1-18 本質は防御力の高さ
順調にウサギを数匹仕留めるとノアが成長した。以前の成長からトカゲをかなり狩っていたし、そろそろだなとは思っていたので驚きは少ない。それでも身体能力の向上は単純に嬉しいし、これでウサギ狩りの効率も更に上がるだろう。
「そう思っていた時期が、俺にもありました。」
確かに戦闘そのものは楽にはなったのだが、他の部隊がいたためにトカゲほど狩り放題とはいかなかったのである。
[治癒]を自由に使えない他の部隊からすれば、ウサギは戦力的にかなり余裕を持って対処できる魔物であり、同時にノアたちよりも上ということでもある。獲物の横取りなどで下手に揉めても、いい結果にはならないだろう。他の部隊に気を遣いつつ、それでもそれなりの数を狩ることで、昼頃にはネルフィアも成長を果たした。
「やりました、新しい技能を覚えました!」
「でかした! よ~しよしよしよしよし……。」
興奮気味のネルフィアに合わせ、テンションを上げて褒める。ついでにハグして撫でさすっておく。キスまでいってしまおうかと思ったが、お外なので自重しよう。ちょうどいいので弁当を広げて昼休憩に入ることにした。
「それでどんな技能なんだ?」
「[堅固]です。使うとしばらくの間、敵の攻撃に耐える力が強くなります。」
「ほう、使えそうだな。試しに俺にかけてみてくれるか。」
「はい、[堅固]。」
受けてみると、身が引き締まるような力強さが宿った気がする。しかしそれは武器を振るための筋力ではない。あくまで防御バフということなのだろう。
ネルフィアに殴らせて防御効果を試してみようかともちょっと思ったが、何かに目覚めても困るので思い直した。目覚めてしまうのが果たしてどちらなのかについては、読者の想像に委ねざるを得ない。閑話休題。
[堅固]の効果は一時間ほど持続するらしい。精神力に余裕があれば戦闘前に使っておきたいところである。賦活師は精神力の伸びが良いので、ますます便利になるはずだ。
ここで一般的な天職の「士」と「師」の違いについて説明しておこう。
前者の士職は戦士に代表され、身体能力の伸びが良く直接戦闘向けであり、生命力に優れる。
後者の師職は癒術師が典型的で、身体能力の伸びは悪いが技能が強力ないし専門的であり、精神力に優れるタイプだ。
そういった意味でも、どちらの区分でもない勇者は特別と言えるわけだが。
「左頼む!」
「はい!」
午後の狩りでは二匹のウサギを狙うことが増えた。[堅固]の効果が思ったより優れていたからだ。
[堅固]を使ってからはウサギの攻撃が劇的に軽くなり、使用前にウサギに噛みつかれた際はその鋭い前歯で出血もしたが、同じように噛まれても痣ができる程度で済んでいた。
またウサギは跳躍のタイミングを探心で読んでやり過ごせば、他の攻撃はただの角と噛みつき、それに前足の打撃とどれもそれほど怖くない。
「やっ! はぁっ!」
ウサギと一対一となったネルフィアは、棍の間合いを生かして立ち回った。多少なりとも体格が良くなったことで力強さが増し、致命傷になりそうな攻撃はきっちり回避する。
賦活師の身体能力の伸びは、師職では比較的高い方であり、また技能で自己を強化できることから、それなりに近接戦闘力の高い職として認知されているのだ。自身に[堅固]をかけたネルフィアが防御と牽制に徹すれば、ノアがもう一匹を倒すまでの間は余裕を持って対処できた。
或いは時間を掛ければ、ネルフィアだけでも倒せてしまうのかもしれないが、
「お待たせ、っとぉッ!」
そんな時間を掛ける機会はなかった。右のウサギを仕留めたノアの奇襲がもう一匹に突き刺さり、そのまま斬り裂くように剣を引き抜く二連撃でウサギは沈む。
[堅固]の効果でウサギの攻撃をいなすのが容易になってしまえば、仕留めるまでの時間も短縮される。防御で大きな隙を作って反撃というノアのスタイルにも、この新技能は非常に良くマッチしていたのである。
