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木屋町ホンキートンク Ⅰ  作者: 鴨川 京介
プロローグ
4/79

04 そろそろ飲みに出てみたい

 もう少し続けよう。


 普通、イベントプランナーは企画を書くだけで、実施運営を行わない場合が多い。要するに夢を追いかけてるのが現場に出てきたら、やりにくい人たちが大勢いるのだ。


 俺の場合は運営実施まで行うことが多い。それを前提として仕事を受けるからだ。これは会社を興して間もないころ、自分が書いた企画が、どこまでお客様に通用しているのかを肌で感じたいため、現場に立つことが多かったからだ。現場で見たことを次の企画にフィードバックさせ、また企画を考える。このループだ。


 自分で言うのもなんだが、結構好評だったな、俺がやった現場は。そりゃそうだ。意図して書いた企画を、その意味が分かった人間が運営するんだからな。もちろんスタッフへのレクチャーも行う。

 なぜこれが必要なのか、なぜこういうことをするのか。その意味も含めて教えていく。これが、ほかの運営だと少し違うことになる。イベントのほとんどが当日集めたスタッフの取っ払いだ。ひどいのになると「ここに立ってろ」と言われて、延々12時間も一つの場所にボーっと立ってるスタッフなど山ほどいる。

 俺は必要ならメインクライアントを説得してでも、前日リハから教育を始める。まあ、昔はどこもそうだったんだと思うけど、いつの間にか質が落ちたんだろうね。


 どんどん質の落ちていく運営、現場で怒鳴っているだけで何の役にも立たないディレクター、金を出さないクライアント、切羽詰まらないと動かない担当者…。


 いやね。もう末期だと思うよ。


 俺はそんな業界で揉まれて、自分の立場を守るだけのために、平気で切り捨てられ、あることないこと噂をまかれて、15年前に会社をたたんだ。


 大きいものに巻かれていったクライアントが大勢いる中、その波に呑まれなかった人たちが、俺のところに連絡してきた。


 『面白い仕事をやろう』と。


 それがもう15年続いている。会社を興していた時より長いくらいだ。


 この業界、毎年何人か死人が出る。

 こんな業界、他には運送会社ぐらいのもんだろう。ほかの業界と決定的に違うのは自殺者の数だと思う。追いつめられて死んでいく。真面目な奴ほど、生きていくのがつらくなる業界なんだと思う。


 人は追いつめられると逃げたくなってくる。それでも『自分がやらないと』と、真面目な奴は自分を追い込むことで、仕事をこなしていこうとする。


 不真面目というよりも、そこまで真面目じゃないやつは逃げていく。会社を辞めたり、適当にさぼったり。そうやって精神のバランスをとっているんだと思う。そうなってくると、適当にさぼったり不真面目な奴しか業界に残らなくなっていく。40近くなってるのに現場で怒鳴り散らして、偉そうにすることだけが自分の仕事ってやつが如何に多いことか。対クライアントに対しての『言い訳』程度にしか仕事をしない。あとは全部下請けに押し付ける。それが『仕事』だと、本気(・・)で考えてる。


 先年、大手広告代理店で自殺した、新入社員のニュースをネットでもよく見かけた。大手広告代理店だからこそニュースになるんであって、その下請けの中小では日常茶飯事だ。


 徹夜明けで車を走らせ、寒い夜にアイスバーンでスリップして、雪渓に埋もれたまま一昼夜過ごし、全治3か月の社員が自主退社に追い込まれたとか、死んでないってだけで、死にかけたやつらはもっと大勢いる。


 それでもこの業界にしがみついているのは、結局達成感(・・・)なんだと思う。


 他の仕事より、自分が関わることでやり遂げた(・・・・・)と、感じることが多いんだと思う。


 イベント当日のお客様の笑顔、スタッフの笑顔。そういうものを多く見ている奴等ほど達成感は大きくなる。もちろん中には『他で使い物にならない』奴も大勢いる。そういう奴等は、責任も少ないところで自分が得意なところだけを確実にこなすことで、達成感の一翼を担うことになる。適材適所ではある。本人がやりたいことをやり、満足を得る。人それぞれだ。


 俺は『俺にしかできないこと』をずっと探しているんだと思う。


 そのためこうやって、暇ができれば最新のガジェットやニュース、専門書を読み漁っている。

 今は便利になった。25年前にもネットはあったけど、タブレットや携帯情報端末はなかったからな。

 寝ころびながら、次から次と情報を読み漁る。


 いつもより理解(・・)作業(・・)が早く感じる。

 徹夜明けからこっち、体調がいいのもあるけど、やっぱりモノがよく見えるってのはストレスを感じなくていい。眼鏡様様だ。


 外はようやく雨が止み始めた。

 夕闇が迫り、雲はまだ多いが夕焼けが少し見える。

 京都は西から天気が変わるから、わかりやすくていい。

 特に俺が住んでいるところから北を向くと、洛中の天気も良く見える。


 今日は久しぶりに木屋町にでも出てみるか。

 飲み屋のママさんに電話をかける。

 「飯を食おう」と、いつものように待ち合わせを決め、出かける支度をする。


 京都に越してきてからもう10年が過ぎた。


 大阪での仕事を整理し、京都での仕事を模索し、離婚し、転居した。

 まあ、なるべくしてこうなったんだろうとは思う。

 俺のやり方や生き方では無理なんだろう。世の中と違いすぎる。

 ふとそんなことまで頭に過り、ため息交じりに苦笑する。


 さて、飯の時間だ。


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