外れスキル『方向音痴』の俺はギルドを追放されて彷徨ううちに、いつの間にか異世界日本でユーチューバーになっていたんだが
その日の朝、俺は定宿で目覚めて、いつも通りギルドに向かった。スキル「方向音痴」のせいで迷いやすいが、1年以上通っているギルドへの道は、さすがに間違うことはない。
ドアを押し開けると、カウンターの中にいる美人受付嬢が眉をひそめて俺を睨んだ後、気の乗らぬ様子で手招きした。
「ハルトさん、ギルド長がお待ちですので、二階の応接室へ行ってください」
「ん?何の用事だ?指名依頼か?」
「……」
「二階の応接室ってどこだっけ?ミアちゃん、案内してくんない?」
「嫌です!この前もハルトさんを依頼主の家まで案内してたら、何故か隣町まで行っちゃったじゃないですか!金輪際ハルトさんの案内はいたしません!」
俺の固有スキル「方向音痴」は、自分が道に迷うだけではなく、周りにいる人を巻き込んで、思いがけないところに連れて行くという珍しいものだ。このスキルには苦労させられた。しかし迷ったせいでお宝にありつけたり、危険から逃れたりできたし、結局最後はいつの間にか家に帰りつけるので、悪い事ばかりじゃない。
子どもの頃からなぜかこのスキルだけ成長著しく、今ではスキルレベルSSSという他に類を見ない実力の持ち主だ。
一般的にはスキルレベルはAが最高と思われていたので、俺がギルドで鑑定を受けた時はどよめきが起こった。
スキルSSSレベルの男として周囲の期待も大きい俺だが、ギルド長は何の用事だろう?
30分程建物の中を彷徨った挙句、ようやく応接室に辿りついた。
「おはようございます。ハルト、入ります」
「ああ、今日は早かったな」
「そうですね。この応接室ももう4回目ですから。今日は指名依頼ですか?」
「……いや。君には悪いが、このギルドをやめてもらえないか?」
ギルド長は気まずげにちらりと俺を見ると、手元の書類に目を落とした。
「なぜですか!俺はこれまで、一度も依頼を失敗したことがないんですよ」
「確かに君は、失敗はしていない。だがな……」
◆◆◆
先日の依頼は、西の山に出たイノシシ型の巨大な魔物の討伐だった。一緒に仕事を請けた冒険者仲間と山に登っていった俺は、いつの間にか地図に載っていない洞窟に入り込んでいた。もちろん仲間たちも一緒だ。
「おい、ハルト、ここどこなんだよ」
「俺が知るわけないだろう。お前についてきたんだから」
「ちっ。SSSめ、仕方がねえ。出口を探すぞ!」
洞窟を彷徨う事5日間。
俺達の目の前には巨大な古代の神殿があった。神殿の奥には一本の剣が祭られていた。いつから置いてあったかもわからないのに古さを感じさせない、美しい剣だ。飾りは最小限でシンプルだが、切れ味の良さそうな刃が輝いている。そばには同じく実用的な鞘もあった。
何気なく剣を手に取った俺だったか、危うく取り落としそうになる。剣が語りかけてきたのだ。
「お前を我が主と認めよう。さあ、天に向かって我が力を解き放つのだ」
「お、おう」
言われるがままに剣を両手で持ち直し、高く天井に向かって掲げる。すると剣から一筋の光が天井の岩まで伸び、そのまま岩を突き抜けてさらに上へ上へと……
「やべえぞ、ハルト、天井が崩れる!」
俺は剣を持ったまま動くことが出来ないが、仲間の冒険者たちは我先にと逃げていった。
天井からは轟音が響きパラパラと岩が落ちてくる。そして、ひときわ大きな破裂音がした後、ついに青空が見えた。そして、剣が開けたその穴から、巨大なイノシシが落ちてきたのだ。
「うわっ」
飛びのいた俺の目の前に、イノシシ型の魔物が墜落して、そのまま息絶えた。
剣は満足したかの如く、光を消して、今では普通のごくありふれた剣の様相をしている。
イノシシ型の魔物の討伐証明部位を切り取って、仲間たちが逃げたであろう方向に向かって走ること数時間。ふと気付くと、山のふもとに出ることができた。そこには仲間たちも全員いた。
「合流出来て良かった。ほら、魔物は討伐したぞ」
