1-14 奴隷ヒロインの消失
「食事はもうお済みで? うちは朝夕食事付きか、素泊まりか選べますんで。」
やけに低姿勢になった親父のことはいいとして、今日の分は素泊まりにして、二日分は食事付きで払うことにした。
「うちは防音もしっかりしてますんでご安心を。」
部屋に案内される途中、ネルフィアを見ながら下品な笑顔を浮かべられてしまった。本人はこれで『謙ってる』つもりなので、責める気にもなれない。
階段を登って案内された部屋は二階の一室。親父が鍵を開け、中に入って一通りチェックして出てくる。来る時に持っていた陶製の水差しと鍵は、腰の高さにある壁棚に置かれていた。トイレの場所、水が欲しい時はセルフサービスで一階まで汲みに、宿を出る時はフロントに鍵を預けるなどの諸注意を受ける。
「ではごゆるりと。」
あらためて部屋を見渡す。いや、見渡すというほど広くはない。一人用ベッドの端から二歩も歩かぬ内に壁にぶつかる狭さは、まさに荷物を置いて寝るだけのシングルルームだ。壁にはハンガーらしきものと、それを引っ掛ける突起が幾つかある。入り口から逆側の小さな窓を開けてみると、街灯の上から通りが見えた。どうやらここは角部屋らしい。やることもないのでベッドに腰掛ける。ここでもスプリングが効いていた。親父が寝心地を自慢しなかった辺り、割と当たり前の技術なのだろうか。
「ネルフィア。」
「はい……んっ……。」
二人では確かに手狭な部屋だったが、体躯の小ささを活かしてすり抜けるように部屋の隅に荷物を下ろしたメイドを呼びつけ、唇を奪う。座っていると身長差がちょうどいいなと思いながら舌を絡めた。『お肉の味残ってる』という思考を感じ取ったが、お互い様だと割り切って十数秒ほど楽しんだ。
「ん……まとまった金が入ったし、明日は色々と買い物をするか。」
「はい。」
「収納袋とか靴を買って、それから身の回りのものを増やすか。着替えももうちょっと欲しいし。」
歯ブラシみたいなものや歯磨き粉は普通にあるが、まだ手持ちにはない。肉の味キスも悪くはないが、虫歯になってもつまらんだろう。部位欠損を再生できるという[治癒]の上位技能を覚えれば、抜歯して再生で無理矢理治せそうな気もするが。
「他にすることはあるか?」
「ええと……とりあえず洗濯した服を干していいでしょうか? 絞っただけですので。」
許可を出すとハンガーに洗った服がかけられていく。部屋干しになってしまうのは仕方ない。手持ち無沙汰になったので水でも飲むかと思ったがコップがなかった。それも明日買うことを決めながら、水差しの口には直接付けないように浮かして飲んだら、ちょっと服にこぼれてしまう。小さな失敗にめげず、とりあえず部屋の鍵を掛けておく。これで邪魔は入るまい。あらためてベッドに腰掛け、部屋干しを終えたネルフィアを抱き寄せると提案された。
「ベッドは狭いですし、私は床で寝た方がよろしいでしょうか?」
「え? まあ一緒に寝てくれていいよ。」
正直その発想はなかったが、上下差をハッキリさせるため、扱いに差を付けるのは別に珍しい話でもないらしい。今更ながら、彼女は奴隷なのだということを実感する。
「それじゃあそろそろ……。」
「はい……お情けをいただきます。」
明日からはその気になれば寝坊することもできる、という解放感があった。しかし、夜更かししようにもテレビもネットもないこの世界の夜に、無聊を慰める方法などひとつしかないだろう。今夜はじっくりとこの奴隷を味わい尽くす所存である。再び舌同士を絡めながら、ゆっくりと小さな身体を押し倒した。
「ぅん……ん?」
習慣づいたのか朝には普通に目が覚めた。時計はないが多分七時ぐらいだろうか、と思いながらネルフィアを抱き寄せようとすると、妙な柔らかさを感じる。少女と言っていい身体は十分に柔軟なものであったが、ここまでではなかったはずである。
「え? 誰?」
