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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クライノート短編集

The First Step to Approaches You

作者: 秋桜


※この小説には、多少の流血をはじめとする、軽度の残酷描写が含まれます

 庭に植えられたひまわりは、夏の日差しをたっぷり浴びて咲き始めた。そんな平凡な昼下がり、家のチャイムが軽やかに鳴った。

 ドアを開けてみると、そこにいたのは隣に住んでいる、生物学者のラクター博士だった。隣人……と言っても、博士は研究のため世界各地を回っており、顔を合わせるどころか、この町にいること自体が珍しい。

「お久しぶりです、博士。帰っていらしたんですね」

「ああ、本当はもう少し見たい場所があったのだが、少し君に用があってね」

「用? オレに、ですか?」

 魔法生物研究の権威である博士からの用と聞き、少し緊張したオレに博士は微笑んだ。

「なに、ちょっとこの子のことでね」

 そう言うと、博士は自分の背中に隠れている人影に出てくるようにと言った。

 現れたのは、物憂げな顔をした、オレと同い年くらいの女の子だった。

 この地域では珍しい黒髪は頭頂部でひとつに結わえられ、その対比で白い肌がより一層白く見えた。動きやすさを優先した、少し地味なパンツスタイルも男の子っぽくならず、むしろ彼女のスタイルの良さを際立たせていた。

 しかし、それ以上に目を引いたのは、彼女の瞳だった。


 その双眸は、青かった。


 ただの青じゃない。少なくとも、オレが今まで会った人に、こんな色の目をした人はいない。同じ青でも、晴れた空か澄んだ湖のような水色、あるいは深い海のように優しい藍色をしていた。

 でも、彼女は違った。暗く、濃く、冴えた青藍。あえて例えるのなら、青い絵の具をそのまま塗り付けたような、自然に出せるとは思えないほど鮮烈な色。

 そこには温かみがなく、綺麗だと思うよりも先に、何故か恐怖にも似た感覚を覚えた。

「この子はレイル。レイル=アリスフィア。私が引き取った……私の娘だ。ここに住むことになったから、仲良くしてあげてほしいんだ」

 レイルは博士に背を押され、軽くオレに一礼した。

「あ、ジーノ=ラルディクスです。よろしく」

 慌ててオレは自己紹介をし、右手を差し出した。しかし、レイルはそれを一瞥しただけで、すぐにオレに背を向け、走り去った。

「レイル! 待ちなさい!」

 博士の制止にも答えず、彼女は自分の家の中に入ってしまった。

「……ふう、やっぱりだめだったか」

「やっぱり?」

「レイルは、旅の途中でも、ずっとあの調子だったんだ。家事や傷の応急手当などは、驚くほど上手にこなすんだが……人とのコミュニケーションは、ほとんどできていないんだ」

 博士は困り果てたように、そう言った。

「自分の名前とか、必要最小限しかしゃべらない。旅続きで、ひとつの地に長く留まれなかったことが原因かと思ったから、この町に戻ってきたのだけれど……」

 博士の話を聞きながら、オレはレイルの閉じこもった家を眺めていた。

 あの恐ろしいほどに冷めた、けれどどこか悲しげな瞳の青が、忘れられなかった。




 レイルがやってきてから一ヶ月が過ぎた。その日から、オレはレイルと少しでも距離を縮めようと試みた。

 が、進歩があったかと訊かれると、ないと答えるしかない。

 とにかく、まず会話が成立しない。本当に必要な時だけ肯定か否定かを示す以外、まともに反応してくれない。はいかいいえかだって、首を縦に振るか横に振るかの違いだけで、彼女の声を聞いたことはない。

