1-16 魔法屋はデートスポットに入りますか?
その後も色々回って歯ブラシや木のコップなどの雑貨を購入し、昼時になった。
弾ける油裂音に誘われて、昼飯は揚げ物の屋台にする。唐揚げほど手が込んでいるわけではないようだが、十分に美味い。芋みたいな根野菜や、肉の揚げ物はこの世界でも定番のようだ。
「ふぅ、大体必要なものは揃ったと思うが、午後はどうするかな。なんかある?」
「特には……ご主人様のされたいようにすればいいと思います。」
「ふむ、じゃあ王都を適当にブラつくのも悪くないか。」
広場の噴水の縁に腰掛け、二人で果実水を飲みながら午後の方針を適当に決める。果実水は道端で売っていたもので、自前のコップが早速役立ってほんの少し安く買えた。冷えてはいないが中々爽やかな味わいである。噴水の水を飲んでる奴も結構いたが、いきなり願いが叶ったりするわけでなし、小銭で安全な水が飲めるなら安いものだろう。
「あの水を出してたのは魔道具か?」
「そうだと思います。」
「意外にコンパクトなんだな。」
果実水売りはコップに色の付いた液体を注ぎ、それから蛇口の付いた小型の箱みたいなものから透明な液体を足していた。色付きが何かの果汁だとすると、透明な方は水だろう。
あのぐらいのサイズなら収納袋にも入りそうだし、あれば出先で飲み水の調達には困らなくなる。水がちょろちょろとしか出なかったのは、小型で携帯性が高い分だけ、時間当たりの生産水量がトレードオフされているのだと思われる。値段はピンキリだが、最低でも収納袋ぐらいはするらしい。心のその内買いたいものリストに、水を出す魔道具を追加しておく。ひとつ前に記されていたブラより優先すべきかは迷うところだ。
噴水前で寛ぎ、こうも休日めいた気分になってしまうと、午後から狩りに行こうとも思えない。それに移動にかかる時間を考えると、どうせ行くなら朝から一日中狩りをして稼ぎたい、と思うのが人情であった。
せっかくだからネルフィアと手を繋いで歩く。色々入った収納袋は力の強さを理由にノアが持ち、恋人のように指と指を絡める。ちょっとしたデート気分だ。
「ひとつ好きなの選んでいいぞ。」
細工物を並べている物売りがいたので、髪留めを買うことにしてネルフィアに選ばせる。伸びた髪の扱いにも少々『困って』いたので、プレゼントついでだ。
髪留めは十もないはずだが、時間を掛けて真剣に選んでいた。異世界でも女の買い物は長い傾向にあるようだ。だが他の世界ではどうか。美醜感覚が逆転したあのスーザーとかいう勇者がいたように、地球やこの世界での男女のらしさが逆転した世界もあるのではないか。などとどうでもいいことを考えてしまう程度には長かった。
ついでにあったハサミと手鏡も購入。ハサミの切れ味はちょっと鈍そうだが、磨き砂を使えばいいだろう。視界を妨げない程度には前髪をカットする必要はある。
「ありがとうございます、ご主人様。」
選ばれた真鍮製と思われる髪留めは、何かの葉をモチーフにしたもので、ネルフィアは心から礼を言いながら頭を下げてきた。好感度もバッチリ稼げたようで、いい買い物であったと言える。
物売りからは『奇特』に見られていたようだが。奴隷にこういったものを買う主人は珍しいのだろうか。
デート気分を続行。恋人繋ぎはネルフィアもそれなりに『好意的』なので、そう間違ってもいないとは思える。
貴族の邸宅が立ち並ぶ高所得層と、スラム的な低所得層の区画を除けば、王都の賑わいは途切れることがない。
そんな中、物売りの間で壁にもたれかかる一人の女性が目に入った。二枚の板を支え合わせるようにした立て札を出しており、娼婦という体でもないようだが。
「あれは何を売ってるんだ? 物はないようだが。」
「魔法屋さんみたいですね。簡単な魔法を伝えてくれるところです。」
