2-52 勝機の代償
冒険者の戦い方とは、そのほとんどが我流である。
ギルドで指導を受けられる機会は用意されているものの、高度になるほど金が掛かるため、学ぶとしても基本的なことのみがせいぜいだろう。
そこまでして技術を習得しようとする人間、或いは教育の重要性を理解している人間が冒険者になることなど滅多にないのだから、それも当然ではあった。
「貴公、ただの冒険者ではないな。西の国に名が響き渡るかの流派は滅多に門戸を開かぬと聞く。貴公ほどの業前を持つ者が、何故この国まで来た?」
西の国とは王国のことだろうか。どこか咎めるような口調で騎士は問い詰めてくる。
戦いが日常としてあるこの世界において、体系的に完成された武術────流派とは極めて実用性の高い技術の集積であり、自然その秘匿性も高い。
どのような術理であってもネタが割れれば対策される。初見殺しが命のやり取りで最も重要な要素のひとつであることには疑いの余地はなく、それを防ぐためにも一度流派に属して術理を会得した者が、ただで出奔できようはずもないのだ。
とりあえずはぐらかす方向で答える。
「別に答える義理もないが、一身上の都合でと言っておこう。」
『ギルドの評価は不審者の可能性は低いとのことだが……。』「よもや間諜ではあるまいな?」
「その質問されて肯定する奴なんているのか?」
「……何?」
「間諜でないならもちろん答えは否だろうし、間諜であるなら素直に答えたりはせんだろってことだよ。どっちにしろ否定される質問でしかないと思うんだがな。」
見様見真似の武術であらぬ疑いを受けてしまったが、実際そんなものではないので一応否定はしておく。
『それもそうか』と思わず納得しかけてしまった騎士も、それどころではないと頭を軽く振って現実に向き直った。
「何にせよ、それだけの剣を修める貴公は只者ではあるまいよ。」
「そんなに俺のことが知りたいなら……勝ってから聞いてみるってのはどうだい。」
「……いいだろう。貴公が我が剣を受けて生きていられればな。」
あわよくば殺さないよう手加減してくれるかもと水を向けてみたが、効果はなかったようだ。負けて生き残ったとしても答えるとは別に言ってないので、すっとぼける気は満々であるが。
(……いかんな、負けを前提に考えてるようじゃ。)
どうせ勝つしかないのだと気を引き締め、問答もこれまでとなった。変に引き伸ばしても周囲に妙に思われるだろう。
そうして互いに構える。
(結構休めたし、ふたつほど策を練ることもできたが……どこまで通じるか。)
身体を動かしながら頭を回すというのはやはり難しい。まして迂闊に一撃喰らうだけでほぼ負けの相手となれば尚更だ。
その一撃が再び苛烈な速度と手数で持って繰り出されるのを、なんとか凌ぐ。
『相変わらずやり難い……見事な間合いの外し方だ。』
騎士には褒められてるようだが嬉しくはない。
行動掌握なしでも騎士が踏み込んで来るか来ないか、或いは退きながら攻撃を繰り出す程度のことは分かる。それに対して時に間合いを離して空振らせるか、もしくは思い切り接近して距離を潰すことで速度が乗る前の攻撃を防ぐ。
しかし騎士の方が動きが速くリーチも長いため、それが通じるのも一部に過ぎない。それでも全てを盾で受けるよりはマシであった。
ネルフィアとの手合わせ────槍という間合いの広い得物を持った驚異的反応速度相手に重ねた研鑽は、このようなところにも活きている。
続けて騎士の『七の裏手』という型に合わせて行動掌握を発動。その連撃の締めの踏み込みながらの鋭い突きに対して
「ここッ!」
飛び退きながら斬撃を見舞う。その狙いは武器を握る騎士の手元だ。
ミスリルの装甲に対して致命傷とはならないが、衝撃までもが完全に防がれるわけではない。武器を取り落とさせる目的の攻撃が、甲高い金属音と共に火花を散らす。
「っ……!」
しかし狙い通りに決まった攻撃は、騎士のその手より赤熱した魔剣を別つことはなかった。
行動掌握が切れた直後の相手の思考によれば、どうやら騎士の籠手と剣の柄には意図せず武器が離れるのを防ぐ機構が備わっており、それがひとつ目の策を通さなかったのだ。
どんだけ装備が高性能なんだよ、と愚痴りたくなったが今は堪えるしかない。
(これが通じないとなるといよいよもってまずいな……。)
残るはふたつ目の策だが、これを実行するにはあることを確認する必要がある。
インターバルをやり過ごし、行動掌握を発動しながら開幕にお見舞いしたように低い姿勢で踏み込んだ。体格差で不利なのは低空から攻める分には有利に働く。
ただ一度見せたこの動きは予測されていた。現状、この騎士に最もダメージを与えた攻撃なので、当然と言えば当然である。
「おっ、と!」
危うく逆手に握られた曲剣で背中を突き刺されそうになるのを、転がって避ける。膝裏を斬るどころの話ではない。
だが今回のこの動きの目的は攻撃でなく確認。転がりながら注視した映像記憶を後から探心で正確に再生すれば、目当てのものがはっきり見て取れる。
(空いてはいたか。)
確認のために注視していたのは顎の下、頭部をすっぽり覆う兜と鎧の隙間だ。
あの兜は首を振った動作などに追従して動いていたので、鎧と一体型ではない。それに人間は呼吸をする必要がある以上、空気穴のようなものが必要なはず。目出しの穴すらない兜にそれがあるとすれば、首元だという考えは間違いではなかった。
(だが狭いな……この剣じゃ無理か……?)
首元の空気穴には格子状の何かでカバーされており、その間から褐色らしき肌が見て取れる。これだけの鎧を身に着けておいて、急所となり得る部分が剥き出しなどということは流石になかった。
仮にあの格子がミスリルと同等の防御力を持っているのであれば、幅広の鋼の剣を横にして突き入れたとしても仕留めるのは無理だ。顎下には剣先が喰い込むかも怪しい。
格子の隙間は縦に長く、それに合わせて剣を縦にすれば僅かに入りそうだが、それでは兜と鎧の隙間自体の狭さに阻まれる。その形状も含めての防備か。
必要なのはもっと細い刃────そのように戦いの中で考えを巡らせていたのがまずかった。
「ぬ、ぐ……ッ!」
盾で受け切れなかった炎の魔剣に左肩を抉られる。自分の肉が焼ける音など聞きたくなかった、などと考えられる程度にはまだ余裕があるのは、脳内麻薬が出ているせいか。痛いことは痛いが、今はそれよりも傷口の燃えるような熱で噴き出す脂汗が鬱陶しい。
あまりの高温で灼けたせいか、出血がほとんどないのが唯一の救いだと思いながらどうにか距離を取る。
ただでさえ来るのが分かっていても防ぐのは一苦労の攻撃。そんなものを受け続けていては、少しの休憩を挟めたとはいえ蓄積した疲労がミスを誘発もする。
何より騎士の方もカインの防御をこじ開けるために学習しながら思考し、戦いの中で工夫を凝らしているのだ。こうなるのも時間の問題ではあった。




