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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
1 勇者死す。(推定)
11/115

1-11 汚い蜥蜴

「さて、せめて宿代は稼がんとな。」

「お金に困るようなら、メイドの服を売ればそれなりにはなると思います。」

「……それは最後の手段にしておこう。」


 ロマンを優先してネルフィアの提案は却下しておく。

今日の狩場に近い門まで来ると、屋台で弁当と水袋が売っていたので二人分購入。まだ数日分の宿代はあるが、食費など諸経費も考えると思ったより余裕はなさそうだ。


「それにしてもこの水袋……いやなんでもない。」


水袋は三角錐の形をしており、頂点のひとつを捻り切って飲むという使い捨てらしい。材質が厚紙か何かで、牛乳が入ってそうだなとちょっと思ってしまった。

王都をぐるりと囲む壁を抜けると畑が広がっていた。この辺はまだ結界の範囲内で安全だが、王都の人口を支えるにはそれを超えて開墾を進める必要がある。

畑の警備は冒険者ギルドに寄せられる恒常的な依頼のひとつだ。

勇者的には関係ないので狩場へ向けて進んでいく。畑のど真ん中を突っ切るのは気が引けたのでまずは道なりに進み、畑がなくなった辺りからぼちぼち魔物の姿が遠目に見えだした。


「寄ってくるのだけ倒すか。後方を警戒しといてくれ。」

「はい。」


稼ぐためには戦わねばならないが、命の危険は避けたいのが人情である。待ち遠しいような、そうでもないような気持ちで目的地に歩みを進めていると、ネルフィアが声を上げた。


「ご主人様、右から魔物です!」


言われた方に振り向くと犬みたいな魔物が二匹、走り寄って来る。


「あれはノットドッグです。」


犬ではないらしい。


「手筈通りにいく。」

「はい!」


予め決めておいた陣形で挑む。ノアが前に出て、ネルフィアが斜め後方から棍のリーチを活かして突くという形だ。バウバウと吠える犬もどきがある程度接近してから、こちらも走り出す。


「ぬぉりゃ!」


『攻撃』を察知して盾を構えると、そのまま体当りする勢いで飛び掛かってきたノットドッグの一匹に盾をぶち当てた。一匹を弾き飛ばし、遅れてきたもう一匹には剣を振るう。命中重視の軽めの一撃だったが、こいつらを仕留めるには十分だったようだ。ギャンと叫ぶと魔素を放出しながら消えていった。


「はっ!」


弾き飛ばした方が立ち上がろうとしていたところに、ネルフィアの棍が突き込まれる。それだけでは致命傷にはならないが、動きを阻害するいい仕事だ。その隙を見逃さず銅の剣を振り下ろす。あっさりと勝負は着いた。

今更[魔撃]で先制するべきだったかとも思ったが、使わなくて正解か。


「いい感じだ。これからも頼む。」

「はい。」


スライムのものよりかは気持ち大きい結晶を拾いながらネルフィアを褒める。

ノットドッグがスライムほどではないが弱いというのは、結晶の大きさでも分かる。こんなのをちまちま狩っても大した儲けにはならないのだろう。

それにしても、倒すと霧のように消えてしまうのはスライムだけではなかった。魔物全般がそうなのだろう。どういう生物なのか。そもそも生物なのかも怪しかったが、答えは出そうにない。血糊や脂で剣の切れ味が鈍らないのがありがたい、と思おう。

更に二度ほどノットドッグを倒しつつ、目的地に向けて歩みを進めた。


「あれか。」


王都の門をくぐってから一時間ほど歩き、途中の丘の上から目的地の沼が見下ろせた。沼とその周囲の湿地帯に、ダーティリザードがいるはずだ。もう二、三十分も歩けば着くだろう。

ぱっと見、人影はない。素材が高値で売れるらしいし、人気がないのは危険性が高いせいだろうか。

角ウサギと毒トカゲで即死する危険性が高いのは、角の一突きがあるホーンラビと思ってこっちに来たが、ウサギの方を狙うべきだったかと思うものの、今更大した成果もなしに引き上げるわけにもいかない。この世界に手軽に使える瞬間移動魔法がないのが悔やまれた。


