病み狂い停滞した夜に
月も差さない薄暗い部屋で、私は彼のことを押し倒した。
そして、その男性らしい、太い首に手をかけ、思い切り指を食い込ませる。
彼は必死に抵抗する。やっぱり、彼は私が好きな彼だ。温かくて勇ましい、生きようとする脈のリズムが、私の指先を通して伝わってくる。
ああ、好き。大好き。
貴方の事が好き。貴方の鼓動が好き。貴方の声が好き。貴方の体温が好き。貴方の汗が好き。貴方の匂いが好き。貴方の全てが好き。
全部、愛してる。
なのに、なんで?
「なんで昨日、あの女と二人っきりで話していたの? 言ったよね、私だけを見ていてって」
「だから、あいつとは……………っ!!」
「私は貴方のものだから、貴方も私のものだって、言ったよね? なんで私を見ないの、どうして別の女ばかりをみているの?」
気持ち、より強く。彼の喉を絞める指に力を入れる。
「ううん、知ってる。あの女が貴方の事を好きだって事も、貴方が彼女を傷つけたくなくて、困っている事も」
「……だったら」
「でも駄目。貴方は私だけのものなの。他に行くなんて、絶対に許さない」
……本当は、私だって分かってる。これが間違ってる事なんて。でも、もう戻れないの。
だって、好きだから。
貴方の事以外、もう考えられなくなってしまったから。
貴方が他の女に目を向けるなんて、耐えられない。貴方の視線が他に向けられる事が、堪らなく苦しい。
だから、ずっと苦しみに堪えながら生きていくくらいなら、たとえ死体でも、私の側に。永遠に。
「お願い、私のものになって」
途端、彼は目を見開いた。
なんだか、得心した様に。解答を得たみたいに。
彼は私の手を取り、気道を確保してから、笑った。大笑いじゃなくて、掠れたような、弱々しい笑い。
わたしは少し驚いてしまい、途端に絞める指を緩めていた。
「悪かった。お前の事を見てやれなくて」
彼の口から、その声が溢れてくるのが、聞こえた。直後に、頬を撫でられる感触。
そしてその後、私と同じ狂気を持って、私の首に手を伸ばして来た。
……やっぱり、私の手より大きくて力強い。
拙く私の喉に指をかける。
不思議と苦しくはない。奇妙な安心感があった。
そうか。今、私と彼は同じなんだ。
「分かったよ、俺はお前のものになろう。永遠に」
嬉しくなった。陳腐な言葉だけど、そう形容するしかない。
私と同じ目で、私と同じ感情で、私と同じ事をしてくれているその事実が。
「だから、お前も俺のものだ」
そう、貴方は私を見ていて。
ずっと、ずっと。
「……だからせめて、俺の手の中で」
その後は、もう言わなくても分かる。
お互いの狂気が交わり、愛で縛り合う夜。
最期に、一言。
「………大好き、だよ」
短くてすいません