奇妙に思い毛布をめくると、明らかに前日にはなかったものがそこにあった。ネルフィアであると一瞬認識できなかったほど、女性のふくよかな象徴が存在したからだ。驚いてる間にネルフィアも目覚める。
「んん……あ、おはようございますご主人様。」
「ああ、なんていうか……大丈夫か? それは?」
「はい? ……あっ!」
寝てる間に強張った身体を伸ばすところを見られ、ちょっと慌てて挨拶したネルフィアも、言われて胸部に新たなウェイトが存在することに、ようやく気付いたようだ。
成長を経て、身体の伸長が遅れてやってくることは珍しいがままあるらしい。この現象が「成長」と名付けられた理由のひとつでもある。
ノアに比べ頭ひとつ半分低かった身長はひとつ分にまで伸び、起伏の少なかった胸元にはしっかりとした実りがある。背は元からそれほど伸びないのだろうが、胸部の成長限界にはかなりの余裕があったようで、ノアの手にしっくり収まるサイズにまでなっていた。ついでに髪までセミロング程度にまで伸びている。もはや中学生とは言えまい。完全に女子高生級の恵体である。
「とりあえず、急激な成長で身体に何か不具合がないか、確かめておく必要はあるな……。」
「……ひゃっ、あ……。」
寝坊はしてもいい。つまり朝からネルフィアの身体をあらためてチェックする時間は十分にある、ということである。
顔立ちはそれなりでも女性的特徴に乏しい身体であることが、ネルフィアの婚期が遅れた理由のひとつであった。嫁に欲しがる男は多かったものの、求められるのはまず賦活師としての能力が第一であり、女性として魅力的と思ってアプローチしてくる男は少なかったのだという。穴があればそれでいい、という態度があからさまな男までいたそうである。
というようなことを会話を交えてノアは聞き出す。探心のことを話さない以上、あまりそれだけで相手を知ったつもりになるのは危険だろう、という判断だ。
「ご主人様にますます可愛がっていただけて幸せです。」
「お……そうかそうか。」
何よりネルフィア自身、以前の身体にはコンプレックスがあった。その解消はネルフィアを『喜び』で満たし、更に主人から強く求められることで女としての『自信』と『幸福』に湧き立っている。
ノアも以前からネルフィアが『卑屈』を抱えていたことは分かっていたが、ネルフィアを求め続けることで時間が解決するだろうとも考えていた。だがもっと言葉をかけるべきだったのだろう。こちらが分かっているだけでは意味がないこともある、という教訓を得られたのは大きい。
「ありがとう、すごくよかった。前もよかったけど、今のネルフィアはもっといいな。俺は好きだよ、だから……これからもよろしく頼む。」
「はいっ、お任せください。」
差し当たって今の感謝を言葉にすると、ますますネルフィアの『喜び』が大きくなる。以前もよかったことを伝えたのは正解だろう。身体が女らしくなって掌を返した、みたいに思われるのを防げた。
主人を受け入れるしかない奴隷に愛を囁くのは、滑稽ではあるのかもしれない。だが感謝と好意を素直に伝えるのは、これからの関係を築いていく上でいい方向に働くはずだ。少なくとも、主人と奴隷の関係に甘えるだけよりはずっといいだろう。
思えばこの時だったのかもしれない。ネルフィアに主人への本当の『愛情』が生まれたのは。
それにしても成長はトリガーとしても、身体が育った要因は何か。まさかたかだが一食分の豚肉だけとも思えないし、或いは男を知ったせいか。もうこれで終わってもいい、だからありったけを的な感じで強制的に成長したわけではあるまいし、どちらかと言えば昨晩ありったけを搾り出したのはノアの方である。
もうあの小さいメイドはいないのだと思うと若干寂しくはあったが、ありったけのことはしたので悔いはない。
ともあれ、以前の成長は約八年前だし、その間に積み重なったものもあるだろうが、なら普通に背が伸びていてもいいはずだ。更なる成長に期待し、とりあえず肉をちゃんと食べさせてあげよう、と思うノアであった。無論、男の方で手を抜くつもりは毛頭ない。




