1-10 冒険者ギルドまでは十数分の旅路
旅立つ、と言ってもしばらくは王都で宿暮らしだ。周辺の魔物を狩って更に成長を重ね、収入を得て生活しつつ装備を整える必要がある。スライムの結晶でも五個もあれば、安宿なら二人で一晩泊まれるぐらいにはなるらしいが、今更スライムを狩っても成長的な旨味は少ない。基本的に強力な魔物ほど吸収できる魔素も得られる結晶も大きいので、それなりに強い魔物を相手取る必要がある。当然強過ぎてはまずい。
ではそういったちょうどいい魔物が、近場にいるかをどこで調べるか。
「で、異世界って言ったらやっぱ冒険者ギルドだよな。」
「そうなんですか?」
この世界でも例によって冒険者という名の便利屋が活躍しており、ギルドはそんな冒険者向けの種々の依頼を仲介したり、結晶や素材の換金を行ってくれる場所だ。一度は顔を出すようにとローブ男から地図付きで紹介状ももらった。
推定人口十万を超えるだろう広大な王都をそれなりに歩いたが、成長のおかげで辛くもない。農民力の高いネルフィアは相変わらずだ。
「新顔が入っていくと、何故かガラの悪い中堅冒険者が絡んでくる場所だと聞く。」
「そんな場所ではないと思いますけど……。」
ネルフィアの言う通り、特に絡まれることなどなかった。受付にいたのが男性だったことも加えて、何か梯子を外された感を覚えながら紹介状を渡す。
「では勇者様向けの説明をいたします。」
七三分けの髪型に眼鏡とおぼしきものをかけた神経質そうな受付には、実にサラリマン的なアトモスフィアが漂っていた。
説明によると、冒険者はその実績でランクを分けられ、受けられる依頼に差が付くが、勇者にはランクがない。また、受けられる依頼の種類も魔物の討伐だけに限られる。勇者にドブさらいだの薬草の採取だので、安穏と過ごされても困るのだろう。代わりに王都に入る際の結界税───その名の通り、結界を維持する名目の税が免除になる。
「他の冒険者と部隊を組むのは一応自由ですが、歓迎はされないかと。勇者様がいると受けられる依頼は限られるので。」
勇者が希少だった頃ならいざ知らず、依頼の制限は別にしても、冒険者にとって勇者は優秀な商売敵というポジションなので、好意的に思われることは少ないらしい。勇者が討伐依頼しか受けられないのは、冒険者の仕事を必要以上に奪わないためでもあるのだろう。
それでも寄ってくる相手には何かしら下心があるので、注意するよう言われる。元よりしばらくは二人でやっていくつもりだったから、別にそれは構わなかったが。
「それで、適当な討伐依頼はあるか?」
「紹介状をお持ちということは、勇者様は[治癒]を覚えたばかりですね?」
「そうだな。」
「討伐依頼は主に進化した魔物など、強力な個体相手にしか出ません。今は時期尚早かと。」
賞金首みたいなものか。人間でも凶悪な盗賊などには懸賞金がかけられているようで、読めないがそれらしき似顔絵付きポスターが壁に貼られていた。
あらためて適当な狩りの相手を教えてもらう。
「今はホーンラビやダーティリザード辺りが狙い目かと。」
前者は角のある人間大サイズのデカい兎で、突進で刺されて死ぬ新人冒険者が多いらしい。後者は毒がある全長一メートル程度のトカゲだ。どちらも危険性は少々高いが、それだけ素材が高価になる。これより弱いのになると、楽には倒せるが実入りはよくないようだ。他にもそれぞれの細かい特徴を聞き、王都周辺の地図で大まかな場所を示されたので、覚えておく。
「大体分かった。ところで装備とか整えるならどこがいい?」
「隣にギルドの直営店があるので、そちらでどうぞ。値引きはいたしませんが質は保証できます。」
ついでに適当な宿の場所と、一泊の値段も聞いておいた。渡された支度金を全部宿代に当てれば、二人で四十連泊ぐらいはできるようだが、流石にそこまで自堕落になるつもりはない。たまには一日中ベッドの中にいる日を設けるつもりではいるが。
説明終わりに、受付が紐のついた真っ青なドッグタグらしきものを差し出してきた。
