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この子どこの子

作者: 金巫女

 この子どこの子


ピンポーン。

背伸びして、なんとかチャイムのボタンに手が届いた。

「あら、どなたさまですか」

インターホンからはしわがれた、でも聞きなれた優しげな声。

 また背伸びをしてインターホンに向かって声を張り上げる。耳が遠いから一生懸命やらないと開けてもらえないから仕方ない。

「こんにちわ! ともです!」

「あらあら、ともちゃんね。今開けるから」

ガチャリと鍵が開き、ついでチェーンがガチャガチャと外される音がしてやっと扉が開かれる。 

 出てきたのは僕よりも少しだけ背が高い、真っ白な髪の僕のおばあちゃん。

「いらっしゃい。今日はどうしたの?」

 何時もと同じように僕を歓迎するように、ニコニコしている。

「えー、今日僕が行くのを連絡しとくってお母さんが言ってたのにー」

「そうだったかしら」

不思議そうに首を傾げるおばあちゃん。お母さんはそういう事だけはしっかりしているから、忘れるなんて珍しい。

もしかしたらお母さんが電話をし忘れたんじゃなくて、おばあちゃんが忘れていたのかもしれない。お母さんが最近よく、おばあちゃんは「ちほう」という物忘れの病気なっている、と言っていたからだ。

「そうだよー。早く、これ持ってきてよー」

 ポケットから出したお使いのメモを手渡す。

「じゃあここで待っててね」

 受け取ると、おばあちゃんは直ぐに扉を閉めようとするのを見て、慌てて止める。

「寒いから中に入れてよ」

「……そうね」

 少し迷った後、おばあちゃんが扉を開けてくれて、ホッとしながら玄関に入る。

 寒いのも嫌だったけれど、もしかしたら僕が居ることも忘れちゃうかもしれない。

 それに待っている間にコタツでお菓子も食べられる。

コタツに入りたくて、急いで靴を脱いで玄関を上がる。

 いつも通りお線香のような独特の匂いがした。臭いって嫌がる子もいるけど、僕はこのおばあちゃんの家の匂いが好きだ。

 玄関を上がった廊下のすぐ左が、コタツのある部屋だ。

 ふすまを開けて中に入ろうとするところで、玄関のおばあちゃんに声をかける。

「ねぇ、お菓子食べて良い?」

「はいはい、ともちゃんの好きなのをおあがんなさい」

 チェーンをかけ直しながら、おばあちゃんが振り向いてうなずいてくれた。

 そして、更にもう一つガチャガチャと鍵をかけている。

「やった! ……ねぇ、なんでそんなに鍵を閉めるの? 前はチェーンだってしてなかたよね?」

「そうねぇ、最近ここら辺も物騒なのよ。人さらいも出たって言うし」

「ふーん。そうなんだ」

 お母さんからは特に聞かなかったのになぁ。帰りは気を付けよっと。

 

さっそくコタツに入る。ちゃんとあったまっていた温いコタツに一息ついて、おせんべいのお皿を引き寄せる。

 僕の家では、夕ご飯が食べられなくなるなんて言われてお菓子は自由に食べさせてもらえない。あるとすれば、友達の家かおばあちゃんの家だけだ。

三枚目の煎餅に手を出そうとすると、家の奥にある台所の方から物音と一緒におばあちゃんの声が聞こえた。

「あれ、ここじゃなかったかしら」

 この分ならまだまだノンビリできそうだ。

 近くにあったポットから急須にお湯を入れ、棚から引っ張り出した湯呑にお茶を注ぐ。

うん、やっぱり煎餅にはこれだね。

 ゴトン。

隣の部屋から音がした。おばあちゃんの声がした方とは別。

 部屋の隅にあるドアに目を向ける。

きっと入り口がふすまで、奥がドアなんだろうと皆不思議がると思う。

なんとわざわざ後から作ったかららしい。ここはおじいちゃんが元気だった時に作ったんだと。だからふすまとドアなんてちぐはぐな部屋になっているんだ。今は冬だからいいけど、夏場だと高いところにある窓しかないから、暑くて絶対に入らない。 