「この辺りだな。足元に注意しろ。」

「はい、ご主人様。」


足元が泥濘(ぬかる)んできたかと思えば、あっという間にサンダルが泥塗れになる。


「冷たっ。」


季節は春頃ではあるようだが、地面はノアたちに冷たかった。

そして先程促した注意は、転倒のみに対してのものではない。ダーティリザードの皮膚色は泥に近いもので保護色になっており、不意討ちに対するのも兼ねていたのだ。

王都に帰ったら靴を買うことを誓いつつトカゲを探す。


「……! いたぞ。」


しかしこちらには探心がある。受付からダーティリザードの特徴を聞いた時に、保護色があっても先手を取られるのを避けられるのではないか、という判断が沼周辺を選ばせた。思惑通り、左前方から魔物特有の雑音にも似たそれを探知する。


「どこに……あっ、見えました。」

「だろ?」


保護色の効果は中々高いようで、止まって眼を凝らせば分かるが、歩きながらだと見落とすかもしれない。トカゲもこちらに気付いているようで、縦長の瞳孔に見つめられているのが分かる。

毒は牙と爪にあり、体格的に頭上からの攻撃には弱いはずと決めてジャンプからの刺突を狙う。


「ふっ……ぐあッ!?」


牙と爪は確かに届かなかったが、代わりに尻尾で撃墜され泥塗れになる。泥のせいで跳躍に高さが出なかったせいだろう。ネルフィアもフォローしようとしてくれるが、同じく泥に足を取られまだ届かない。

急いで立ち上がろうとするが、姿勢が悪いままのところにトカゲが突っ込んでくる。


「っ……!! ぐぅううッ!!」


腹を狙ってきたであろうトカゲを盾で防ごうとするも、勢いを殺しきれず肩に喰い付かれてしまった。凄まじく痛い。あまりの痛みに怒りが湧いたのは、生物として自然な反応であろう。


「こんのぉッ!!」


怒りと右腕の力でトカゲに剣を突き立てる。柔らかい腹だったこともあって深々と刺さり、トカゲは消えていった。


「大丈夫ですか!?」

「ああ、怪我はな……これが毒か。」


肩の傷は重ねた服と筋肉のおかげでそれほど深くないし、出血も大したものではないが、そこから底冷えするような感覚が全身に広がっていく。直感的に放置しておくとまずいことだけは分かった。


「とりあえず[治癒]……よし、大丈夫そうだ。」


ひとつ持たせておいた毒消しを取り出そうとするネルフィアを制しながら、自身に[治癒]を使うと冷えのような感覚は消えていった。[治癒]の回復力が毒によるダメージを上回っているのだろう。


「何もできず申し訳ありません。」

「いいさ、この足場じゃな。石を拾って、治るまで周囲を警戒しておいてくれ。」

「はい。」


ダーティリザードの結晶はゴルフボール大だ。これだけでも宿代を払ってお釣りが来るだろう。中々の難敵なだけはあった。

[治癒]の効果を継続させるため、泥に座ったまま普通に尻が冷えるのに耐えること数分、急に肩の傷が塞がった。体内の毒が消え、効果が肩の傷に集中したためだろう。

元よりダーティリザードの毒は数分程度しか持続しないが、生命力の低い者はその数分で命を落とす。落とさないにしても肉体へのダメージは相当なものだ。

ノアにしても[治癒]を使えば大丈夫とはいえ、動きを制限されることになる。毒の効いている間に別のトカゲに襲われれば厳しいだろう。いざという時のためにも、毒消しは必須であった。


「素材はなかったか。」

「残念ですが……。」


ダーティリザードの素材は、二十匹も倒してひとつ落ちるかどうかという低確率である。だからこそ高価なのだ。毒持ちで厄介、不利な湿地環境、確率の低いドロップ、と三拍子揃っている。

あらためて人気のなさを実感すると共に、汚いなさすがトカゲきたない、と思うノアであった。

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