3-3 とある女騎士の悲劇と喜劇
何の因果か異世界に来て女性を三人も手に入れることになったが、三人目の毛色は何かと違った。初めて主人とベッドを共にする行為に際してこの三人目────アスカの心中には多少の緊張と不安こそあれど、それ以上に『期待感』に溢れていたのである。
ネルフィアにしてもメルーミィにしても、初めての際には『できれば避けたい』といった感情がわずかにせよあったものだが、如何なることかそれが一切見られない。
まさか獣人だけに肉食系なのかと思って尋ねてみれば、未経験なのだという。それが嘘ではないことは探心からも確実だ。多少の疑問はあるものの、この初物をいただかない理由はないので鎧を脱がしてまずは観察から入ることとする。
鎧の下には褐色肌が七、パターンを持った栗色の毛が三の割合で生え揃い、最初はやや奇妙に見えたが獣人とはこういうものだと思えば違和感も少ない。
獅人族を名乗る一族だけあって頭頂部の耳及び尻尾はライオンの形状。髪や眉は黒だが、耳尻尾を含むそれ以外の体毛が栗色な理由は不明だ。尻尾の先端部にこんもりと毛が生えている辺りの手触りがよく、獣人ならではの感触が堪能できる。
下着もふんだんにレースがあしらわれた豪華なもので、専門の職人に作らせたオーダーメイドの一品物とのこと。ミスリル鎧という外側に色気が全くない分が、秘められた内側に凝縮したかのような素晴らしさだ。
肉体は鍛え上げられているものの女性らしさを損なうことは全くなく、体毛と相まって独特な魅力を醸し出している。特に割れた腹筋が体毛で見え隠れする辺りは妙に艶めかしい。
胸部の脂肪は身長の比率からすれば少ないと言わざるを得ないが、体格が大きいので十分な絶対量だ。メルーミィが異常なのだと言えばそうだが、アスカの方は長めの手足もあってスーパーモデルもかくやという体型である。
もちろんネルフィアもメルーミィもそれぞれ素晴らしいことに変わりない。ネルフィアは相変わらず呼吸と心を重ねるのが抜群に上手いだろうし、メルーミィは別離の危機を乗り越えられた感謝を身を持って伝える気満々と来ているのだから、直前の据え膳を我慢した甲斐もあろうというものだ。
四人で寝れる巨大なベッドで誰から手を付けるべきか、実に悩ましい難問であった。
「はあぁ……男性がこんなにも素晴らしいものとは知りませんでした。」
満足気に深く息を吐きながら、初めて味わったばかりの経験を反芻するアスカを眺めると、ある種の達成感を覚えなくもない。開通工事も三件目ともなれば慣れたものである。
「これからも可愛がっていただきたければ、もっとご主人様を喜ばせる技を身に着けねばなりませんよ。」
「はっ、心得ました奥方様。」
「……ネリーでいいですよ。」
いつの間にやらネルフィアとアスカのわだかまりは概ね氷解していた。未経験が故にほぼ受け身でいることしかできなかったアスカに対し、最も長く連れ添っているだけあってネルフィアの経験と技量は特筆に値する。それを間近で見て学び理解できたからこそ、アスカも兜を脱いだのだ。
河原で殴り合って理解を得る昭和の不良めいた雰囲気がするのは、果たして気のせいであろうか。
(それにしても……もう愛情生えてんじゃねえか。)
初めてだったアスカにはそこそこ時間を掛けたが、ついでに妙に積極的だった理由を探ってみれば、自分より強い男に打ち負かされてモノにされるシチュエーションが、憧れのひとつであることが判明した。
それにしたってこの時点で愛情が芽吹くのは多少心配になるチョロさではあったが、女騎士らしく反抗されて「くっ、殺せ!」とか言い出されるよりは都合はいいので文句などあろうはずもない。それはそれで美味しかったとは思うが。
「それで、やはり勇者様なのですね。」
「……まあ知ってるなら隠しようはないか。そうだ。」
痛み止めに[治癒]を使ったことでアスカに天職がバレてしまったのはちょっとした誤算だった。[治癒]が使えて戦士並の戦闘力を持ち合わせる天職は勇者のみであり、勇者を祖に持つだけあってその技能に詳しかったのだ。
