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転生した俺はやっぱり何もしない

作者: まう

 よくある、現代日本のニートや劣等なクソオタが、レベルやスキルのあるRPGの様な世界に召喚されたり、転生した途端、生き生きとして活動的になる、なんて展開。

 あれは、嘘だ。

 証拠(ソース)は俺。

 俺は、所謂「転生」タイプに分類される主人公と言えるだろう。

 前世は、就職氷河期に微ブラック企業で使い潰され、一度はニートまで落ちぶれたものの、なんとか再就職して細々と働き暮らす、貧乏オタだった。

 健康や老後の不安を抱えつつ、細々と生きていたのだが、不摂生と荒れた食生活が祟り、ある朝、いきなり倒れてお陀仏、という結末を迎えたのである。

 そして、白い空間とか見知らぬ天丼とかは無く、ある日、唐突に五歳の糞ガキである自分に気が付いたのが、始まりとなる。

 俺には、五歳までの僕の記憶と、四十ウン歳まで生きた俺の記憶が、両方ある。

 どうやら、四十ウン歳の俺は自分が死人だからと遠慮して、五歳の僕を押し潰さないよう、気を使ってくれたようだが、五歳児のうっすい経験なんて、幾ら他人事とはいえ四十ウン年分の記憶の前には、天上一品ラーメンに注いだレンゲ一杯の水みたいなもので、無垢な幼児はあっという間に死んだ魚の目をした幼児にクラスチェンジを果たしたのである。

 まあ、ここまでは良い。

 テンプレ、テンプレで済む話だ。

 熱を出した後、腐った魚の目をするようになった幼児こと俺、伊藤悠真(いとうゆうま)は、心配する両親に病院へ連れて行かれ、そこで驚愕する事になる。

「転生者ですね。どうやら前世の記憶が戻ったようです。頭痛と解熱のお薬を出しておきますので、記憶についてどうするのか、よく相談して決めてください」

 …と、白衣の医者は、事もなげに言い放ち、あろうことか、両親は「まぁ」「おやおや」と少し驚いた、と言う声を上げただけで、納得したのである。

 よくある、前世の記憶と新しい家族との間に起きる葛藤とか、必死に前世の記憶を隠す演技とかが要らなくなったのはありがたいが、前世日本で、お医者様が真面目な顔で「転生者ですね」とか言い出すとか、ありえない訳で、俺はようやく、この世界が、前世と違う世界じゃないか、と気が付いた。

 会話は日本語だし、周囲には漢字とひらがなが溢れ、家は現代建築で、家電も普通にある、そもそも悠真とか日本名だったから、てっきり単なる転生だと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。

 慌てて五歳までの僕の記憶を掘り返し、よくよく考えてみると、パパもママも、なんか魔法みたいなの使ってるわ、テレビのヒーローは勇者のジョブ持ちでスキル攻撃とか言ってたわ。

 自宅に帰ると、苦いお薬を飲まされ、家族会議が始まった。

 長いので要約すると、転生者という、前世の記憶を持って生まれてくる子供は、一定数存在しており、前世の記憶や知識が上乗せされる分、早熟で優秀な子供に育ちやすいと言うメリットがある半面、前世の記憶が理由で家族に馴染めなかったり、強い恨みの記憶などを引きずっている場合、問題を起こしやすいので、そうした問題がある記憶の場合は、投薬と白魔術によって記憶を封印した方が良いのだと言う。

 幸い、そうした前世持ちは、記憶が戻ったとたんに暴れる事が多く、むしろ大人しくなった俺のような場合、記憶を封じない方が良い事が多いらしい。

 俺は、異世界の転生者である事だけは隠しつつ、前世の記憶が四〇代で亡くなった男性である事、その記憶で今までの記憶が消えた訳でなく、間違いなく伊藤悠真の精神が継続している事を伝えると、両親は記憶については俺本人の意思に任せると言ってくれた。

