3-7 修行回 爆裂旅情編
ブリズタリア剣盾流とシドウミョウイン流剣盾術に明確な差があるとすれば、それは盾を攻撃手段として用いる頻度であろうか。
前者は防御の要として盾は滅多に動かさず、敵手の攻撃を受け切り反撃の刃を叩き込むのが基本の戦型らしい。対して後者は臨機応変に盾を振るい、さながら打撃武器のように殴りつけることで敵を粉砕せんとするという。
これはどちらが正しいというものではない。戦場において、身体の前に常に壁があれば生命がそれだけ安全を得られるのは道理であり、それを取り払う時間が長いほど危険が迫るのもまた必然。要は攻守のバランスが個人にどれだけマッチするか、という話になる。
カインもこれまで盾を攻撃に用いることはほぼなかった。せいぜいが敵の姿勢を崩すために盾を構えたまま体当たりしたぐらいか。[光刃]を使える勇者の適性からすると攻撃は剣で行うことが重要であり、盾は防御に専念する形の方が理に適っているのだ。
「なるほど、こういうのも悪くないな。」
シドウミョウイン流の動きを取り入れ、アスカとの手合わせで使ってみた手応えは想像以上に大きい。
一撃入れた方が勝ちのルールではあるが、実際に盾で殴っただけではそう致命傷にはならない。よって盾殴りは有効判定にならないようにしたが、それでも使い勝手は非常にいいのだ。
というのも行動掌握で相手の動きがほぼ完全に読めていれば、相手の攻撃を先手を打って潰すのが容易となる。以前の決闘の際、距離を詰めて攻撃の速度が乗る前に受けたりしたが、これはそこから更に踏み込んで出掛かりを盾で打ち据える形になる。
相手が防御を固めるようなら盾で引っ掛けるようにして崩したり、それこそ盾を構えて体当たりをぶちかますなども可能だ。更に蹴りや足払いなんかを絡めると、結構なパターンが構築できてしまった。
それが行動掌握による後出しジャンケンで繰り出されるのだから、相当にチートであろう。凡人が達人と伍するにはこれぐらいは必要、ということなのだろうが。
とはいえこの攻性防御とでも言うべきものは、行動掌握なしでやるまでの余裕はない。インターバル中などは普通に防御を固めておくのが吉か。
また、相手の攻撃に合わせるなら単純なカウンターの方が威力は高いが、こちらの攻撃を決めてなお相手が止まらないなど、相討ちになりそうな場合が割とある。
攻性防御は相手の攻撃を潰した上で崩れたところに反撃を叩き込む形となるので、比較的安全性が高い。どちらにも利点があるので、上手いこと使い分けたいところだ。
「お見事に御座います、我が君。」
「ああ……やはり俺には盾の方が合ってるようだな。」
才気溢れるこの達人からは、左右の剣のどちらで受けてももう一方で反撃できる双剣術の習得を勧められてはいたが、悲しいことに凡人にはそこまでの器用さはなかった。
一応試してみたが利き手でもない手で振るう剣は純粋に習得が難しく、得られたのは探心を活かしても時間が掛かり過ぎる、という実感のみだ。
新しい盾の扱い方にしても似たようなものだが、それなりに盾を握り続けてきた分の熟練を活かせるだけマシである。凡人には凡人らしい無難な選択が相応しかろう。
扱いを得意とする物────得物とは、多少の才あるものでも生涯にひとつも極められれば上等であろうが、アスカに至っては十五の頃にはシドウミョウイン流のほぼ全ての武器を修めていたのだという。
「やってみたらできたので」とは当人の弁。ただの野生の天才であった。
それが数多の武器の長所及び短所の理解を彼女にもたらすと同時に、決闘において無数の白星を輝かせる要因のひとつとなったのは確かだ。
「お疲れ様です、[回復]。」
「ん……ありがとうネルフィア。」
礼を言って艶のある茶髪を撫でつける。技能のインターバルの間そうした後、[回復]はアスカにも届けられた。鎧の上からとはいえ盾で殴ってしまった『痛み』もあるので、ついでに軽く[治癒]も使っておく。
