第九話 疑問
ミルナの化け物じみた実力を目の当たりにして、心の内にあった疑問が一個解決した。
護衛もなしに新人ギルド役員二人を、魔物が蔓延る大森林が道中にある旅路に放り込む。
ギルド役員というのは基本的に優秀な人材であり、間違っても簡単に代用の利く消耗品ではない。
まして、俺とミルナの場合はどちらも首席を取れるような期待の新人だ。
いくら現役のギルドマスターであるエルフィリアが同行しているとはいえ、一泊二日の旅路にはこころもとない面子だと言えよう。
可愛い子には旅をさせよ。
子は子でも、獅子の子であれば心配はいらないということか。
腐花猿のようなイレギュラーさえ出しゃばってこなければミルナ一人でも大抵の問題には対処できるということなのだろう。
だとしても、現役のギルド討伐隊員も連れてくるべきではあると思うが……。
鉄蟷螂の群れを殲滅させた後、時々出てくる魔物を撃退しつつ着実に俺たちは歩みを進めていた。
魔物に関してはやはりミルナがほとんど一人で対処していた。
群れを成して魔物が出たとしても、『白炎』という遠距離魔法であくびをしながらでも消し炭にすることができる。
「接近戦専門って言ってなかったっけ?」
「別に遠距離でも戦えなくはないよ。でもこの魔法、戦ってるっていう感じがあまりしないから好きじゃないんだよね……馬車が壊れちゃったから仕方ないかなって」
どうにも、ミルナには戦闘狂の気があるらしい。
『白炎』は彼女の固有魔法の一つとして作った一応は『武器』らしい。
どのジャンルの武器なのだろう。
「二人とも、ご飯できたわよ」
「わーい、ご飯!」
ミルナが無邪気にはしゃいでエルフィリアのところに飛んでいく。
年相応な可愛らしい姿だ。
さっきまで虫けら同然に魔物を駆逐していた人とはとても思えない。
「すみません、食事の準備も任せてしまって」
「いいのよ、このくらい。ミルナさんには魔物の対処をまかせっきりだったし、腐花猿のときはカオル君にも大活躍してもらったから」
日が暮れてからも、一向に森を抜ける気配はなかった。
カール森林は大森林と呼んでもいいくらい格別な広大さを持っている。
王都へのアクセスをよくするためにこの森林を焼き払うという計画が昔立てられたそうだが、広すぎてこの森林を失った後の生態系への影響が計り知れないとして頓挫したらしい。
森林を一つ燃やすなどなかなかに無謀で派手なことを思いつくものだと思ったが、生態系なんて概念がちゃんと存在することにも驚いた。
どんな世界にも環境破壊に異議を唱える者たちは少なからずいるということだろう。
現在時刻はちょうどルナの祈りの時間……午後六時ぐらいといったところだろうか。
一応まだ視界が確保できるくらいには明るい。
完全に暗くなる前に野営の準備を始めた。
そのための道具などはすべて馬車に積んでいて、馬車が壊れてしまった際にこれらの道具の安否も心配されたが、意外と大丈夫だった。
というか、テントの骨組み以外は壊れやすいものはなかったし、実際問題なく準備できている。
夕餉の時間。
森の中であることは変わりないし、警戒は怠れない。
匂いの強い食べ物だとやはり魔物が寄ってきてしまうし、多少味気ない食事になってしまうのは仕方がなかった。
それでも、美人二人と囲む食事の席は新鮮で味のことなど気にならない程楽しい時間だ。
「カオルの旦那、あっしのことも忘れないでくだせえ」
「おっと、これは失礼」
御者の男が、ひょっこりと顔を出す。
ここまでの道のり、治癒魔法をかけながら移動したので彼の打撲の傷もほとんど治っていた。
彼の名前はモブというらしい。
話し方は俗っぽいが、身なりは割としっかりしている。
名前からしてすでにモブ感が半端ないが、あまり気にしないようにしよう。
「カオル君、早く食べよ!」
「ああ」
生まれて初めてのキャンプは緊張感を持ちつつも、今日一日の中では比較的ゆったりとした時間となった。
… … … … …
本格的に夜になり、後は寝るだけとなったころ。
テントの周り半径100mという、そこそこ広い範囲にエルフィリアと俺とで結界の中級魔法を張る。
結界、といっても敵が触れると魔法の術者に敵の接近が伝わるだけの代物だ。
