1-17 偽女子高生とモフモフ
魔法は伝えられるならそれなりに広まっているのかと思ったが、そうでもないらしい。ネルフィアは避妊や消臭を使えるようになったが、誰かに伝えるのは無理なのだそうだ。
「本物の魔法使いになるには、ちゃんと勉強しないと駄目だそうです。」
「コピーのコピーは無理ってことか。」
コピー元になるには、睨みを利かせているらしい魔術師ギルドとやらにでも入る必要があるのだろう。
消臭魔法を買ってからは、ネルフィアが以前言っていた蜜菓子を買い食いして好感度を稼いだり、日が傾いた頃に公衆浴場で汗を流したりした。収納袋なら持ったまま入るのも楽だったので、どちらかが荷物番をする必要もなく同時に入り、待ち合わせて大体同時に上がってくる。
「うおお……! すっごい似合ってる。」
「あ、ありがとうございます。」
風呂上がりのネルフィアは女子高生だった。正確には、服屋でプリーツスカートっぽいものを見つけたので、ボタンダウンシャツに胸元を飾る大きめのリボンを揃えてみたところ、かなり制服女子高生っぽさを出すことに成功したのである。茶髪を髪留めでポニーテールにしたうなじも眩しい。
消臭魔法があるからと、宿に戻ってからネルフィアを即押し倒さなかったのは、ある種の偉業として讃えられるべきなのではないか。
鋼の自制心で食事を済ませ歯を磨き、最後に装備の手入れをすることになった。明日からはまた魔物狩りだ。何かと物入りで所持金がほぼ半減したので、稼ぎに行かないという選択肢はない。ネルフィアが椅子に座って針と糸で服などを補修し、ノアはベッドに腰掛け、磨き砂布でひたすら銅の剣を研いでいた。
(どう立ち回ったもんかな。)
単純作業は考え事をするにはちょうどいい。思うのは魔物との戦い方である。
自分の強みは勇者の力と探心だろうとノアは思う。だが現状、それらを活かし切れてはいない。今はスペックを振り回しているだけだ。勇者の力は戦闘経験不足だから仕方ないとしても、探心絡みの方はもうちょっと工夫しようがある気はする。
攻撃のタイミングを読めはするが、回避と攻撃を同時に行う───いわゆるカウンターを合わせられるような腕はない。狙っても回避だけで攻撃がまともに当たらないか、相討ちになるのがせいぜいだ。[治癒]があるのだから、即死さえしなければ相討ち上等も短期的にはありだろうが、何せゲームじゃないんだから痛い。精神力も限りがあるため、なるべく負傷を避けるのは当然である。
どうしたものかと思っている間に、銅の剣の研ぎが終わってしまった。剣を鞘に収め、銅の盾の具合でも見るかと収納袋に手を伸ばす。袋がやや離れた場所にあったので、横着して立ち上がらずにベッドに寝転がる形になって、ようやく手が届いた。
(盾……待てよ、これなら……!)
閃き。一気に立ち回りの考えがまとまる。後は明日の狩りで実践してみるしかないだろう。早く試してみたい、と戦いに胸が躍る程度には、この世界に馴染んだ気がする。
「繕い物が終わりました、ご主人様。」
魔物との戦いの前に、まず今夜の戦いを生き抜かねばなるまい。物理的に胸が躍る戦いを。
翌日、ホーンラビの発生地にノアたちの姿があった。
この丘陵地帯は距離的には沼よりも遠いが、消臭のおかげで余計な戦闘を避けられたので、時間はまだ朝方だ。ちらほらと他の冒険者の姿もある。人間大角ウサギであるホーンラビの脅威度はトカゲと同じ三だが、トカゲに人気がない分、ウサギの方が人気なのだろう。
脅威度とは、冒険者ギルドが魔物ごとに設定した強さの指標であり、基本的に数字が大きいほど強い。ゴブリンなどのように集団で行動する魔物の脅威度が、単体の強さに比して高く設定されたりもするが、概ね「脅威度=強さ」という認識で間違いない。ちなみにスライムが脅威度一、ノットドッグが二、ゴブリンが四、一般的なドラゴンが三十である。
「まずは見学といこう。」
百メートルほど離れた場所で、四人組の部隊がホーンラビと戦闘を始めた。獲物は減ってしまうが、実際に戦ってるところを見れるのは利点だ。