相変わらず見張りはいるが、遠目には勇者の技能を使っていることはまずバレまい。日がある内は[光刃]でさえそう気取られないのだ。流石に[雷撃]になると無理だろうが。
そうして定期的に体力と傷を癒やし、肉体と探心の能力をフルに活かしてこの達人とバチバチにやり合うのは、鍛錬としては最上の経験ではないか。よりギリギリを見極めて発動できるようになった行動掌握の入り方ひとつ取っても、精度の向上を実感せざるを得ない。
「もう一本いくか。」
「はっ、お相手仕ります。」
再び互いに得物を構えた。アスカの得物はこまめに換えてもらっており、今回は槍である。
手合わせの勝率は七対三でカイン優勢といったところ。やはり行動掌握の効果は絶大で、有効打を当てるだけならそう遅れは取らない。
ただし何戦もしている内に、反撃が難しい攻めを休みなく継続されてしまうと脆くなる、ということに気付かれてしまったのは厳しい。流石に能力の存在まではバレていないが。
普通に黒星が付くことでアスカの好感度が下がるかとも思ったが、当人は「真剣勝負に都合よく次などがあろうはずもありません」と決闘の結果を受け入れている。
どれだけ鍛えようとも、どれほど準備を整えようとも、その一戦に勝てなければ終わりであるからこそ勝者は尊ばれ、決闘の神聖さは保たれるのだという。
「くぁっ、参った。」
そして今回は黒星が付いてしまった。
手合わせの序盤はなんとか行動掌握なしでアスカの攻撃を凌いでいたが、リーチの長い突きは戻しまでも鋭く、払って接近することさえままならない。焦れて行動掌握を早めに切り、間合いを詰めようとしたのがまずかったのだろう。素早く下がられてしまい、そのまま間合いを保たれて勝負ありだ。単純な武器のリーチと身体能力の差はやはり脅威である。
槍を払われたり受け流されるのが前提の立ち回りは既に身に付けられてしまっているし、行動掌握の使い方が雑になるとやはり勝ち目は薄くなる。この切り札は強力ではあるが、無敵ではないのだ。その辺は肝に銘じておく必要がある。
それにこの手合わせで鍛えられるのは何もカインばかりではない。アスカもまた強力な鍛錬相手を得たことで、仲間になった当初よりも明らかに技が冴え渡っているのだ。
仲間としては心強い限り、と思うことにしてその日の鍛錬は終わることにした。
部隊の新体制にもそこそこ慣れ、帝都までの道程が十日余りになった頃、山の裾野に広がる人口十万規模の地方都市に到着。
移動と鍛錬を繰り返す日々には少々飽きてきたところだ。何日かこの都市でのんびりすることに決めたその連休初日、トラブルは舞い込んできた。
「ねえ、いいでしょ? 安くしとくから! 何なら奥さんと一緒でもいいから!」
カインに熱烈な営業トークを仕掛けてきた褐色肌の眩しい陽気な女性。彼女が売りつけようとしているのは自分自身────つまり娼婦である。昼間だろうと妻帯者だろうとお構いなしだ。
最初は男だと思い込んでアスカの方に売り込んでからもこの調子である。図々しいと言うべきか、凄まじいクソ度胸と言うべきか。
帝国では物売りが積極的に声を掛けてくる傾向があり、帝都に近付くにつれそれは強くなっていたが、この辺まで来ると娼婦も例外ではないらしい。
「いや本当にいらんから。振りじゃなくて本当にな。」
「そんなこと言わないでさあ。たっぷりサービスするよ?」
何度も断ってはいるがしつこく食い下がってくる。これだけ面倒な手合いだと、それに負けて買ってしまう客もいるのだろう。
商品価値はそこそこ良いようだし、美人局などというわけでもないので個人的には購入を検討したいところだが、そうもいかない。何故なら────
『あの路地に引きずり込んだらご主人様に迷惑を掛けずに処理できるかも。』
などと物騒なことを検討し始める程度には、ネルフィアの機嫌が悪くなっているからであった。