シンプルだが、結界を構成するにはそれなりの技術が要求される。
術者が直接制御せずとも、魔力を結界の設置場所に留めておかなければならないので、相当安定した魔力の操作が必要なのだ。
実地でこのような魔法を使うのは初めてのことだったがエルフィリアの協力もあって何とか上手に結界を張ることができた。
結界を張り終えてテントに入り、地面に敷いたマットに転がって眠る。
荷物の重量が増えるのは好ましいことではないため、テントは一つだけ。
四人全員で入るとなるとやや狭苦しいものがあるが、男性側はむしろ望むべきであろう。
すぐそばに年頃の乙女と、妙齢(?)の美人が横になっているのだ。
最初は緊張したが、慣れれば気にならなくなった。
そうして、皆が横になってしばらく。
寝息だけの音がするテントの中で俺は今後のことについて考える。
今日、周囲を警戒しながらの旅路でエルフィリアから聞いた話も併せて。
俺が配属されることになる『白雪のかまくら』。
ギルドメンバー全員が女性と噂される、ある意味曰く付きのギルドだ。
この噂はどうやら真実らしい。
エルフィリアが肯定していたから間違いないだろう。
それで、今更ながらに疑問が一つ生じる。
ミルナは誰がどう見ても美少女だし、カールの町が置かれている状況を考えると彼女が配属されることになるのは首席の新人という立場としても妥当だろう。
しかし、俺はどうか。
仮に噂が真実だとするならば、何故これまで女性しか配属されてこなかったギルドに男性の俺が送り込まれることとなったのか。
今期のギルドマスター試験に合格した者が男性だけ、というわけでもない。
ミアがいたはずだ。
彼女が結局どこのギルドに勤めることになったのかは不明だが、彼女を配属することにしてもよかったのではないだろうか。
女性のみでメンバーを構成するというもはや伝統と言っていい体制のギルドが、ギルドマスターの後継として男性である俺を選んだ理由。
男女関係のもつれの防止などを理由としてギルドメンバーの性別を統一、というのは別に珍しくもない話だ。
どんなに優秀なギルド役員の面子でも、こと恋愛となると疎くなる。
人の命さえも関わってくるギルドにおいて、恋愛はご法度。
まあ、明確に法律や規則などで定められているわけでもないので他のメンバーが認めさえすれば恋愛しようが何しようが自由ではあるのだが……。
今回の場合は、今更一人二人男子が加わったとしても変わらないから、だろうか。
ギルドマスター試験に首席で合格するような人材でもあるし、仕事に私情を持ち込まない分別もあるだろうと評議会の人間が判断したのかもしれない。
今のところバリバリに私情を持ち込もうとしてるんだけど。
やはりしばらくは大人しくしておくべきかもしれない。
何にせよ、きな臭いのは確かだ。
オーガニア王国のそれぞれの町、都市のギルドについての情報は王都の図書館に保管されてあるギルド情報誌などを利用して一通り集めたが、カールの町のギルドの情報ももちろんあった。
……ただし、一昔前の情報だけ。
最近、特にエルフィリアの何代か前の人物にギルドマスターの座が渡ってからの情報がほとんどなかった。
そしてその一昔前の情報からは『白雪のかまくら』について特筆すべき様な事柄は得られなかった。
ギルドメンバーは相変わらず女性だけだったらしいが、立派に王都の北部防衛地点として役目を果たしていたそうだ。
評議会の評価も高く、何ら誹りを受ける要素もなかった。
ところが、最近になって情報が途絶える。
風に乗って聞こえてくるのは、例の『アイドルギルド』という噂だけ。
他の、ギルドの営業成績や業績、メンバーの情報といったものはいつの間にか知ることができなくなっていた。
うまい話には裏がある。
例のアイドルギルドにはいったいどんな裏が隠れているのだろう。
一応エルフィリアから色々話を聞いたが、やたらとお茶を濁したがるのだ。
どんなメンバーがいるのか聞いても『着いてからのお楽しみ』、だとか、今はどういった問題を抱えているのかを聞いても『町に到着してから説明する』、だとか。
