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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
1 勇者死す。(推定)
19/115

1-19 潤いや悦びに充実する日々

 魂を込めんと誇りを伴いながら、槌は金属へと振り下ろされる。甲高い音が途切れることなく、どこかしらか響き渡っていた。自然と大声でがなり立てる者が多くなり、人の数以上の喧騒に包まれるのが鍛冶通りの常だ。王都で最も賑わうのが歓楽街であるならば、最も騒がしいのはこの通りであろう。


「ちょうど手が空いてたから構わんよ。」


ウサギの角槍製作依頼はあっさり通った。暇そうなところを見つけて、実際ちょっと『暇』に思ってる鍛冶屋に頼んだので必然ではあったが。

隣の鉱人族がやってるところに頼んでもよかったが、忙しそうだったので敬遠。隣は如何にも職人という感じで、宣伝に力を入れるようなタイプにも見えないし、仕事が多いのはそれだけ腕があるということなのだろうから、ここがイマイチ流行らない理由が何となく察せてしまった。主人が鍛冶屋にしてはちょっと線の細い中年男、というのもあるのかもしれないが、少なくとも並んでる武具の数々を見るに、ここが取り立てて腕が悪いというわけではないはずだ。


「柄はどうするね。こっちで用意してもいいが、その分は頂くがね。」

「ならこの棍は使えるか?」


親指で後ろに控えていたネルフィアの得物を指す。まずは見てみたいとのことなので、ネルフィアに棍を渡すよう促した。


「ふむ……硬くて靭やかで悪くない木だね。太さも十分あるし、これなら問題ないね。」

「どれぐらいでできる?」

「四半刻ってところかね。」

「分かった、後で取りに来る。」


中年鍛冶屋に金を払って素材を預ける。一刻が二時間だから、三十分というところか。風呂に入って来るにはちょうどいいだろうと、近場の公衆浴場へ足を向ける。


「親父さんの棍、まだ使えるようで良かったな。」

「お気遣いいただき、ありがとうございます。」


以前に槍を使わないか勧めた際、実はネルフィアには珍しくちょっとした『拒否感』があった。父親手製の棍をまだ使いたかったのだろう。棍を槍の柄として使い続けさせる判断が、好感度アップに繋がっていることからもまず間違いない。

こういうことを純粋に相手を思い遣って行えるのが主人公なのだろうが、好感度稼ぎが先に立ってしまう辺り、自分はそんな器じゃないんだろうな、とノアは思う。善人というだけで、何もかも上手くいくなら苦労はないとも思うし、生き方を変えるつもりもないが。


「まあ柄の分、安く上がったしな。」


素直に『感謝』をぶつけられるのがどことなく(くすぐ)ったくて、思わず何かに言い訳してしまった。

風呂までの道中、蜜菓子の屋台の前を通りかかった際、ネルフィアの強い『食欲』を探知したが敢えてスルー。夕食が入らなくなるだろ、などというオカンめいた理由ではなく、何でも汲み取ってしまうのも探心が露見しそうだからだ。ここは心を鬼にしなければならない。

風呂から上がり、鍛冶屋に戻る際も揺らぐ心なし。固い決意を持って屋台を通り過ぎた。蜜菓子を買うのは明日狩りに出る前、という断固とした決意である。


「毎度ご贔屓(ひいき)に。」


社交辞令のはずの中年鍛冶屋の言葉には、微妙な『本気』さが混じっていた。腕は悪くないはずなのだが。

実際、この角槍の出来はちょっとしたものだ。穂先の角を削って目釘でしっかり固定できるようにしており、刺突しか出来ない槍であることを考慮して、刺すにも引き抜くにも邪魔にならないよう、滑らかな仕上げになっている。角槍は冒険者が自分で作ることも結構あるらしいが、素人にはこの仕事は無理だろう。プロに任せて正解である。