 耳をそばだてると、ずっと何かゴソゴソと音が聞こえる。

このドアノブには鍵がかかっていて、あっちからは開かない。一回お皿を割ったときに閉じ込められて凄い怖かったからよく覚えている。

「なんだろう」

 そういえば、さっきおばあちゃんが人さらいなんて言っていた。もし、そうだったらどうしよう。

 おばあちゃんに教えようか。

「いや、待てよ。ネコかも」

 僕の家はペット禁止で、前にこっそり拾ってきた猫もつれていかれた。

だから僕は一層猫が欲しくてたまらないんだ。おばあちゃんがもしかしたら飼いはじめたのしれない。もしくは入り込んだか。

そうだ、人さらいなんてしっかり鍵をかけているんだからいるはずもない。

結局僕はドアの鍵を開けてしまった。


 そこには居たのは人さらいでも、まして猫でもなさそうだった。

 部屋の奥にある押入れから赤い着物の裾と足がのぞいている。

 物音はそこから聞こえている。こっちに気づかずに一生懸命押入れを漁っているみたいだ。

「誰?」

「きゃっ!?」

 声をかけると、びっくりしたのか声を上げる。

「うわっ!?」

 その声に僕はもっとびっくりして、一歩後ろに下がってしまった。

 そんな僕には気づかずにゆっくりとその押入れから這い出てきたのは、僕と同じぐらいの背丈の女の子だった。

 ぴったりの赤い着物に、肩上に切りそろえられた黒い髪も合わさって、まるで日本人形みたいな姿だった。

 女の子は立ち上がっても、まだ俯いたまま喋り出す。

「これはちょっとおもちゃを探して……あれ? おばあさんじゃない?」

 僕の顔見下ろして首を傾げる。

「違うよ」

 どこをどう見たら、僕がおばあちゃんに見えるんだろう。

「あ、そうだよね。じゃあ君は誰?」

最初に聞いたのは僕だったけれども、真剣な様子に押され仕方なく答える。

智弘ともひろ。この家のおばあちゃんは、僕のお婆ちゃんだよ」

「そっか。あー、良かった」

 すると、そう言って女の子は一息つく。表情が少しだけ緩んで、やっとクラスの女の子ぐらいに見えた。

 もう一回聞き返す。

「そういう君は誰なの?」

 少し恥ずかしそうに俯いた後に小さな声でポツリとつぶやくように答えてくれた。

「私は……花子」

「あははっ、変な名前~。い、痛い痛い! ごめん、ごめんって」

 花子に無言で腕をつねられて、慌てて謝りだしても、結局それからたっぷり五秒ぐらいはつねられた真っ赤になっているところをさすっていると、いろいろ聞きたいことを思いついた。