ほかにもギルドの情報を聞き出そうとしたが、俺が肝心だと思っている部分はすべて濁されてしまった。
普通は今後仕事の補佐を任せる俺に対し情報を共有するのが道理だろう。
ミルナも、俺の質問に対するエルフィリアの応答に怪訝な顔をしていた。
「……ふぅ」
テントの外から、虫や夜の鳥が鳴く声が聞こえる。
自然の環境音とともに一晩を過ごすのは意外に心地良いものだが、何だか漠然とした不安に包まれそうにもなる。
今は集団で行動しているからまだいいが、もし一人だったら恐怖さえ覚えていたかもしれない。
俺の質問に対するエルフィリアの反応への疑念。
そして今後、ギルドマスターの補佐としてやっていけるか。ミルナも含めたギルドメンバーが、俺を受け入れてくれるかといったギルド生活全般に対する期待と不安。
それらに夜の森という慣れない環境も合わさって、なかなか寝付けなかった。
「んぅ……」
毛布をかぶってから大体一時間ほどしたころだろうか。
隣で寝ていたミルナが、おもむろに起き上がった。
目をごしごしとこすり、テントの外に出ていく。
(……お花でも摘みに行ったのだろうか)
覗きに行こうとは思わない。
女子の用を足している場面を覗いて興奮するという趣味は持ち合わせていないし、何よりあれほどの実力を持っているミルナなら覗きの一つや二つ看破できそうだ。
バレた時のリスクを考えると、下手したら命すら危ない。
そう考えて俺はそのまま目をつむり続けていたのだが、さらに時間が経っても戻ってくる気配がない。
時計はないので体感時間になってしまうが30分程度は経っているだろう。
明らかにトイレにしては長すぎる。
どのみちこのままでは寝付けそうにはない。
俺は起き上がり、ミルナの後を追いかけることにした。
… … … … …
テントの外に出て辺りを見渡す。
探すまでもなく、ミルナはテントの近くに立っていた大きめの木に登って、太い枝の一つに座っていた。
ちょっとびっくりしたが、彼女の視線の先を見て理解する。
俺が今立っている地面の位置からだと見えないが、ミルナのいる場所から見える物。
俺も見たくなったので、声を掛けることにした。
「おーい、ミルナさん」
「あ、カオル君。おはよ」
のほほんとした返事が返ってきた。
相変わらずの優しい顔で、地面にいる俺に視線を向ける。
「俺もそっちに行っていいか?」
「うん。月、凄い綺麗だよ」
木登り位なら難なくできる。
手足を滑らすようなこともなく、俺はミルナと同じ枝に座った。
太さは結構あるので、人二人分の重量くらいになら耐えられるだろう。
「ごめんね。もしかして、起こしちゃって心配して見に来てくれた?」
「いや、俺も寝付けてなかったから」
「……そっか、よかった」
ミルナははにかんで、視線をもとの場所に戻した。
俺もそれに合わせる。
広がるのは、視界いっぱいの煌めきと、真ん丸のお月様。
厳密には前世の……つまり、地球のものよりはちょっと大きめの衛星。
球形であることは同じだが、それ以外の見た目は結構違っていた。
どういうわけか日によって光り方も違うし、基本的に満月。
そして、光の色も定期的に変化する。
紅色の、ルビーのような原色の光を放つ月を、白青黄色といった優しい色合いの星々が着飾っている。
思わず、ため息が漏れた。
「おお……すごいなこれ」
「うん。王都の街中だと結界とかのせいでここまで澄んで見えないから。王都の外に出ればそこまで珍しい景色でもないんだけど。森の中だとやっぱり空気も美味しいし……それに……」
「……それに?」
「心を落ち着かせたくて」
少しだけ言葉の雰囲気が変わり、真剣みが帯びた。
「……ね、私のこと、ちょっと話してもいい?」
「いいけど、急にどうしたんだ?」
「うーん……これから一緒に働いてく仲だし、それにカオル君は私の上司様になるわけだし……私が討伐員を志望した事情とか話しておいた方がいいかなって」
「……そうだな。あっちに着いてからもちゃんと話をする時間がとれるかどうかも分からないし」
実際には町に着いてギルドに就任してからでも遅くはないだろうが、今聞いてはいけない理由もないので、話してもらうことにする。
「ありがと……」
そうして、ミルナは話し始めた。