3-6 すべて旅路はこともなし
次からは三人部屋でもいいなということに翌朝気付いたのは、最終的にベッドを三つしか使わなかったためである。ちょっともったいなかったが、四人部屋でも大きいサイズのベッドがなければ意味はないという教訓の代金と思うことにしよう。
巨人族用の部屋でも取れればいいのだが、彼らは足を伸ばせるスペースがあればどこでも寝られるという大雑把な気性であり、宿の方も泊まれるような部屋を用意しているところは少ないらしい。
間違いなく巨大なベッドが用意されている貴人向けの高級宿に泊まることさえ今は可能だろうが、メインの客層が貴族だけあって料金がべらぼうに高いのは流石に躊躇うところだ。払えないわけではないが、そこはどうにもコンビニ店員であった頃からの貧乏性が抜けきらない。
その気になればアスカの貴族の立場を使った信用払いなんかも可能だろうが、まだ挨拶もしてないシドウミョウイン家に対し、先に名前を使って借金するのはいくらなんでも迂闊であろう。何より普通に失礼というものだ。
四人で余裕を持って入れるサイズの浴槽付きの部屋でもあれば泊まるのもやぶさかではないが、流石にそれほどの施設はどの宿にもあるというほどではない。
となれば事前にフロントに聞くなりする必要があるわけだが、風呂がないから泊まるのをやめるというのもそれはそれで恥ずかしい。旅の恥はかき捨てにしたいところだが、この手の宿は敷地内に入るだけでさえ、身分証の提示を求められる程度にはセキュリティがしっかりしている。それで身元は分かってしまうだから、妙な風聞が広まるのも不可避だ。
無用の背伸びはトラブルの元であろう、と結論づけてベッドを抜け出た。
「平和だねえ。」
ケイデンから旅立って数日、馬上で思わずそう呟いてしまう程度には道行きは順調であった。
普段からこの辺の巡察吏が仕事熱心なのか、一日ほど先に通ったであろう貴人の安全を確保するためかは分からないが、南東へと伸びる主要街道には盗賊はおろか魔物もほぼ影を落とさない有様である。
まあ安全であるに越したことはないし、のんびり行くことにした。昼過ぎに着いた宿場町から次の町までに日が暮れるようなら、その日はそこで宿を取るような具合だ。リスクのある野営をしてまで急ぐほどの理由もない。
そのおかげで時間は余り、鍛錬は相応に捗った。カインたちが得物としている武器の指導以外にも、アスカは流派の多種多様な動きを実演してもくれる。
「鎖で絡め取って自由を奪い、攻撃を叩き込む……これが鎖刃術の基本となります。鎖分銅の扱いが難しいので使い手は少ないのですが、中々に強力となっております。」
「肉体だけでなく武器を絡め取られても厄介、というわけか。なるほどなあ。」
この世界にも鎖鎌のような武器があるようだ。もっとも鎖分銅に繋がっているのは剣や斧といった殺傷力が高いものらしい。
シドウミョウイン流が体系化に成功した武器は実に多岐に渡る。それらを一通り観ることができたのは一財産だろう。探心があるだけに参考にできそうな情報は多いほどいい。
実戦から遠ざかり過ぎるのも考えものなので、その日はちょっとした狩りにも出た。稼ぐのが目的ではない。アスカを加えた上で部隊が機能するか、フォーメーションを確認するためだ。
「……よし、普通に戦う分には問題なさそうだな。」
宿場町の周辺に湧くような魔物は元より大したことはないが、近接戦闘力の高い人間が二人になればラインを張れる。文字通りの前線を構築し支援職の守りが増せば、その支援も十全に行われるというものだ。
強いて問題点を挙げるなら、メルーミィがフレンドリーファイアを避けるために範囲攻撃技能を用いるのが難しくなったぐらいだが、その辺は各員の動き次第で調整できる範囲だろう。
「勇者様の技能は本当に凄まじいの一言ですね。決闘でも用いられていれば、私はもっと確実に敗れていたことでしょう。まことに感服いたしました。」