「こちらは勇者様の身分証明に使います。再発行は難しいので、取扱は慎重にどうぞ。」
ポスターと同じ読めない文字が彫られているが、きっとノアの名前だろう。文字もいずれ覚える必要があるかもしれないと思いつつ、タグを受け取って首にかける。
「じゃあまずは店に行ってみるか。」
「トカゲを狙うなら毒消しを準備することをお勧めいたします。」
「ああ、ありがとう。」
直営店はギルドの建物と繋がっていて、一分とかからず着いた。
「さて、毒消しもいいが必要なのはなんだと思う?」
「ええと……袋があると便利だと思います。」
ノアは防具辺りを考えていたが、ネルフィアからは想定外の答えが返ってきた。
「袋? 今持ってるこれではなく?」
「これではなく、見た目よりもずっと多くのものが入る魔法がかかった収納袋です。生き物は入れられませんが、あると便利だと聞きます。」
「なるほど、軽々と荷物が持てるようになるのか。」
「あ、いえ、重さは変わらないみたいです。」
そこまで便利ではなかった。それでも魔物狩りで素材やらが大量に出れば、持ち運びが楽そうではある。果たしてそこまで狩りの効率が上がるかは別だが。
「んー、その値段だと最小サイズのひとつ買ってカツカツだな。」
収納袋が並ぶ棚の横に、大人一人ぐらいは余裕で入りそうな樽が置いてある。これが何樽入るかが容量の目安であり、最小サイズでも二樽は入るらしい。収納袋の口の広さが入れられるものの大きさを決め、それらが広いほど高価になるようだ。とりあえず保留しておく。
「ちゃんとした武器とかは順当に高いな。」
最初の街だから大したことのない装備しかない、なんてことはもちろんなく結構な品揃えだ。何せ王都の冒険者ギルド直営店である。軍資金で銅の剣は二本買えるぐらいだが、ちゃんとした鋼の剣とかは軽くその十倍はする。兵士御用達のジュラルミンの鎧は更に高い。会計と店の警備を兼務しているであろう、筋肉モリモリマッチョマンのハゲたおっさんの背後の壁に掛かっているのは如何にも魔剣っぽく、値段を聞くのも怖い。
「ネルフィアが得意な武器はその棍でいいのか?」
「はい、強いて言えば得意なのは槍ですが、これは父が手作りしてくれたものなので……。」
亡き親父さんは槍を使ったらしいが、それでネルフィアも長物の扱いを学んだらしい。ノアが自分だけで戦うという選択肢もあったが、本人がやる気があるので水を刺すこともないように思える。いずれはネルフィアの武器も換えることになるとは思うが、今はこれでいいと判断することにした。
「絆の腕輪もあるな。となるとこっちが縄紐か。」
「しばらくの間はご主人様の成長を重視してもいいと思います。長く戦いにお連れくださるつもりなら、いずれは必要になると思いますが……。」
縄紐ひとつで軍資金の四分の一程度。ふたつはないと意味がないので実質半分ぐらいか。これも一応候補に入るか。
武器は銅の剣以上になると、レイピアみたいな刺突剣が買えるぐらい。あとは革製の防具類なら安いのが結構ある。それでも革鎧とかは縄紐よりちょっと上と結構高い。候補は大体こんなものだろうか。
「……よし、決めた。」
まず安かった革の帽子と、同じく安い貫頭衣みたいな革の服をふたつずつ。これだけで革鎧ぐらいの値段だ。服は既に着ているが、ゲームと違って服を二重に装備できないなんて縛りはない。重ね着した服には割と侮れない防御力があるのだ。帽子は頭部を守るためにないよりはいい。[治癒]のおかげで多少の負傷はなんとかなると思うが、即死しかねない頭部へのダメージはなるべく減らしておきたい。絆の縄紐もふたつ購入する。
「ネルフィアも成長すればそれだけ安全になるからな。」
「はい、ありがとうございます。」
頭を下げる彼女から『感謝』が伝わってくる。賦活師としての技能にも期待しているが、戦いで彼女を失いたくはない。その可能性を少しでも下げたかった。
最後に毒消しをふたつ購入し、三泊分程度の宿代が残る。袋と武器はまたの機会だ。なんとか稼いでまたここに来たいものである。