 ……いや、一度だけある。一週間ぐらい経った頃だったか、いつも通り、背を向けて立ち去ろうとしたレイルを引き留めようとした時だった。

『……アタシに、関わらない方がいいよ……』

 小さな、トーンの低い声で、レイルは確かにそう言った。

 結局、彼女から聞けた言葉はそれだけ。他の友達は皆、レイルを『怖い、変な女の子』と言って、相手にしなくなった。

 それなのに、なぜオレはこんなにレイルを気にかけるんだろう。博士に頼まれたから、では説明しきれないほどだ。

 自分でもよくわからない部分もあるが、たぶん、あの瞳のせいだろう。

 最初見た時は、他の人と同じように不気味に感じた。何というか……生きていると感じられないような冷たさだった。

 でも、何度か目が合ううちに、その冷たさの中に揺らめく淋しげな光に気が付いた。まるで覆い隠すように、誤魔化すように、奥の方に押し込めた光に。

 だからオレは諦めなかった。諦めたくなかった。放っておけなかった。

 あの瞳は、まだ少し怖いけど。今日もきっと無言の返事だけだろうけど。それでも、ここで今までの努力を無駄にはしたくなかった。

 そうやって、レイルを探していた時だった。ようやく見つけたレイルに駆け寄ろうとして、オレは立ち止まった。

 何か様子がおかしい。フラフラと、おぼつかない足取りで町の側の森に向かっている。

 確か森には古い祠があったはず。神聖な場所だし、第一祭の日以外は魔物が出て危険だというのに……。

 ためらいはなかった。オレはレイルを見失わないように、森へ足を踏み入れた。




 まるで昔から知っているかのように、レイルは深い森の中を、迷うことなく進んでいく。そのスピードは意外に早く、スピードには自信があるオレでも、見失わないようにするのがやっとだった。それでも必死に、まるで何かに導かれるように進んでいくレイルを追いかける。

 祠のある洞窟にまで辿り着き、レイルは中に入っていく。

 この先には魔物が……。見つかる前に、レイルを連れて戻らなきゃ。

 腰に差した剣を抜いて、オレも中に入った。

 魔力を秘めた鉱石が、暗闇を仄かに照らすなかを必死に走って、ようやくレイルに追いついた。

「レイル! ここから先は危険だ! 一緒に戻ろう!」

「……呼んでる……」

 久々に聞いたレイルの声。だが、心ここにあらずといった様子で、オレの声が聞こえていないようだった。

「呼んでる……こっちに、来いって……」

「何言ってるんだ? オレには何も聞こえないぞ」

 正面に回ってレイルの肩を揺さぶる。しかしその瞳は虚ろで、首もオレが揺さぶるに合わせてがくがくと揺れた。おまけに、レイルはオレを押しのけ先に進もうとする。

 慌ててレイルを押しとどめようとした、その時だった。

「オイデ……ハヤク……コッチニ……」

「⁉」

 低い声がこだまする。その声に引き寄せられるように、レイルはまたフラフラと歩き始めた。

 その先、暗闇の中に、赤い光が二つ現れた。

 それは巨大などくろだった。光とは、その眼窩で燃える炎。頭部には、ねじくれた二本の角。首から放たれている紫暗の煙が身体を形成し、鋭いかぎ爪を携えた大きな腕が伸びている。

 その異形の魔物に、レイルは怯えた様子も見せずに近づいていく。どくろが、近づいたレイルにその腕を伸ばす。その、死神の鎌のような爪を、レイルの首に……。

「レイルッ!!」

 オレはレイルに横から体当たりすることで、爪の軌道から彼女を外した。地面に倒れた瞬間頭を打ったようで、レイルは小さく呻き声をあげて目を開いた。その瞳は、わずかではあるが光を取り戻していた。

「うぅ……こ、ここは……?」

「オイデ……コッチニ……」

「ひっ!」

 正気を取り戻したレイルは、どくろに見据えられた恐怖で顔を歪めた。身体が小刻みに震えているのがここからでもわかる。すぐにオレはレイルを背に庇い、左手で剣を握りなおした。

