3-1 星の名前は数奇とかそんなの
前章までのあらすじ:決闘した騎士が実は女で勝ったら服従してきた。
シドウミョウイン家にはひとつの掟がある。シドウミョウインの女が決闘で男に敗れた場合、その相手に服従しなければならないというものだ。
この起源は遥か昔、シドウミョウインの家が興る以前にまで遡るという。
自らを獅人族と名乗る獣人の一族は何よりも強さを重んじており、婦女子であろうと鍛錬を課す戦闘民族であった。そしてより強い者の血を取り込むためにこのような掟が生まれたのである。
この一族の女が異世界より召喚された勇者に決闘で敗れ、なんやかんやあって生まれた子がシドウミョウインの開祖なのだとか。以来、血と技と異世界的な名付けと共に、この掟もまた受け継がれて来たのだ。
「といっても最近ではすっかり形骸化しておりましたが……それでも掟は掟、まして神聖なる決闘の結果を覆すことなどできないのです。」
相変わらず跪いたままそう語るアスカタロウという女騎士の言葉を、カインは長椅子に腰掛け治療を受けながら聞いていた。訓練場の硬い床にいつまでも座っている理由もないので、[治癒]が切れないようゆっくり動いて冒険者ギルドの適当な部屋に移ったのだ。
敢えて探心を使ってまで思い出しはしないが、どこかの漫画の女しかいない部族にあったなそんな掟、などと思いながらとりあえず女騎士へと質問を投げる。
「服従するというなら、従うなと命令することもできるのでは?」
「本当にそれを望まれるというなら従うまで……ですがそれは私には服従させる価値すらないということ。そのような命を下されればもはや生きてはおれませぬ。」
断ったらさらっと自害に及ぶらしい。その名前のみならず、妙に武士めいた精神性を有している気がしないではない。
ともあれ、せっかく助かったのに何も死ぬことはないとも思うが、このまま受け入れるのもなんとなく釈然としないのは、後出しで妙な掟を押し付けられているためだろうか。
「よいではないか、そなたも決闘では相手の命を奪うつもりで剣を振るったのだろう。ならば勝利した相手を殺すも従えるも今更大差あるまいて。なんぞ不都合があるものでもなかろうしな?」
迷っていると見て皇女殿下が背中を押しに来た。それなりに付き合いのある女騎士に『こんなところで死んで欲しくはない』という彼女の本音を復活した探心が捉える。だがそれと同時に『アスカを付けておけばメルーミィの身の安全は図れるし、後のことはシドウミョウインに任せられる』とも考えているのだ。
皇女殿下は事前に決闘で敗れることは全く考えていなかったが、それはそれとして決闘の結果に関係なく物事が上手く運ぶ算段は持ち合わせていた。皇族ともなれば政治とは無関係ではおられず、この程度の周到さは必要ということなのだろう。
なお女騎士も掟のことに考えが及ばなかった理由は、同様に自己の勝利を疑わなかったためである。
そうしてカインが下した決断は
「……とりあえずネルフィアたちと先に宿に戻っててくれるか。俺は治療が終わるまでこうしてる。」
例によって問題の先送りであった。
女性癒術師によれば決闘で受けた傷は夕方程度には治るらしい。経験上、肩に受けた深手の治療は明日まで掛かりそうなものだったが、癒術師は専門職だけあって[治癒]の効果が勇者のそれより高いようだ。
ならば自分がいない間に食事や風呂に行くなりしてくれと、治療を同時に受け先に終わった女騎士を奴隷たちと共に送り出す。これで親睦が深まってしまうのは決断次第では残酷かもしれないが、それはそれだ。
「では我も一足先に帝都に戻るとしよう。」
そう言って皇女殿下も立ち去ろうとしたその直前、空いていたカインの右手が殿下の両手によって絡め取られた。護衛連中の心のざわめきは、これが想定外の行為であることを示している。
「……頼める義理ではないが、アスカのことを受け入れてやってくれぬか。あれはきっとお主の役に立つ。」
それだけ言うと強く握った手を離し、今度こそ殿下たちも引き上げていった。
