表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木屋町ホンキートンク Ⅰ  作者: 鴨川 京介
プロローグ
5/79

05 鴨川京介という男

 酒を飲むため、バイクでの移動はできない。タクシーを呼ぶことにした。贔屓にしているタクシー会社に電話で予約し、しばし待機。それほど掛からず迎車が来た。京都本社のこのタクシー会社は、某国系のタクシー会社だが、その接客マナー、料金ともに気に入っているので京都ではよく使う。

 あの国の人が、ここまで顧客本位の接客を考えられるのに、日本のタクシー会社ときたら、横柄、傲慢、見るからの愛想笑いで辟易する時がある。特に個人タクシーはひどい。京都だけかもしれないけどね。


 俺は日本を根拠のない批判で、国際的にも恥をかかされているあの国が嫌いだ。


 しかし、個人となると話は別になる。某国人でもいい人はいる。極少数だけどね。

 大阪も多かったけど、京都は特に多いんだ。隣の国の世代を渡った長期滞在者。

 受け皿を作り、まっとうな人間にするための人材教育を、徹底しているこのタクシー会社は好きだ。よく運転手に、その教育の内容を聞く。もちろん話せることしか教えてはくれないが、いつ聞いてもかなり考えられていると思う。


 今日もそんな話を聞きながら、四条・木屋町まで行ってもらう。時間にして30分ちょっとだろうか。意外にいつも早く着くことができる。京都は碁盤の目のようになっているが、あれは洛中でのこと。洛中では東西に走っている筋が、洛外では南北に走っていることがよくある。俺の住んでいるところから四条に向かうまでも、いくつものルートがある。最近では混雑状況までナビで出るので、最適なルートを選択しながら走ってくれる。一時期は地下鉄工事なども多くて渋滞が起こるのも茶飯事だったけど、最近は落ち着いているようだ。


 運営教育で使えるネタをいくつか仕込みながら、四条・木屋町についた。

 料金を払い、タクシーを降りた。完全に雨は上がったみたいだ。傘は持ってこなくて正解だった。


 いつもの待ち合わせの場所である桂川の上、阪急電車の地下出入り口付近で少し待つと、ママさんがやってきた。瑞月(みづき)ちゃん。源氏名しか知らない。

 木屋町でガールズバーをやっているママさんだ。

 木屋町に飲みに出るときは、よく一緒にご飯を食べる。最近は飲みに出るのもいつも一人だから、付き合ってもらっている。一人飲みに行く前に(めし)を食べてるってのは、この年になると堪えてくる。


 …うん、侘しいよね。


 俺は離婚してから付き合った女はいない。結婚生活に懲りたってのもあるんだろうけど、俺自身が結婚に向いていない男なんだと思う。基本独りのほうが気楽だ。気を使わなくて済むし、好きに時間が使える。たぶん俺は孤独死するんだと思う。


 …今更か。


 瑞月ちゃんはいつもの明るい笑顔で、手を振ってきた。


 「久しぶりやんか。元気してたん?」と、いつもの挨拶をしてくる。


 「ああ、かろうじて生きてた。」と、俺のほうもいつもの返事を返す。


 ひと月に一度ぐらいしか最近では飲みに出てないからな。逆に言うと、飲みに出る度に瑞月ちゃんと会ってることになるんだろうけど。気のせいかな。


 美人で愛想がよくて愛らしい。こういう女性はあまり見かけない。特にこの愛らしい(・・・・)っての。年は…結構行ってると思うんだけど癒されるんだよね、笑顔に。

 スタイルはいわゆるトランジスターグラマーってやつだ。結構背が低い。小動物系?なんだろうな。いろんな小父様(おじさま)たちを手玉に取ってる姿は、店でよく見かける。カウンターの中をリスのごとく、色んな木の実を取りにちょこちょこ駆け回ってる、そんな感じ。

 俺なんてのは、たまにしか飲みに行かない客なのに、誘うとほかの用事も何とかしてきてくれる。

 俺は結構惚れているけど、たぶんそういうことじゃないんだろうな。

 いつも飯を食いながらする話は、色恋からはだいぶ遠い話だ。

 主に店の経営、接客教育などなど。

 まあ、なんにせよ、結構楽しいおしゃべりで時間が過ぎていく。これもいつものことだ。うん、ほっとするよな。やっぱりこの時間は貴重だ。


 「もうすぐクリスマスやんか。なんか面白いことあらへんやろか。」と、店でのイベントを相談してくる。俺は過去にやったイベントや思いついたことをいろいろ話していく。こういうブレスト(ブレーンストーミング)しているような会話って好きだ。次から次からアイデアが浮かんでくる。楽しい。


 話の流れで、サンタの衣装を見に行くことになってしまった。結構この界隈には水商売の人対象のブティックなども多い。腹ごなしに歩きながら店を巡っていく。中にはランジェリーショップと見まがうようなお店もあって、少し躊躇する。…少しね。


 なんか今からこの女にそういう服着せて、どこかでいやらしいことでもするのかという目つきで、俺のことを見るのはやめて。そこの店員さん、目つきがいやらしく笑ってるよ?瑞月ちゃんもミニスカサンタの衣装を身体に当てがって俺の反応見るのやめて。おじさんからかうの得意なんだから。わかったから、もういいって。

 散々からかわれて爆笑された後、いくつか衣装を買って店を出た。


 「ああ面白かった。京ちゃんってからかうと面白いんやから。」と、まだ笑い続けながら瑞月ちゃんは前を歩いていく。


 京ちゃんってのは俺のことだ。鴨川京介。これは町に遊びに出るときの偽名だ。


 女の子の源氏名と同じようなもの。夜の街で本名をひけらかすこともない。呼びかけに答えさえすればいい。そういう記号だな。


 イベントで全国を渡り歩いて仕事をしているときに覚えたことだ。いちいち仕事の名刺を出すこともない。連絡とりたいときには、偽名と携帯電話の番号を書いただけの名刺を作っておいて、それを渡すようにしていた。うん、夜の街で悪さすると顔()すんだよ。大阪にいたときは淀川太郎だったかな。そう考えたらいっぱいあるな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