ただ当人が仕えようとしてくれている気持ちが本物なのは分かっているので、自発的に情報を流される心配はしていない。それに安心材料はもうひとつある。
「勇者様にお仕えできるなどこの上ない光栄……! どうか私の忠誠を生涯に亘って捧げさせていただくことをお許しください、我が君。」
「あ、ああ……許す。」
この女騎士、幼少の頃より開祖と伝えられし聖剣の勇者にも憧れを抱いており、自分を打ち負かした相手が勇者と判明して運命的なものを感じたため、一気に愛情が深まってしまったのだ。
その余りのチョロさは、彼女を早めに奴隷にすることをカインに決意させるのに十分ではあった。
アスカタロウ・シドウミョウインは当代のシドウミョウイン当主の娘として生まれ、幼少より武術の才を開花させ神童と呼ばれ育った。その代表的なエピソードは今より十年前────彼女が十歳の頃、第三皇女殿下を害さんと襲い掛かってきた暗殺者を返り討ちにしたことであろう。
当時のアスカは侍従として皇女殿下に仕えており、貴族の子女が行儀見習いを兼ねてそうするのは珍しい話ではない。皇族にしても身の回りの世話をさせる人間は信用の置ける人物であることが第一であり、貴族の子女はその点で何よりも都合が良いのだ。
皇族を狙う依頼を任されるほどの手練の暗殺者を、食事用のナイフ二本を用いて討ち果たした武勇は、未だ皇城の侍従の語り草となっている。またこの件がきっかけとなり、皇女殿下との間に単なる主従以上の絆が育まれたのは想像に難くない。
多くの貴族の子女がそうであるように、アスカにも十二歳頃には結婚の時期が訪れた。血統を紡ぐことこそが貴族にとっての命題であることはシドウミョウインと言えど変わらず、一般よりもその機会は早い。生まれた時から────時には生まれる前から婚約が決まっていることさえ珍しくないのが、貴族という存在である。
ただしシドウミョウイン家の場合、普通に式を挙げるだけでは済まない。一族の子女が決闘で敗れた相手に服従する掟に則り、事前に形だけの決闘を行ってわざと敗れる慣例が存在していたのだ。本人が言う「形骸化」とはこのことだろう。
アスカも事前に決められていた婚約者────ある貴族の次男相手に決闘もどきを行うはずだったが、ここで問題が起きた。彼女は勇者とは言わないまでも、自分よりは強い男相手に打ち負かされることを望んでおり、婚約者もその希望に沿おうとしたのだ。
決闘は当人同士の申し合わせにより、命のやり取りこそないものの半ば本気で行われることとなったのが、ある種の悲劇の始まり。
実際のところこの婚約者は鍛錬を趣味とし、通常の貴族には不要な強さを身に着けるほどであり、それもあってアスカに負けるなどとは考えていなかったのだ。誤算は単純に彼女が強過ぎたことにあり、婚約者は重症を負って敗れるという結果に終わった。
婚約は白紙となり、この件で結婚相手としては問題があるという悪評を得た彼女は、今日に至るまで独身として過ごすことになる。
ただシドウミョウイン家も何もしなかったわけではない。掟が本来の形に戻っただけだとし、アスカに勝てそうな者を身元の確かな相手から見繕って決闘相手としたりはした。
その上で差し向けられた相手全てに勝ってしまうのが、アスカという女騎士の武才である。いい加減、本人がわざと敗れれば結婚相手は得られたのだが、一切妥協しなかった辺りはもはやある種の喜劇であろう。
人生のレールから盛大に脱線したアスカが昔救った縁で第三皇女殿下に拾われ、護衛騎士として仕え始めたのもこの頃だ。それ以降、皇女殿下が何かと決闘を持ちかけるようになったのも、貴族としては嫁き遅れもいいところの友人に、結婚相手を探す目的もあったのだろう。
そうして諦めかけた今になって、当人の理想と完全に一致する相手に真っ向から敗れることになるのだから、人生とは本当に分からないものである。