戦闘開始直前に得物の剣に[光刃]を受け、その威力を実感したアスカからの『敬意』は増したが、同時に『何故勇者であることを隠すのか』という疑問も募ってしまった。
事情はそのうち話すということで一応『納得』してもらっているが、やはり奴隷化を急いだ方がいいだろうか。
それはそれとして、アスカにも[光刃]を受けさせることで部隊の近接攻撃力は倍に────純粋に戦士としての能力がカインを上回ることを考慮すると、それ以上になったと思っていい。
流石に戦闘中に[光刃]が切れてしまえばかけ直すのは難しいので三分限定だが、それでも強力だろう。
続いて軍用ゴーレム馬を用いた戦法を試してみる。
「うーむ、なんというか……もう君だけでいいんじゃないかなって感じだな。」
せっかくあるのだからと、槍を持たせたアスカを軍用ゴーレム馬に乗せて運用してみたところ、機動力が高過ぎてほぼアスカ単騎で魔物たちを蹴散らしてしまった。
「申し訳ありません、我が君。」
「まあ別に責めてるわけじゃない。ただ連携が難しいのは考えものかもな。」
文字通り足並みが揃わないのであれば、それは付け入られる隙となる。他の者もゴーレム馬に乗ればどうにかなるかもしれないが、所詮は乗用だ。戦車でなく一般車で戦場に出るようなものであり、戦闘によって破損させてしまう可能性は高く、そうなれば面倒なことこの上ない。
他のメンバーには騎乗戦闘の経験などないのだから、仮に軍用馬が揃っていたとしても連携には別種の鍛錬が必要という問題もある。
ただしアスカ自身の戦闘力は飛躍的に伸びるので、一考の余地はあるだろう。最も役立てるのは自分だと息巻いていたのは、実際伊達ではないのだ。
或いはもっと上手いやり方があるかもしれないと考えつつ、傾いた日を受けながら宿場町へと引き上げた。
魔法技術などというものがありながらもこの世界の文明の発展が遅れているのは、物流と通信に大きな制限があるためではないか。特に魔物は物流を阻害し飛行技術の発展を妨げ、人口さえも減らすのだ。地球と同じように発展するのは無理というものであろう。
などとどうでもいい思考が冴え渡ってしまう程度には、今夜も素晴らしい一時が過ごせた。
特にアスカの順応は実に目覚ましい。女獣人は毛深いほど情も深いなどという風説が存在するが、これは血液型占いめいた迷信に過ぎないと思われるものの、当てはまる人間がいないわけでもないということなのか。
当人の運命的という思い込みも手伝ってのことだろうが、こんなことにも才能があったのは確かなようだ。
それで別段不都合があるわけではなく、むしろ悦びを分かち合える相手がまた一人増えたことは純粋に幸福であると言っていい。
ただ、相手を増やすのもこの辺が限界、という実感はある。部隊の上限ということもあるが、人数が増えるほどに好感度を落とさないよう気を遣う場面は増えるし、メンバー同士の関係性も複雑になるのだ。種々の状況によっては誰かを優先して別の誰かを蔑ろにしかねないような、極めて高度な判断が必要となるであろう。
まあぶっちゃけ面倒である。それでも三人までならなんとか、といった具合だ。
そして何より睡眠時間の問題もある。というのも現状の弾丸は最大六発であり、三人に均等に撃ち込もうと思えば二周するのがちょうどいい感じだが、当然既存二名への回数は減ってしまう。薄まった分を補うために一回の時間が伸びてしまうのは仕方なく、伸びた分で削られるのは睡眠時間ということになる。
身体が資本の冒険者にとって、健康的な生活を送るための一定以上の睡眠は生死に関わる大事であろう。間違っても軽視していいものではない。
よってこれ以上の人数増加はキャパシティオーバーということになる。標的が四つになってしまうと弾数が割り切れないな、というのもあるが。
もちろん回数の方を減らすという発想はない。ないったらないのだ。




