3-2 健勝と活躍の祈り
リスクを承知しつつも前向きに女騎士を受け入れることを決めたところで、今後の行き先についても軽く考えておく。ひとまず当初の予定通り、帝都に行くのがいいか。
ここから国外に脱出することも可能ではあろうが、見張りが付いている以上はその動きは伝わってしまう。急な予定変更は何か後ろ暗いことがありますよ、と言っているに等しい。脱出して直ちに何かされることはないにしても、帝国にはもう戻れなくなると考えた方がいいだろう。最悪、皇女殿下なりシドウミョウインから刺客を差し向けられる可能性もある。決闘に勝ったのはこちらなのだから、堂々としていた方がいい。
知りたくもなかったある皇子のゴブリンロードを使ったマッチポンプに関しては、冷静に考えれば口を滑らせでもしない限りはバレないはずだ。
それに何よりカイン自身、そろそろ自己の装備を更新する必要を感じている。
鋼の剣は悪い武器ではないが、これから先の戦いには力不足という感が強い。狼を仕留めるのに使ったのはミスリルの大剣であるし、決闘でもミスリルの全身鎧相手には文字通り刃が立たなかった。
元より強力な武器を手に入れようと思い立ったのが帝都行きを決めた理由のひとつである。帝国において最も栄える都市ならば、ほぼ確実に鋼の剣を超える武器が見つかるであろう。三級冒険者という肩書もそれを助けるはずだ。いい加減、毒や麻痺の素材を用いた装備も作りたい。
今いるケイデンからだと単純な距離では共和国首都の方が近いが、逆戻りになる上、王国との距離が近くなることは心理的なハードルが高くなる。いずれ帝国を脱出するにしても、やはり帝都に寄ってからの方がいい。
盾や鎧も併せて新調したいところだ。決闘で使い切った鋼の盾はボロボロで、もう数撃ほど炎の魔剣を受けていたら完全に破壊されていた。
革鎧にしても壁を超えた今となっては、もっと重い鎧でも十全に動けるだけの身体能力はあるのだ。ゲームのように転がるだけで全ての攻撃を回避できる能力でもあればいっそ全裸ビルドもありだが、そんなものはないのだから仕方ない。
見張りも帝都までは付いてくるよう命じられてるようだし、全ては帝都に行ってからになるだろう。
「……やっぱ惜しかったかなあ。」
思索を終えると治療を受けながら軽く昼食を済ませ、治療終了までは適当に脳内で動画などを再生して暇を潰し、蒸し風呂で汗を流した宿への帰り道で思わずひとりごちてしまった。
というのも癒術師が長時間になりがちな治療の暇を潰す手段として、相手次第では娼婦めいた副業を密かに行う場合があるということが、女性癒術師の思考から判明したからだ。冒険者にしては身奇麗にしていたのが『この人ならいいかな』と思わせる要因になったようである。
既に妻がいるし、これから増やそうというタイミングで買うのは流石にまずいので、治療の後半は寝た振りをして過ごすことになった。それはそれとして機会の損失を惜しむのは、決闘で軽く死にかけたせいで生殖本能が昂ぶってしまっているせいだ。
さっさと宿に帰って本能の充足を図りたいところだが、ここで問題がひとつある。探心で感知したネルフィアの感情がかなり『不機嫌』になっていると判明したからだ。宿の部屋にいる残り二名の感情もネガティブなそれであり、雰囲気が相当に悪いであろうことが窺える。女三人で集団行動させたのは親睦が深まるどころかどうやら逆効果であったらしい。
そこに帰らねばならないと思うと憂鬱だが、帰らない訳にもいかないので鈍る足を何とか動かし部屋の扉を叩く。
「俺だ、戻ったぞ。」
「……お帰りなさいませ、ご主人様……。」
鍵を開けて迎えてくれたネルフィアの顔には、露骨に不機嫌が張り付いていた。異世界に来てからこっち、彼女のこれほどムスッとした表情は見たことがない。
「その調子だと親睦は深まらなかったようだな。」
「あ……その、申し訳ありません。」
「まあ別に責めてるわけじゃない。」
部屋に入ると残った二人も一礼と共に迎えてくれる。元々二人部屋のところに四人も詰め込むと流石に手狭だ。一人がやたらデカいので尚の事である。
「とりあえず、この重い雰囲気の原因を聞こうか。」
事情聴取をしたところ、結論から言えば原因は序列の問題であった。新しく入ってきた女騎士が、主人に対し最も役立てるのは自分だという態度を隠しもしなかったのが諍いの根源である。なまじそれが正しい認識であることも、これまで主人を支え続けてきた自負があるネルフィアの誇りを深く傷付けたのだ。
実際、主人と並び立って敵の直接攻撃を引き受け負担を減らせるのは戦士であればこそだし、もしも主人が負傷し動けなくなれば抱えて逃走を図るのも師職の二人には難しい。
女騎士とて戦士だけでは有利に戦闘を進めるのは難しいことは理解しているものの、その上で鍛え上げた自らの技術こそが、この中では最も役立てるという判断を下したのだ。
「事実を申したまでです。」
そう間違ってはいないが、物言いが直裁過ぎるきらいはあった。単純にまだ貴族としての傲慢さが抜け切っていないとも言える。
こうなると女騎士の加入は少々考えものだ。人材としては最高だが、流石にネルフィアと反りが合わないのであればネルフィアを優先したい。
「正直得難い人材だとは思う。だがネルフィアが嫌だと言うなら加入は断ってもいいぞ。」
「……よろしいのですか?」
「ああ、君が決めていい。」
女騎士の端正な顔が引きつる。生殺与奪の権利を自分をよく思っていない奴隷に握られたとなれば当然であろう。
「……加入させるべきだと思います。その方がご主人様はより安全になるでしょう。」
「それでいいんだな?」
「はい。」
「分かった、そうしよう。メルーミィもそれでいいな?」
「マスターの望まれる通りにされるのがよろしいかと。」
息を吐いた女騎士の『安堵』が伝わってくる。もっとも、安堵していたのはカインも同じだ。主人のことを常に考えてくれるネルフィアならば、受け入れる判断をしてくれるだろうとは思っていたが、実際どうなるかは微妙なところであった。今後のためにも、ネルフィアの方が序列が上であることを叩き込むために必要なリスクだったので仕方ない。
ちなみにメルーミィは、主人の心の片隅にでも自分が居られればそれでいいというスタンスであるため、上手くやっていけるのかという不安はあれど加入には賛成でも反対でもないようだ。
「まあそういうことだからよろしく頼む、アスカタロウ……だとちょっと長いな。」
「はっ……よければアスカとお呼びください。親しい者はそう呼びます。」
「分かった……なあ、アスカよ。確かに君はネルフィアより活躍できるのかもしれん。だとしても俺がネルフィアに寄せる信頼が揺らぐことはない。どうかそれを覚えておいて欲しい。」
「承知致しました。」
ネルフィアに対して思うところはまだあるようだが、ひとまず主人への忠義に篤い点はアスカも認めたようである。
「私はなんとお呼びすればよろしいでしょう?」
「常識的な範囲で好きに呼んでくれていいぞ。」
例によって主人への呼称は本人に決めさせることにしたが、少し考える時間が欲しいとのことで保留。
多少ゴタついたがどうにかこれでアスカの内定は決まりだ。お祈りメールは死者への冥福にならざるを得ないところだったので、出さずに済んで何よりである。
そうしてアスカがネルフィアを本当に認めることになるのは、夕食を取って四人部屋に移った後であった。