「で、張り切ると[回復]が欲しくなるわけか……悩ましいな。」
顎から垂れそうな汗を拭いながらひとりごちる。
調子に乗って狩りのペースを上げようとすると、獲物を求めて走り回る必要が出てくるので疲労は激しい。[回復]を使えばもっと走り回れるが、[堅固]に精神力を回せば[回復]の回数が限られるのは道理だ。
[堅固]のおかげで[治癒]の使用頻度が一気に減ったので、[堅固]を切って[治癒]を使うという手はあるが、痛い上に安全性を考えるとしたくない。
なので、余ったノアの精神力は[魔撃]として坂の上にウサギにぶつけ、ウサギの方から走って来てもらったりした。
「よし、今日はこんなもんか。ネルフィアも凄く役に立った。ありがとう。」
「はい、お役に立てて幸いです。」
技能はまだ何度か使える、といったところになって狩りを切り上げた。ネルフィアも貢献できたことに『非常に満足』しているようで何よりだ。
早めに切り上げただけ稼ぎは減るが、あまり余力がないのも考えものである。魔物は元より、同じ人間にも警戒せねばならない。
魔物を自分で狩るよりは、狩りの帰りで消耗している上に、石も素材も持っているであろう人間を襲う方が楽。そう考える人間は少なからずいる。
拠点への帰り道で待ち伏せるのは勿論、時には自分でも魔物狩りをしながら他の獲物を見定める者もいるだろう。科学捜査は大して発達していない上に魔物もいるのだから、犯行の痕跡を消すのはそう難しくない。被害者の口を封じてしまえば十分だろうと思えた。
盗賊は冒険者の中にも潜んでいる。狩場で冒険者がお互い距離を取るのはマナーであり、自衛のためでもあるのだ。
「一応、他の冒険者にも注意しておいてくれ。」
「はい、盗賊は必ず殺さなければなりませんからね。」
「お、おう。」
この世界で盗賊を返り討ちにするのは当然の考えらしいが、親を盗賊に殺されたネルフィアには『昏い情動』が揺らめいていた。奴隷にならなければバンディットスレイヤーにでもなっていたかもしれない。そして師職でしかない彼女が力及ばず無法者に敗れれば、一体どのような目に遭うことか。
そんな性癖などないはずなのにちょっと滾ってしまった。現代日本というある種の未来に生きていたノアの妄想力が、やたら逞しかったことを責められる者は恐らくいまい。
襲撃などはなく、無事王都に戻ればお楽しみの換金タイムだ。ついでにラビホーンの用途も聞いてみた。
「魔道具の材料だな。棒に付けて槍にしてる奴も結構いるよ。」
「なるほど、じゃあこれで。」
いいことを聞いたなと思いつつ、多数の毛玉と五本の角からひとつずつ残し、繁人族の男の係員に査定に出した。収納袋のサブソケットを埋めたので、石もひとつ少ない。
そして合計も思ったより少ない。トカゲの時に比べて半分ちょっとといったところだ。
取り除いた分を含めればもうちょい多いだろうが、まずとにかく毛玉の単価が安い。人気狩場産なだけあって買い叩かれるのだろう。
石もトカゲより単価が低い。これが泥塗れになって毒に耐える差なのか。まあ納得はする。
査定にゴネる冒険者はそれなりにいるものの、まずもって通らないのもあるが。ギルドを出る前に受付に足を向けた。
「こいつを槍に加工するならどこがいい?」
「それぐらいなら、鍛冶通りに行けばどの店でも受けてもらえるかと思います。」
「紹介状が必要なほどではないか。」
「ええ、それに装備の補修ぐらいは受けられるかと。」
「分かった、とりあえず行ってみよう。」
角をサラリマン風受付に見せて聞けば、それぐらいは問題ないらしい。鍛冶屋に武器や防具の製作───特に魔素で特殊な効果を持たせる素材を持ち込んでの依頼は、一見さんではまず受けてもらえない。それなりの信用というものが必要であり、それを担保するのが冒険者ランクだったりするのだが、ランクがない勇者であってもその辺は特別扱いされないようだ。
ネルフィアに角の槍を持たせて戦力アップを狙うため、鍛冶通りに足を向けることにした。