「かなり速いな……あの質量であんだけ跳べんのかよ。」
助走を付けての跳躍がホーンラビ最大の攻撃である。遠目にもホーンラビの跳躍距離と速度はかなりのもので、人間大の質量が飛び掛かってくるだけでも結構な威力があるだろう。しかも奴には鋭い角がある。急所を一突きされて死ぬ新人は後を絶たない。トカゲもそうだが、これが下から数えた方が早い脅威度三だというのだから厳しい話だ。
見ていた部隊は一人が大盾で突進を受け止め、残り三人がそれぞれの獲物でタコ殴りにするという方法で仕留めていた。身体が大きい分の生命力はあるが、柔らかいので跳躍さえどうにかできれば、といったところか。
「まあやってみるしかないんだけどな。」
おあつらえ向きにこちらに背中を向け、一匹で草を食んでいるウサギに小走りで近付く。金属製の鎧に比べて移動音が小さいのが革装備の利点だ。それでも二十メートルほどまで近付くとウサギに気付かれた。素早くこちらに向き直り走り寄ってくる。残り七、八メートルほどの距離でその『攻撃性』が膨れ上がった。
「来るぞ!」
「はい!」
ネルフィアは事前に指示されていた通り、ノアの斜め後ろから背後に回る。敵からの標的をノアだけに絞るためだ。狙い通りにウサギはノアに向けて跳躍してきた。
「ふんッ!」
跳躍に対し、横合いから盾を叩きつけるように防ぐ。今までのように構えて防ぐだけでも止められはしただろうが、勢いに圧され反撃に転ずるのは難しくなる。そこで敵の攻撃を払うように防ぐことで、敵の身体を泳がせることを狙ったのだ。
昨晩ベッドに寝転がって手を伸ばした時に浮かんだ「魔物が寝転がってくれたら楽に倒せるんだけどなあ」という考えから、寝転がらせることはできなくとも、それに近い形に持っていけないかという思い付きがベースだ。城で兵士から受けた、斜めに弾く教えもヒントになった。熟練すれば剣でもできそうだが、未熟な今それなりに形になったのは、盾の面積の広さがあってこそだろう。
これが昨晩思いついた「防いでから素早く反撃するのが難しいなら、敵に大きな隙を生み出すよう受け流すことで、こちらの反撃を容易にする」という立ち回りである。
「ぬりゃッ! っと浅い!」
反撃に転じるも間合いが遠く、掠める程度の当たりになった。逸らしたとはいえ跳躍の勢いは強く、勢いのままに間合いが離れてしまったのだ。だが戦法としての手応えはある。叩かれ斬りつけられて『闘争心』を燃え上がらせたウサギは、前足を振り上げて襲いかかってくる。だがそれも跳躍に比べればずっと遅い。タイミングが分かっていれば対処は容易だった。より完璧に攻撃を逸らされ隙を晒したウサギに、斬撃がクリーンヒット。黒い霧のような魔素がその身体から吹き出す。血も脂もない魔物が深手を負った証である。
「やあッ!」
続けてネルフィアの突きが顔面に入る。大したダメージではないが、目の辺りを狙うようにしたのでウサギの注意が引きつけられた。自分への『注目』の減少を感じ取ったノアは、その隙を逃さず更に追撃する。
「おおりゃあ!」
「─────ッ!!」
斬撃が決まり、鳴き声にならない断末魔の叫びとともにウサギが倒れ、やがて消え去った。お馴染みの結晶の他に、もこもこした毛玉が残っている。
「よし、いい感じだな。素材も出たし。」
「よく出る方のラビヘアーですね。」
ホーンラビの素材は二種類あり、ラビヘアーは二匹倒せばひとつは出る。衣類などによく使われており、ノアが最初に着ていた服もそうだったらしい。よく出ない方はラビホーンであの額の角だ。とはいえ十匹倒せばひとつは出るらしいので、そこまで極端でもない。そっちの使い道はネルフィアも知らなかった。
「この調子でどんどん行こう……それにしても手触りいいなこれ。」
「ほんとですね。」
思わず二人で一分ほど毛玉をモフる。ひとつぐらい売らずに取っておこうか、と思うぐらいにはいい感触であった。