「コイ……ハヤク……」

「させない。絶対に!」

 オレはどくろに向かって突っ込み、その顔面に斬撃を叩きこんだ。口から発射された鬼火を切り裂き、振り抜かれた爪を回避し、更に剣を薙ぐ。

 あいつが動けなくなり、オレ達が逃げ切ることができても、たぶんダメだ。逃げても、またレイルは操られてしまう。今ここで倒さないと……。

「ジャマヲ……スルナア!」

 どくろが無数の鬼火を放つ。剣で払い、何とか回避するが、鬼火の三つが、レイルに襲い掛かった。

「レイル!」

 レイルは、座り込んだまま動かない。動けない。

 頭よりも先に身体が動いた。ふたつの鬼火を剣で切り裂き、消しきれなかったひとつを、自分の身体で受け止めた。

「ぐぅ!」

「……ッ!!」

 熱さを通り越して、鋭い痛みが襲う。バランスを失いかけたがギリギリのところで踏ん張り、なんとか体勢を立て直そうとした。が、奴の爪がオレを捕える方が先だった。

「うああっっ!!」

 肩を抉られ、今度こそ地面に倒れこむ。右手で押さえた傷口から、どくどくと血が流れ出る。

「あ……ああ……」

「コイ……コッチニ……コイ……」

 恐怖に怯えるレイルに、どくろはゆっくりと近づく。

 冷たく、無機質だった瞳は、抑えきれない恐怖に揺れている。仮面の様に表情の乏しかった顔も、今は彼女の感情をストレートに映している。

 ……なんだ。レイルだって、普通の女の子なんだ。どんなに冷たく見えたって、きちんと、感情がある。

「……待て」

 オレの声に、どくろが止まった。

 レイルの態度の理由を知るためにも、そして、レイルにこれ以上怖い想いをさせないためにも、あいつを……倒さなきゃ。

 剣を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。血を流しすぎたのか、少しクラクラする。手足に力をこめ、剣を強く握った。

「レイルを……これ以上苦しめるなぁ!」

 一気にどくろとの距離を詰め、その額に剣を突き刺した。そのまま下に引き、顔面を切り裂く。

「グアアアアッッ!!」

 下手をすれば返り討ちに遭いかねない、危険な行動だった。けれど予想以上のダメージにどくろは反撃できずに額を押さえて呻いた。その隙を逃さず、次々に斬撃を加える。何度も、何度も。傷ついた肩が悲鳴を上げるが、それでも腕を止めなかった。

「ガアアア……」

 何度目かの斬撃で、どくろの身体が崩れ始めた。紫の煙も霧散し、鋭かった爪もぼろぼろになり、やがて黒い砂のようになり、サラサラと消えた。

「やった……か……」

 どくろが消えたのを確認した瞬間、オレの身体の力が抜けた。地面に座り込み、荒い息をつきながら、オレはレイルに微笑んだ。

「もう、大丈夫。心配いらないよ」

 その言葉を聞き、レイルの顔から少し緊張が抜けた。しかしその代わりに、今度は悲しげな表情が浮かんだ。

「レイル……?」

「……ほらね。関わらない方がよかったでしょ」

 レイルが呟いた。

「アタシに関わると、皆、不幸になる……」

「どういう事だ?」

「……」

 尋ねると、レイルは黙り込んでしまった。オレはレイルに近づき、隣に座った。

「レイル、話してくれないか」

 そう言うと、レイルはぽつりぽつりと話し始めた。

「……お父さんに拾われる前のアタシは、小さな村に住んでたの。生まれたばっかで捨てられていたアタシを、おじいちゃんとおばあちゃんは、本当の孫みたいに育ててくれた。お医者さんだったから、ケガの手当てとか、色んなことを教えてくれた」

「……いい人達じゃないか。どうして自分が不幸の元みたいに……」

「アタシの倒れていた村……消えてなくなってた」

 オレの言葉を遮るように言った。

「生き残ったのは、アタシだけ。その時の記憶はないから、なんで村が滅んだのかわからない。でも……きっと、アタシのせい」

「な、なんでそうなるんだ? 魔物や盗賊のしわざだろ? それ以外に村ひとつが滅ぶなんて……」

 何とかそう言うが、レイルは静かに首を振った。

「……夢を、見るの」

「夢?」

「村が燃えてて、血まみれの人達が、アタシに言うの。『お前のせいだ。お前がいなければ』って。おじいちゃんの本に、記憶喪失の人は、失った記憶を夢に見るって書いてあって、それで……」