「アスカ」という呼称や今の『懇願』からも、二人は単なる護衛と主人というだけの関係ではないことが窺い知れる。護衛から一人を見届け役としてこっそり残して行ったのも、その表れであろう。
今更決闘の結果を違えるような真似をすれば、殿下の政治生命が潰えるのは火を見るより明らかであるため、これが現状でできる精一杯といったところか。
「……ええと、何かお話でもします?」
「いえ、考え事があるのでお構いなく。」
治療のために残った女性癒術師が気を遣って提案してくれたのを遠慮しつつ、今後の対応を練ることにする。まず考えるべきはアスカタロウという女騎士を受け入れるかどうかだろう。
拒否すれば皇女殿下の覚えは間違いなく悪かろうから、帝国には居づらくなること請け合いだ。昨日は帝国からの脱出も考えていたのでそれ自体はまあ問題ないが、特にこれといったメリットがあるわけでもない。
受容した場合にデメリットがあるとすれば、ほぼ間違いなくトラブルの種を内包している点か。今後、彼女を侍らせるだけでもシドウミョウインという貴族との関わり合いはまず不可避と考えた方がいい。
二度あることは三度あるという。奴隷を保持したいがために起こるトラブルが続けば、いい加減カインとて学習するのだ。
(……でもなあ。)
切り捨てるには余りにもメリットが大きいのもまた事実であった。だからこそ決断に迷わざるを得ない。
単純に女騎士の戦力は近接戦闘職として理想的である。その実力は実際に剣を合わせて嫌というほど実感させられた。メンバーとして次に欲しいと思っていたポジションにも当て嵌まり、成長回数だけで考えてもこれだけの人材を得られる機会というのはまずない。メルーミィを買う前に奴隷商巡りをした際、壁を超えたような人材は滅多に見ることがなかったのだ。
ゲームだと強力な敵が仲間になると妙にパワーダウンするのがお約束だが、流石にそんなこともなかろう。使用していた二振りの魔剣は皇女殿下に返却してしまったので、その点ではパワーダウンかもしれないが、まあそれはどうにでもなる。狼狩りの貯蓄の他にメルーミィを買った時の金も戻ってきたので、然るべきところに行けばかなりの装備を整えることができるはずだ。
そして何より重要なのは美人ということだろう。あらためてその外見を思い返してみれば、兜の中で纏められていた長い黒髪は艷やかで、それに負けず劣らず褐色の肌も艶めいていた。顔立ちは芯の強さとどこか儚さが同居した雰囲気で、地球ならインド辺りにいそうな美人である。貴族という恵まれた血統の成せる業かもしれない。
これだけの強さと美しさを兼ね備えた女を合法的にモノにできる機会など、通常ならばどれほど転生を繰り返せば訪れるのか。
(前世でそんな徳積んだ覚えないんだけどな?)
地球にいた頃からカルマ値とかいう隠しステータスがあったかはともかくとして、彼女を戦力として運用するなら機密保持の関係上、奴隷なりにする必要はある。当人も『奴隷にされるのも致し方なし』という諦念に近いものを持っていたし、その辺りは問題ないはずだ。
或いは戦力にはせずベッドの中でのみの仕事を与えるとか、いっそ何もさせず飼い殺しにするということも考えたが、どう考えてももったいない。それに己の武技に誇りを抱いているタイプであるようだし、戦闘に用いた方がよく仕えてくれるのではないか。
結局のところ、役に立ちそうな美人奴隷(予定)が手に入って嬉しいという気持ちは誤魔化しようがなく、女騎士を受容する方向で考えは纏まった。
起こり得るであろうトラブルに関しては、そういう星の下に転生したのだと諦めるしかないだろう。それでネルフィアに続きメルーミィとも強固な絆を築けたのは僥倖であるが、次もそうなるとは限らないのだ。
それでも自分に心から尽くしてくれるようになった二人を失うぐらいなら、また命ぐらいは張ってしまうだろうことは想像に難くない。
無難なコンビニ店員の人生とは、思ったより貴重だったのだと異世界に来て強く実感するカインであった。