 俺自身、今更記憶を失って、何も知らない五歳児から勉強をやり直すぐらいなら、転生者の記憶でゲタを履いた方が楽だと思ったし、あっさりと記憶を残す事に決め、伊藤悠真として生きて行く事にしたのである。


 さて、この頃までは、「転生チートとかできるかなぁ」とか緩い事を考えていた。

 だから、転生者として五歳児らしからぬ勢いで情報を集めまくった。

 新聞やテレビはもちろん、インターネットや図書館の本まで、手広く調べた。

 なんとなく、子供の頃から訓練すれば、他人より成長できるのではないか、とか、初期ジョブやスキルの隠れた組み合わせや、思いがけない使い方で、チートできるのではないか、不遇スキルでも、使い方次第で強くなるとか、あるあるだよね、と。

 しかし、知れば知る程に、この世界は前世と同じで、高度に社会的な枠組みがしっかりと作られた、近代社会であり、素人がぽっと思いつく程度の試行錯誤は全て試した後であり、転生知識とか、最初の踏み台としては有用でも、絶対的な差にはならない、と言う事を思い知らされたのである。

 前世には「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」という格言があった。

 というか、こっちの世界にも一言一句違わぬ格言があった。

 簡単に言えば、凡人が転生しても、一五歳の頃にはアドバンテージを失い、成人する頃にはやっぱり凡人で終わるよ、と言う身も蓋も無い格言で、転生者の自戒の句なのだそうだ。

 これだけでは、なぜ、最初の結論に達するのか、判らないだろうから、こう結論するまでに得られた情報を、まず共有するところから始めよう。


 この世界はとても、おファンタジーな成り立ちで生まれた。

 闇の神と光の神、そのどちらにも組しなかった無数のザコ神がこの世界を舞台ににして争い、その尖兵として生れたのが、この世界の生物だったらしい。

 その戦いは、闇の神と光の神の相打ちで終わり、戦いの余波でザコ神の大半が亡び、残りは逃げ去って、この世界は神から見捨てられたらしい。

 しかし、神々が倒れた後も、戦いの道具として生み出されたこの世界の生物は、一万年に亘って殺し合いを続け、永遠に戦乱は続かと思われた…が、二〇〇〇年ほど前に、闇の神によって生み出された種族の中で最も強大な勢力を誇っていた一族が、異世界から魔王の召喚に成功し、一気に光の神が生み出した種族たちは劣勢に追い込まれた。

 そこに颯爽と登場するのが、光の種族によって召喚された勇者様だ。

 勇者様に加え、光の種族代表として賢者、聖霊騎士、武仙の三名が選出され、彼らは暗黒大陸へと乗り込み、魔王と吸血鬼の王を討ち取った。

 めでたし、めでたし。

 これにより、暗黒大陸は闇の種族が主導権を巡って争う戦国時代へと突入し、光の種族は滅亡の淵から救われたのである。

 非常にありがちな話だ。

 ありがちではなかったのは、この後の話になる。

 召喚された勇者様は、元の世界には帰らず、彼の世界の知識を、光の種族にタダ漏れに漏らしまくった。

 その言葉は記録され、書物として残り、技術的な発想として使われた。

 ゼロから生み出す労なく、最終的な完成形、それも実現する事が判っている物を目指せばいいのだから、一気に数百、いや千年以上の飛躍を果たしてしまったのだった。

 森の妖精(エルフ)は、林業と土木建築事業者に。

 大地の妖精(ドワーフ)は、鉱山経営と大規模製鉄業者に。

 海の人魚族(マーマン)は、港湾と造船と海運業者に。

 草原の妖精(ゴブリン)は、陸運と都市間情報網を担う情報通信業に。

 人間(ヒューム)は、銀行業を営む超富豪か、農家か、資本家に使われる中層から下層労働者に。

 種族ごとに得意分野で技術的成功と利益を上げ、その利益を運用し、近代化への道をひた走った。

 こうして、最初の勇者召喚から二〇〇〇年経った現在、魔法と科学を併用した産業革命から、大航海時代、こちらの世界と似たような血なまぐさい戦乱の歴史を経て、現代に至った訳である。