「なんで花子はここにいるの? おもちゃを探してるって言ったよね、ここはおじいちゃんの部屋だったからゲームも漫画もないよ」

「ちょっとおばあちゃんに呼ばれてここにいたんだ。よし、じゃあ君の家に連れてって。今すぐに」

 花子はそう言ったと同時に僕の手を引いて、部屋を出ようとする。女の子の手に少し緊張してしまって、頷いてしまいそうになる。けど、そうはいかない。

 引かれる手に抵抗して部屋にとどまる。

「お使いのものをおばあちゃんから受け取らないと」

「いいから。後で取りに来ればいいでしょ」

 花子はそういって僕の手をグイグイ引っ張る。

「直ぐに終るから待っててよ。玄関はあっち」

「ごめん、案内してもらえる?」

 案内とは言いつつも、グイグイ引っ張っている。待ってくれる気は全くないらしい。

「すぐそこなのに」

 と言いつつ引っ張られていく。

 コタツの部屋を抜けて、玄関へ。チェーンの上にかけられた鍵を、花子は恐る恐ると触っている。そうだ。これを開けなくちゃいけないんだ。

「ねえ、おばあ――」

「馬鹿っ!」

 開けてもらおうと開けた口を何故か花子に塞がれる。花子の怒ったような口調にびっくりして黙り込む。

 でも、タイミング良くおばあちゃんが来た。

「どうしたの?」

「こひょのか」

 花子はすぐ塞いだ手を放してくれた。

「この鍵、開けてくれない?」

「駄目」

 そう言ったおばあちゃんは何時ものと違って、少しだけ怖かった。目が笑っていなかったから。でも僕は何も悪くないはずだ。

「なんで?」

「お使いが終わっていないでしょ。だから、絶対に駄目」

 怒ったような口調に、僕は頷いてしまった。

「……うん。わかった」



傍に立っている花子を見ると、また俯いてしまった。

 おばあちゃんは僕たち二人を見て、何時もの笑顔に戻る。

「あらあら、ちゃんと二人で楽しく遊びなさいよ」

「あ、うん。おばあちゃんは花子ちゃんを知っているの?」

「もちろん。大事なお客様よ。ほら、お菓子持ってくるからあの部屋で遊んでなさい」

「うん、わかった」

僕の答えに満足そうに頷くと、おばあちゃんは僕と花子をあの部屋まで連れて行った。

 わざわざドアまでしっかりと閉めて部屋を出ていく。

「遊ぼうか」

 花子の俯いた顔を、下から覗き込むように首を傾げて聞いてみる。

「……うん。遊ぼう」

 しばらく経ってから、顔を上げて頷いてくれた。


 僕と花子は、お婆ちゃんが持ってきてくれたお菓子を食べたり、お手玉、御はじきもした。見た目通り花子は得意で、全く相手ならずに僕の方からやめてしまった。

お婆ちゃんはなかなかお使いのものが見つけられないせいでお手玉、おはじき、お菓子の三つも飽きてしまう。

「ねぇ、ちょっとあそこに届かないかな」

 花子が見つけたのは高い場所にある、外の光をいれる小さな窓。大人じゃない限りまず届かない高さにある。

「無理だよ。乗れるようなものなんてないし」

 花子が僕を指さして笑う。

「え?」

「土台よろしく」

 四つん這いになって背中に花子を乗っける。

「ねぇ、なんでこんなことするの」

「帰りたいの」

「え? どういうこと」

「あ、届きそう」

 聞き返しても花子は窓に夢中で聞いちゃいない。

「んっと、もう、ちょっと……」

花子がつま先立ちになったせいで、背中が痛くて仕方ない。

 そして、変な所に入ったのか、足先が背中の変なところに滑る。

「い、いたぁっ!?」

 痛みに我慢できず体を倒す。

「きゃっ!?」

 当然、背中に乗っていた花子も倒れる。

半目で僕に唇を尖らせる花子に直ぐに頭を下げた。

「ごめん、ごめん。もう一回やろう……その前にトイレ。ちょっと待ってて」

「……うん。待ってる」 

 悪いけど我慢できないからしかたない。

「トイレ! お婆ちゃん開けて!」

 大声を上げても来なくて、ドアをどんどんしてやっとおばあちゃんは来て、鍵を開けてくれる。

 慌ててトイレに駆け込んだ。

 

スッキリして部屋に戻ってくると部屋には花子がいない。

 代わりにおばあちゃんがいる。

「あれ、花子は?」

 どこを探しても姿が見えない。

「あら、隠れちゃったみたいね。だったら仕方ないわね」

 おばあちゃんはそう言って部屋を出ていこうとする。

 僕には何が何だかわからない。

「隠れた?」

「そうなの、ごめんなさいね」

 僕には背をむけたまんまだ。おばあちゃんにとっては別段普通の事らしい。

「そんなわけないでしょ、本当は?」

 服の裾をしつこく引っ張るとやっとこっちを向いてくれた。

「じゃあ教えるけど、実はあの子座敷童なのよ」

 周りには誰も居ないのにおばあちゃんはヒソヒソ声で話す。

「……そうなの?」

「そう、だから絶対この家に居なきゃいけないの。……智弘を気に入ったみたいだから、また遊びに来てね」

冗談かと思ったけれど、おばあちゃんは冗談を言ってるようには見えなかったし、それにおばあちゃんが冗談とか、ふざけたりしているのを見たことはない。

「じゃあ、今日は部屋を出ましょうね」 

おばあちゃんは僕の手を引いて部屋を出る。しかもドアノブに、どこからか持ってきたのか、玄関のチェーンにかけている鍵と同じような見た目の鍵をつけた。


花子は確かに不思議な子だった。花子の恰好も、おはじきが得意だったのも座敷童ならしっくりくる。

 それになにより、もし普通に帰ったんだとしたら、玄関近くあるトイレにいた僕が何も聞こえないはずがない。つまり妖怪みたいに消えちゃったってことだ。 

 ――だとしたら花子に絶対にもう一回会いたい。なんたって座敷童の友達なんてすごい。やっぱり本人に確認するのが一番だ。また来れば会えるかもしれない。


もう一回部屋に戻って探したいけれど、部屋には鍵を閉められてしまった。

部屋の前にどうしようかと立っていると、おばあちゃんが今まであれだけ時間がかかっていたのが嘘みたいに、お使いのものを渡してくれた。

 お使いのものは袋に入っていた。覗いてみると丸く束ねてある縄だった。僕の親指くらいの太さだ。何に使うんだろう。

 お菓子は十分だし、花子も居ないみたいだからさっさとおばあちゃんの家を出る。

 

 帰り際、あの部屋の辺りを外から眺める。おじいちゃんの増築した部屋は入ったときはそんなに大きく感じないのに、外から見ると結構大きい。僕の部屋と同じぐらいなのに、そとから見ると僕の部屋が三つぐらい入りそうなぐらいだから不思議だ。

部屋には高いところにある窓しか無いから、外からは中の様子は何も見えない。

本当に座敷童なら、あの部屋に僕が見えなかっただけでいたのかなぁ。


待ってるのに時間がかかったから、急いで帰ってお母さんに渡す。

「お使いご苦労様。悪いわね、これちょっと荷造りで使うから。ちょっと時間かかったけど大丈夫だった?」

「うん、待ってる間二人で遊んでたし」

「ん、二人?」

 お母さんが眉根を寄せる。

「あ、えっと……」 

しまった。そういえば花子の事は秘密だと、お婆ちゃんに念押しされている。

 とっさにごまかす。

「近所の子が来ててね」

 適当にしてはうまい言い訳だ。

「へー、そうなんだ、あ、電話電話」

 ちょうど良いタイミング電話がかかってきた。

「PTAの連絡網ですね。え、行方不明!? あ、はい。明日は集団下校ですね。できれば保護者が迎えにくると、次の人は――」

話を聞く限り、明日は集団下校らしい。めんどくさいなぁ。明日またお婆ちゃんの家に行こうと思ってたのに。


もし行けたら聞きたいことがある。

この子はどこの子って。

 



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