「伝える? 習うんじゃなくて?」
「魔法を使う時、その感覚を他の人に伝えることができて、それで覚えるのを早められるんです。」
通常、魔法を習得するにはその動作理論や構築式などを理解しておく必要があるが、他者の使用感をなぞることでそれこそ感覚的に習得を進められるらしい。ネルフィアも避妊魔法をそのようにして覚えたとのことだ。
「一からやるよりは手っ取り早く魔法を覚えられるわけか。それにしちゃ繁盛してないな。」
「繁盛してなくて悪かったねえ。」
『暇』をしていた耳聡い魔法屋の女が話しかけてきた。このまま立ち去るのも気まずいので、こちらの余暇にも付き合ってもらおうと話を聞いてみる。
「感覚伝達習得法は本人の使用感が肝だからねえ。うまくいかないことも多いんだよ。特に異性とかだとね。」
魔法屋では覚えたい魔法を実際に使って感覚を伝えるのだが、客が習得できるかに関わらず金を取るシステムだ。確実性のなさが人気のなさに直結しているのも頷ける。おまけに一回の料金も宿に数泊できる程度はした。
「あんまり安売りすると魔術師ギルドに睨まれちまうからねえ。なあに、一回で覚えられりゃ安いもんさ。」
「どうする? なんか覚えてみたい魔法あるか?」
「そうですね……ご主人様にお許しいただけるなら、幾つかは。」
元より召喚勇者は魔法には無縁だが、ネルフィアはそうではない。立て札はメニューで、魔法とその値段が書かれているようだ。
「どんな魔法があるんだ?」
「種火とか水滴とか基本的なもんばっかだよ。高度になるほど伝達も難しくなるしね。」
「ちなみにオススメは?」
「そうさねえ……あんたら冒険者だろ? 水滴はいざという時の飲み水になるし、消臭なら鼻の利く魔物を避けたりとかできるねえ。」
腰に剣を佩いてたら冒険者だと思われるのもやむなしか。実際似たようなものではあるが。『悪意』は感じないので素直にオススメに乗ることにした。一度試すぐらいはいいだろう。
「水滴と消臭ならどっちがいい?」
「ご主人様がお決めになった方でいいと思います。」
「じゃあ消臭でいいか。水は買ったり魔道具でどうにかできそうだし。」
『消臭があれば部屋の匂いを消せたのに』とネルフィアが思っていたのが、実は決め手だったりする。恋人繋ぎを解除して料金を払うと、魔法屋とネルフィアが掌を合わせた。
「対象はあんたでいいね。じゃあいくよ、<デオドライズ>。」
ノアを対象に消臭魔法が放たれる。緑の霧のようなものに包まれたかと思うとすぐ消え去った。匂いも確かに消えたようである。
「感覚は伝わったね? やってみな。」
「はい、<デオドライズ>……ん、出ません。申し訳ありません。」
ネルフィアは同じように呪文を唱えたが不発のようだ。
「魔素の動きは惜しい感じだったから、もう一回ぐらいでモノにできそうな気はするけどねえ。」
掌を合わせたままの魔法屋が言う。金を絞るための方便、というわけでもないようだ。もう一回分の料金を払い、同じように消臭魔法を使ってもらう。そしてプレッシャーのためか『緊張』するネルフィアの番だ。
「<デオドライズ>……あっ、できました!」
「二回で覚えるなら上出来だね。」
今度は成功した。ネルフィアは自身を対象にしたのでその体臭が消えている。流石に一生このままということもないだろうが、効果時間を聞くと数時間程度とのこと。完全に体臭がないままでは、人生の楽しみが恐らく半減したと思うので一安心である。
「二度もの機会、ありがとうございます。」
「まあノットドッグとかウザいしな。狩りの時とかは頼むよ。」
トカゲ狩りの帰りにもノットドッグが寄ってきたので面倒だった。犬ではない癖に鼻は利くのだから困りものだ。
「いい娘だね、大事にしてやんなよ。」
魔法屋の声を背に受けながら、また恋人繋ぎで通りを歩き出す。次は何を見ようか。