 この二〇〇〇年の間に、同胞の殺し合いで高度に発達した魔導兵器は、中級以下のスキルを凌駕する性能を持ち、何より、安価に大量生産が可能だった。

 その結果、闇の種族は単なる害獣まで落ちぶれ、ドラゴンは火吹きトカゲ、死の代名詞だったダンジョンはレア素材鉱山へと堕した。

 そう、現代に於いて、中級以下のスキルは全て、金銭で購えるものでしかない。

 だから、中級スキルまでしか覚えない基本職(コモンジョブ)と呼ばれる戦士、魔術師、僧侶、盗賊に生まれついた場合、レベルアップ時の成長差はあれど、ジョブスキルなんてものは、機導杖やライター、低級回復薬以下の価値しかない。

 今や、一〇歳の誕生日に発現するジョブなんてものは、神の遺した恩寵というよりは、向き不向きを示す、血液型占いより多少マシな指針という扱いになっていた。

 そもそも、基本職(コモンジョブ)を持って生まれる99%の凡人だと、命がけのダンジョン探索者になるぐらいなら、日雇い労働者か派遣で働いた方が、安全で実入りが良いのだから、戦闘系スキルと言う物の価値が、そもそも低い。

 では、残りの1%の上級職(レアジョブ)はどうか。

 上級職(レアジョブ)を発現した場合、国から書類が届いて、上級職専門学校に通うか、基本職(コモンジョブ)に転職して、平凡に暮らすかの二択を迫られる。

 上級職(レアジョブ)の中には、魔導具で再現できない上級スキルを扱うジョブが含まれている為、国が管理する必要があり、職業選択の自由を捨てて、上級職専門学校へ通い、上級公務員を目指すか、危険の無い基本職(コモンジョブ)へと下位転職する事で、職業選択の自由を得るかと言う選択をする事になるのだ。

 ただし、上級職(レアジョブ)でも中級以下のスキルしか持たない重装騎士や吟遊詩人、白魔剣士や黒魔剣士といったハズレ職の場合、基本職(コモンジョブ)に転職し無くても良い、と言う例外はある。

 スキル的に不遇でも、上級職(レアジョブ)は能力値の成長上限が高く、同レベルなら基本職(コモンジョブ)より能力値は高くなるので、就職に有利になる為だ。

 ここまでの話で、なんと夢が無い、と思ったそこのキミ。

 その判断は早計だ。

 もちろん、例外はある。

 特級職(スーパーレアジョブ)と、超級職(ウルトラレアジョブ)だ。

 特級職(スーパーレアジョブ)は、一万人に一人。超級職(ウルトラレアジョブ)は一〇〇万人に一人の割合で発現する、極めて珍しいジョブで、極一部のハズレ職以外は、魔導具で再現できない上級スキルどころか、ジョブ専用のエクストラスキルを持ち、極一部のハズレ職以外は、上級公務員、それも幹部候補生(キャリア)が約束されている。

 少しレベルを上げてやるだけで、上級職(レアジョブ)なんて軽く超越した能力値に、上位互換の強力なスキルを身に付ける彼らは、特級ダンジョンで激レア素材を掘るだけで億万長者であり、研究職に就いて、新しい魔道具を開発すれば、特許料でウハウハだし、軍人として最前線に立てば、名誉も思うがままである。

 ……本来なら。

 特級職(スーパーレアジョブ)程度なら、毎年一〇人くらい誕生するので、ある程度の情報公開もされるのだが、数年に一度しか現れない超級職(ウルトラレアジョブ)ともなると、重要国家機密であり、戦略兵器より希少な切り札となる。