「……自分のせいだって、思ったのか」

 レイルは悲しそうに頷く。

「でも、ただの夢って可能性だってあるだろう?」

「それでも……みんながアタシを嫌ってたのは、怖がってたのはホントだよ。アタシが〈異端者〉だから……こんな、不気味な目だから」

 そう言って、レイルはオレを見た。その、青褪めた瞳で。

「村では、ずっとそう呼ばれた。こんな色の瞳をしている人なんて見たことない。きっと呪われた、産まれちゃいけない異端の子だって。旅で会った人も、魔物みたいだって。おじいちゃんと、おばあちゃん、お父さんだけだったよ。アタシを庇ってくれたのは」

 ただ、淡々と言うレイル。悲しんでいる、というより、どこか諦めにも似た声色だった。

 確かに、最初見た時、オレも怖いと思った。でも、今は……。

「それに今日、改めて分かった。アタシは、人を不幸にする化け物なんだって」

「ち、違う! これは魔物のせいで……」

「魔物がアタシを呼んでた。アタシが呼ばれたから、こうなった。そのせいで、君も……」

 その視線が、オレの左肩に向けられていることにすぐに気付いた。結構深く抉られたそれは、まだ少し血が流れていた。

 レイルはしゃべるのをやめた。ただうつむいて、膝を抱えていた。そのまま沈黙がこの場を支配する。

「……オレさ」

 どれほど経っただろう。意を決して、オレは口を開いた。

「確かにオレ、レイルの目が少し怖かったけど……それ以上に、放っておけなかったんだ」

「……え」

「オレの父さんさ、この国の騎士なんだ。オレも、父さんみたいな騎士になるのが夢。だから、困っている人や、苦しんでいる人を放っておけるわけないだろ? 友達なら、なおさらさ」

「……とも……だち……?」

 信じられないように呟くレイルに、オレは力強く頷いた。

「友達を守れるのなら、こんなケガのひとつやふたつくらい、どうってことないよ」

 強がっていないと言えば嘘になる。きっと熱を持ってしまっているだろう。腕は鉛みたいに重く、傷口がじんじんと熱くうずいている。

 それでもオレが笑顔を浮かべてみせると、オレを見つめていたレイルの目がら涙がこぼれた。

「レ、レイル⁉」

「……ごめん、ありがとう……ジーノ……」

 泣きじゃくりながら、でも確かに、レイルは初めてオレの名前を呼んでくれた。

「……いいよ。どういたしまして」

 オレは笑ってそう言った。そしてケガをしていない右手でレイルの頭をそっと撫でた。

 レイルがようやく泣き止んだ、と思ったその時、レイルがオレの剣に手を伸ばし、それで自分の服の袖を破り始めた。

「ちょ、何して……!?」

 レイルは答えず、布きれになってしまったそれを持ってオレとさらに距離を詰めた。わけがわからず茫然としていると、レイルはそれを器用に組み合わせ、包帯代わりにオレの肩の傷に巻き付けた。

「……今は、これくらいしか、できないから……」

 呟いたレイルはどこか赤らんでいるように見えた。照れているレイルの様子がなんだかおかしくて。この数分間で、レイルのたくさんの表情を見れたのが嬉しくて。オレは笑ってしまった。

「ありがとう。……いっしょに、帰ろうか」

 そう言ったオレに頷き、レイルは初めて笑顔を見せた。


 あの青い瞳は、もう怖くなかった。


        ……to be continued in "Klainaut"


はい、ここまで読んでいただきありがとうございます。秋桜です。


この作品はうちのメインシリーズであるファンタジー【クライノート】の前日弾シリーズの一作目、ジーノとレイルの話になります。

幼馴染といいつつ、実際には10歳ごろからの付き合いな二人。しかもレイルは現在のおてんばっぷりが嘘のように沈んでいます。まあ、今の彼女が過去を乗り越えられているかは……ご想像にお任せします。




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