08 次元のほころび?
すべての波が去った後、俺はなかなか収まらない荒い呼吸を、徐々に我慢しながら治めると、自分の今の状況を理解した。
…理解できてしまった。
どうやらここは、地球のパラレルワールド。俗にいう『異世界』や『異界』といわれる処のようだ。
そして、こうなったすべての元凶が、今掛けているこの黒い眼鏡にあることも、理解してしまった。
…これはいわゆる『万能ツール』とでも呼べばいいのか。
俺自身の思考を理解して、最適な状況を作り出す。
八百万屋のおばあさんが『あらゆるものがよく見える』と言っていたことを思い出した。
すると、目の前の空き地にゆらゆらと一軒の家が現れた。
見覚えがある。
あの八百万屋だ。
なんでここに?
まだ頭の中に入り込んだ情報が、整理しきれていないようだ。軽くめまいがしてふらつく。
吐いて気持ち悪くなった口元を、革ジャンの袖で拭い、八百万屋に近づいていった。
中に入るとおばあさんは居た。
「いらっしゃい。ようやく来よったの。」と、ほほえみながら話しかけてきた。
俺はまだ少しふらつきながら「これはどういうことなのか、説明してもらえるんだろうか。」とおばあさんに歩み寄った。
話を聞くと、この店は、他の人には見えないらしい。
適性を持った人だけが見える。
その適正は次元を渡る際に起こる最適化に耐えられる魂を持ったもの。
この世界は俺の居た世界の、すぐ隣にある世界。
国の名前は『ヤマト』というらしい。
地形や時の流れはほぼ同じなのに、この世界には魔素が存在し、魔法がつかえるようだ。そのため、そこに生活している人の文化や考え方に影響を与え、独自の文明を構築しているらしい。
『日本』と『ヤマト』へは、この眼鏡を身に着けている限り、自由に行き来できるそうだ。
ただし、日本側のヤマトへの入り口は、今日見つけたような次元のほころびを介さなくては、無理だという。
ヤマトから日本へは、明確にイメージできる場所なら、移動できるらしい。
おばあさんと話しながら、やっとのことで頭の中にある情報の整合性が取れてきた。
…なんだこれ?頭の中に浮かんでいる異世界の星は、地球のそれと何ら変わりない。
つまり、星の成り立ちやその変化についてはほとんど同期しているのだが、魔素があるせいでその性質が若干違っている。当然そこで営む人たちの考えることも変わってくる。人の文明や文化は『ものぐさ』や『探求心』の歴史でもある。
人はもっと楽にできないかと考え、工夫するし、興味が出ればそれを突き詰めようとする。
魔素があり、魔法が使えることで、地球での暮らしで必要だったさまざまな生活に関することが『楽』できるせいで、一部の科学分野が必要とされていない分、進歩していない。そういうことなのだろう。
それにしても頭の中に入ってきた情報は、江戸中期か、それよりずっと前のような時代に感じる。そりゃそうか。時間そのものは同じに流れても、そこで考え、工夫されていく練度ははるかに遅いのだから、仕方のないことだろう。
それにしても、ここは何なんだろうか。
この世界の存在意義というか、なぜこんな世界が俺たちの世界のすぐ横に存在しているのだろうか。
「それはな、この星が生まれた頃まで遡るんじゃが、もともと地球にも魔素はあったんじゃ。その魔素が生き物に変化をもたらし、進化を促した。途中まではそれでよかったんじゃが。それで人類も文明を持ちだして『知恵』を使えるようになっていった。問題は獣が魔素に浸食されて、魔物に変わっていったことじゃ。単純な話じゃが、人類より獣の数の方が多い。その獣が徐々に魔物に変わっていくと、人類が駆逐される寸前まで追い込まれていったんじゃ。人類は知恵が使えるようになってきていたので、生活にも変化が生まれていく。一方の魔物は魔素に取り込まれたが故に、その凶暴性や身体能力が増していった。魔物の中でも知恵が働く者も出てきた。それがわしたち『妖』じゃ。あやかしと人類は共存の道を探した。いろいろと知恵を出し合った挙句、わしらあやかしの長達の力を使って、もう一つの世界を作り、そこに大半の魔素を送り、この世界から魔素をなくしていったんじゃ。わしらあやかしも生きるために魔素がいる。だからすべてというわけじゃなかったんじゃが。これがかれこれ今から1万年前ぐらいの話じゃ。」
…う~ん。驚愕の話だ。
全部理解できてるわけではないが、これが事実ならすごいことだ。だって目の前のこのおばあさんが1万歳を超えてるってことだぜ。
「驚くのはそこか!」
いや、まあ。あやかしっていうぐらいだから、生物をすでに超えちゃってるんだろうけど。まあ、いいか。うん、聞くよ、最後まで話は聞くよ。それにしても俺、さっき声に出してなかった気がするんだが。
「『読心』ぐらい造作もないことさね。」
さいですか。ま、話は早いからいいけどね。
「で、なんで京都のど真ん中の繁華街の木屋町に、そんな危なっかしいもんができてるんだ?」
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20170307
おばばの年齢想定を1万歳に変更しました。
まあ、1,000万歳も、1万歳も超高れ…。ゴホン。失礼しました。