ネルフィアも満足げではあるものの、恋人繋ぎしてる時に『これで盗賊も刺し殺せる』とか秘かに殺意を(みなぎ)らせないで欲しい。注意もできないのが困りものであった。




 夕食に追加の肉と酒を一杯だけ注文し、フロントの夜番担当である親父に宿泊延長の旨を告げ、あらためてネルフィアの成長振りを確認できた。

女子高生もいいがやはりメイドはいい。以前は大きめだったメイド服が、今ではちょっとキツくてピチっとしてるのがまたいいのだ。ネルフィアからはすっかり『好色』な主人という評価を受けてしまっているノアだが、当人も今更隠すつもりもないので、その辺は諦めてもらうしかないのだった。

ネルフィアを地味な服に着替えさせ革鎧を着込み、翌日もウサギ狩りに出た。トカゲ狩りの方が稼げるだろうが、冷たい泥に塗れねばならないと思うと腰が引ける。鋼の剣というひとまずの目標はあるにせよ、別段急ぐ必要もない。ウサギ狩りでも目標達成まではあと二、三日もあればいけるだろうし、王都の徒歩圏内にはウサギやトカゲ以上に稼げる魔物がそういないというのもある。

それなりの数がいるはずの召喚勇者を、あのスーザー以来王都で見かけることがないのも、一月もあればもっと稼げる場所に移るからだろう。

それから三日が経ったが、ノアは鋼の剣を手にしてはいなかった。原因は銅の盾が破損したことにある。装備の向上と成長により、ウサギ狩りの効率は日を追う毎に上がっていたが、気が付けば盾を酷使し過ぎていたのだ。ガタが来ていたところに、角の一突きをまともに受けてしまったのがまずかった。負傷はしなかったものの盾には結構な穴が空いてしまい、その日はかなり早めに狩りを切り上げざるを得なくなる。

あらためて魔物の恐ろしさを実感すると共に、盾を更新することに決めた。どうせなら良い物を選ぶべきというネルフィアの意見を容れて、鉄の盾より上の鋼の盾を購入。縦に長いホームベースのような形に、鍛え上げられた黒い鋼の塊はずっしりとしていて硬く、安心感がある。敵の攻撃に合わせて盾を振るうスタイルのノアにとっても、頼もしい重量感である。

持ち手の他に、腕に括り付けるためのベルトが二本あるのも嬉しい。不満点のようなものがあるとすれば、ベルトの留め具がまさかの面ファスナー式であったことだろうか。


「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない。支払いは任せろ。」


面ファスナーを開ける時のバリバリ音に何とも言えない気分になりつつ、鋼の剣よりやや安い代金を払う。

銅の盾はそれなりに重いし、予備として使うにも破損が酷いので処分した。役には立ったが、そこまで思い入れるものでもない。

更に頭部への致命傷を避けるために鉄兜なんかを視野に入れたが、手持ちも足りないしネルフィアには重いようだった。代わりに薄い鉄板の入った鉢金を、革の帽子の下に巻くことにした。二人分揃えると懐がかなり寂しくなったが、命を先買いしたと思うことにする。

目標はそれなりに遠のいたと言えるが、現状の攻撃面に不足はない。角槍の攻撃力は中々のもので、それは盾と引き換えに十分実感したばかりである。ウサギ一匹ならネルフィアでも仕留めるのが難しくはなくなり、そうでなくても引き続きノアが他を仕留めるまで持たせるだけでもいい。

ノアの方は一度にウサギ二匹を安定して狩れるようになっていた。攻撃を任意の方向に弾いて誘導したり、時には[魔撃]で牽制したりなど、一匹をもう一匹の盾にするよう立ち回ることで、多数の敵から一対一を保って戦場をコントロールする方法を覚えつつあったのである。

後は手早く一匹ずつ仕留めればよく、ウサギ三匹のグループは十分に狙い目になっていた。時には二匹から同時に攻撃を受ける位置取りになったり、ネルフィアに二匹を背負わせてしまったりなどの失敗を挟みもしたが、装備の更新とそれぞれ一度ずつの成長を重ねたことで、特に重傷を負ったりせずに日々を過ごせた。

何日か狩りをしたら休みを挟むことも忘れない。潤いは重要だ。従順な奴隷に報いる意味でも潤わせては悦ばせ、自分も潤いと悦びを得るこの頃の王都での日々は、コンビニ店員であった頃より遥かに充実していると言えた。

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