「何故……は、ハルト、あぶねえ、走ってこっちにこい」
「なんだなんだ?」
こっちに来いと言ったまま、仲間たちはまた俺を置いて走り去っていく。慌てて追いかける俺の背後で、轟轟と音を立てて山が崩れていた。土煙が俺の背中を押す。振り返ったとき、依頼で入るはずだった山は、影も形もなく、ただ土砂に埋もれた平地だけがそこにあった。
◆◆◆
「ということが、先日の依頼ではあったな。その前の依頼では……」
「いやいや、ギルド長。あの依頼では被害者も出さずに魔物は退治したし、その前の依頼もそうだっただろう?」
「『被害者』はいなかったかもしれんが『被害』は甚大なんだよ、君の場合。唯一その遺跡とやらから持って帰った剣も、君にしか扱えんから山の持ち主に賠償を支払うことも出来なかった」
「この剣は今では俺のペットのようなものですから、持っていかれても困ります」
「要らんよ。鑑定してみたら、その剣のスキルは『常識破壊SSS』じゃないか。つまり君がその剣を持っている限り、依頼を請けることによって大きな被害が出る可能性があるってことだ。頼むから、ギルドをやめてくれ。できればこの街から出て行ってもらえないだろうか」
ギルド長は、そう言うと、静かに頭を下げた。
そこまで言われては仕方がない。俺は重い足を引きずりながら、定宿へと帰り着いた。
3時間半かかって。
宿へはすでにギルドから知らせが来ていたらしく、荷物をまとめて出て行って欲しいと言われる。俺は少しの着替えと相棒の剣を手に、宿を後にした。
宿屋のオヤジがせめてものはなむけにと、弁当を用意してくれたのが地味に胸を打った。
◆◆◆
宿を出て、町を出て、俺は歩いた。時折現れる魔物を相棒で倒して、通りかかった村で売る。そんな気ままな旅だ。
町を出てどれくらいたっただろう。
濃い霧を抜けてふと、気が付くと見知らぬ巨大な建物が林立する大きな街の中に立っていた。これは本当に人が住む街なのか?幻では?
呆けて上を見上げていた俺は、気が付くと大勢の人に取り囲まれていた。
「だいじょーぶですかー?」
「キャー、かっこいい!本格的なコスプレですね!写真撮っても良いですか」
「おー、すげー。やっぱこういうイベントにはここまで本格的じゃないと目立たないか」
「ねえねえ、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
大勢の変わった服装の男女に取り囲まれて、ギルド証に似た板を向けられた時には何事かと思ったが、俺がぼんやりしているうちに、その中の数人が俺をひっぱって行った。そこには不思議な匂いの食料が売っていて、周りを見れば歩きながら手掴みで食べているものも多い。
手掴みでものを食べるなど、冒険者しかしないはずだ。ということは、ここはこの街の冒険者が集まる店ということだろう。
彼らはどうやら俺に新たな居場所を提供してくれるらしい。
腰の剣が震えた。
「さあハルトよ、この新しい世界で、我を解き放つがよい!」
「お、おう」
相棒の剣に言われるがままに、俺は彼を高く掲げた。相棒はその先から、輝く光を空に向かって放った。
「すげえな、その剣。どんなギミック使ってんの?」
「わー」
「かっこいい!」
「いいね!」
光は空に吸い込まれて消えていった。剣は満足したかのように、黙って鞘に収まる。
数分後、はるか上空から目の前に何かが落ちてきたが、それは俺には関係のない事だろう。
側にいる人たちに、この街でのしきたりを習い、持っていたものを換金してもらった。少額のコインも高価な金貨も同じくらい高額で買い取ってくれたのは驚きだ。
そして、この街でのギルド証にあたるらしき「スマホ」というものも、無事手に入れることができた。
今、俺は道に迷っている。
迷っているが、大丈夫だ。このギルド証「スマホ」がある限り、俺はどこにいても世界と繋がる事ができる。
あ、洞窟だ。入ってみよう。
今度はどんな遺跡が見つかるだろう?それとも金塊か宝石か。
俺はいま、ギルド「ユーチューバー」のSSSランクの冒険者なのだ。