒した時に放出される魔素を吸収し、それがある程度蓄積することで「成長」が起こる。成長により身体能力が向上、一定の成長回数で得られる技能によって天職が判明するのだとか。要はレベルアップでスキルを覚えるということだろうか。
「私が今扱えるのは最初の[回復]だけですが、きっとお役に立ちます。」
「回復というと傷が治るのか?」
「いえ、[回復]は体力を回復させるものです。傷が治るのは[治癒]ですね。癒術師や勇者様が覚えると聞きました。」
賦活師は成長すれば腕力を高めたり、動きが俊敏になる技能を覚えるらしい。バファー的な職だろうと理解した。
「明日からご主人様の成長のために魔物と戦うことになります。私や兵士の方がお守りするので、危険は少ないと思います。」
「お任せください」と両手を胸の前でグッと握って気炎を吐くメイドは、有り体に言ってかわいい。またひとつ世界の真理に触れてしまった。
「そういや天職が覚えるのが技能なら魔法はなんだ?」
「天職とは別に適性があれば習得できて、色々なことができるとか……魔素を利用するらしいですが、詳しいことは私にも分かりません。申し訳ありません。」
「いや、いい。それで俺にも魔法が使えるか?」
「ええっとその……申し訳ありません。ご主人様は素体の関係で、魔法を扱う適性がほとんどないそうです。」
「あ……そうなの……まあ君のせいじゃない。なんで使え……いやいい。」
大体予算の問題だろうという予想は、後にローブ男に尋ねたら合っていたのだった。魔法への期待の肩透かしは地味に効いたが、この世界の魔法は地球のゲームやアニメなどのような派手な攻撃手段として用いるには効率が悪く、技能が優秀過ぎるのもあって実用段階にないのが救いだ。魔道具に落とし込むための基礎的な理論研究や、使えると生活に便利な類のものがこの世界の一般的な「魔法」である。
肩を落としているとノックの音がした。食事が運ばれてきたらしい。
この世界の食事は悪くなかった。パンらしきものにスープという簡素なものだが、何かの出汁が効いたスープの旨さでパンが進んで腹は膨れる。ここは王城の敷地内らしいから、スープだけでもそれなりのグレードのものなのだろうかと、同じように食事を済ませたネルフィアに尋ねると
「私にはここの食事はすごくいいものだと思いますが、多分それは、私がもっと粗末なものしか食べてこなかったからだと思います。」
とのことである。借金で奴隷になったんでしたね、そう言えば。中学生じみた貧相ボディも、栄養状態が悪いせいだったのだろうと思うとノアの涙を誘った。まあ今からそれに手を出そうというのだが。
「こっちに来てくれるか。」
「……はい。」
食事を片付けて戻ってきたネルフィアをベッドに腰掛けて呼び寄せる。明らかな『緊張』と、確かな『覚悟』が伝わってきた。隣に座らせた彼女の肩を抱き寄せると、わずかな震え。
「確かなことは言えないけど……なるべく君を幸せにするから。」
今までの話が事実であれば、彼女とは恐らく生涯一緒に居ることになるだろう。こうなるのも遅かれ早かれである。ならば覚悟を決めた彼女を待たせるのは、むしろ失礼というものだろう。
ネルフィアの顎を持ち上げると彼女は眼を閉じた。ノアの方も覚悟を決めて唇を合わせ、まずは数秒で離れる。嫌がってないことは能力で分かるので、続いては舌を唇の間へと伸ばす。
「ん……んっ……。」
おずおずとネルフィアの方も舌で迎えてくれて、ぎこちなく絡め合う。もっと練習が必要だろうことが妙に嬉しい。ネルフィアも『恥じらって』はいるが、舌同士の感触そのものは『割と好きかも』と思ってくれたようだ。
「この世界ではどんな風にするのか、教えてくれるか?」
「は、はい……私なんかでよければ……どうぞ。」
『ほんとに、しちゃうんだ……。』という期待と不安のないまぜになった想いに応えたくはあるが、このメイド服らしき衣装の脱がし方が分からなかったので、それとなく彼女に自分から脱ぐように促して誤魔化す。ノアの方は簡素なシャツとズボンだけなので迷う必要もなかったが、明かりを消すかどうかは迷うのだった。