 ハッキリ言って、この彼らにはもう、個人の自由とか存在しない。

 一〇歳でジョブが発現した時点で親からも切り離され、お国の為にと洗脳教育されると言うアレさ加減であり、むしろ発現しなくて幸せだよね、とか言われちゃう。

 ごめん、なんと夢が無い、と思ったそこのキミ。

 キミが正しい。

 と言う訳で、ジョブもステータスもスキルもレベルもダンジョンもあるんだけど、就職に有利なのは、レベル上げくらいだし、それだって基本職(コモンジョブ)の低い能力値上限があるから、大した差にならない。

 結局、コミュニケーション能力とか、リーダーシップとか、スキル外スキルと呼ばれる、ステータスプレートに記載されない能力が求められる訳で、なんら前世の社会と変わらない、と言うか、むしろステータスが数値で表現されるお陰で、能力値の数値で足きりされる事が多いまである。

 五歳の時に記憶を取り戻した転生者の俺だが、七歳の小学校入学を前にして絶望感で一杯だ。


 もちろん、魔法が使えるって、ワクワクした事もある。

 しかし、日常的に使っている家電とそっくりな魔道具を使う度に、電気で動く家電に囲まれた生活と、何ら変わらないと痛感する。

 魔力で動いてるか、電気で動いているか。その違いを理解できるほどの知識がある訳でもない。

 電子レンジが、電磁波で温めてくれるのは知っているが、電磁波を出す部品の仕組みは知らない。

 それが、魔道具に置き換わったとして、俺にとっては、何の違いも判らないのだ。


 それでも、ダンジョンがあるじゃない!!

 …と思うだろう。

 今の豊かで平和な世の中に於いて、命がけで高価な報酬を目当てにダンジョンに潜るダンジョン探索者は、元の世界における、外国人傭兵とかのイメージに近い仕事になる。

 もっと安全で稼げる仕事なんて、先進国に幾らでもあるのに、わざわざ命がけの戦場に、年収五〇〇万程度で行っちゃう人達だ。

 もちろん、特級職(スーパーレアジョブ)とか超級職(ウルトラレアジョブ)の人達なら、希少極まる素材をダンジョンの最奥から取って来られるから、稼ぎの桁が違うんだけど、上級職(レアジョブ)の人だと、ダンジョン中層に行って帰るのが限界であり、死亡率一割強という危険な探索と引き換えに得られるものは、運が良ければ数千万、悪ければ数十万、下手すれば治療費で赤字とか言う世界。

 成功者と呼ばれる一握りの人達ですら、三〇代までに一億稼いで引退するのが限界なのだ。

 むしろ、ダンジョン探索で鍛えた暴力を手土産に、マフィアの用心棒とかに転職する方が一般的とまで言われる世界であり、宝くじで一等が当たる確率より、ダンジョン探索者で成功する確率が低い、と言われてる状況で、ダンジョン探索者を目指すのは、親不孝と言う物だろう。

 この世界には、ジョブもスキルもレベルもダンジョンもある。

 チートだってある。

 しかし、それらが、個人の自由や幸福とは必ずしも直結しない世界。

 そして、元の世界でもコミュ強でもなく、活動的でも無く、人に誇れる何かを持って居た訳でもなく、ただ消費するだけの生き方しかできなかった俺は、その現実の前に、やはり怠惰に沈むしかない。

 

 俺は、一〇歳になる前に、両親に相談して、俺の記憶を封印して貰う事に決めた。

 俺の記憶の無い、まっさらな俺の方が、マシに生きられるのかもしれないと思ったからだ。


 そして、記憶封印の施術が実行された翌日…

 僕は思った。

 僕はなんて馬鹿なんだ、折角転生した記憶を持ち越して、勉強で楽が出来たのに!!

 その時、記憶の底に沈めた俺が、ため息をついたような気がした。

2017/11/16 誤字修正

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