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She can not die?  作者: FRIDAY
6/18

06.笑

 


  ●



 笑みを見せた少女は、しかしこちらが何か反応を返す前にすぐに視線を背後へ巡らせて、

「ねえねえ強盗さん。その銃って本物なの?」

 調子も軽く、自分に銃を突きつけている覆面男Dに話し掛ける。対して男は答えない。まるっきり無視している。

 だが彼女は構わなかった。

「ねえねえ、あなた、人殺したことある?」

 粘っこい、背筋に寒気が走るような甘ったるい話し方だ。

「ねえ、ないの? ないのに人に銃突きつけて、それって何か意味あるの?」

 強盗Dは答えない。

 外から、銀行を囲んでいる機動隊の警告が聞こえ始めた。拡声器で、「君たちは完全に包囲されている。速やかに大人しく投降しなさい」というあれだ。示し合わせたようにベタすぎて、とうとう小さく吹き出すと、隣に座っていたおっさんに変な目で見られた。気にしてくれるな。肩をすくめてみせる。

「いっちょ前に拳銃持って、撃ったことないとかチョー格好悪いんですけど。え、マジ?」

「あるさ」とうとう強盗Dは答えた。「この間だって二人殺った」

 そういえば、と彼は思い出した。何週間か前に、他県でも大規模な銀行強盗があったとニュースでやっていた。あのときの死傷者は二十数人。そのうち死者が七人か、八人だったか。

 あの強盗が、この男たちなわけか。本当に人を殺したことがあるわけか。警察、いや機動隊の出動が迅速だったわけだ。さすがに彼も笑えなくなってきた。

 だが少女は構わない。

「えー、ちょっと信じられないんですケドぉ。え、あれ? オジサンもしかして今手震えてない? うわ、マジでサムいィ」

 バカ丸出しの口調だった。挑発しているとしか思えない、いや明らかに挑発している。挑発などするべきではないというのに。

 殺されるかも知れないのに。

 周囲の人間は固唾を呑んで見守っていた。恐らくは、例え少女が殺されることになろうともどうか自分にまで火の粉が飛んできませんように、と各々必死で祈っていることだろう。

 その後も同じ調子で彼女は強盗Dに話し掛け続けて、さすがに堪えきれなくなったらしい。辟易した様子で強盗Dはとうとうリーダーに、

「リーダー」

「ああ、いいぞ」

 リーダーもどうやら苛立っていたらしい。金を引き出しに行った手下がもたついているのもあるのだろう。すぐに頷いて、言った。

「やれ」

 今の二人のやりとりに具体的な内容は一切含まれてはいないのだけれども、やれ、ということはつまりこの場合撃て、ということで、撃て、ということはつまりこの場合。

 殺せ、ということで。

 その場にいた客や職員のほぼ全員が血の気をなくした。許可を得た強盗Dは嗜虐的な笑みになり、彼はどんな表情をするべきか迷い。

 彼女はこの場の誰よりも深く、謎めいた、しかしはっきりと人を嘲る笑みを見せた。

 強盗Dは彼女のこめかみに銃口を押し当て、

「思い知れ」

「どうかしら」



 パァン、と。



 引き金が引かれ、げき鉄が跳ね上がり、銃弾が。

 銃弾が、少女の頭を撃ち抜いた。

 衝撃で少女の頭が跳ね、反対側が爆発した。

 銃弾は貫通したようだ。

 つまりは、即死。

 銃弾が抜けた衝撃で爆砕したためにおびただしい鮮血やその他本来なら外気に触れてはいけないような人体内部の部位平たく表現するところの頭蓋骨の破片や脳漿と思われる液体加えてさまざまな頭葉の一部だったと思しきぐずぐずなアカイロの断片を床や壁のみならず天井に至るまで四方八方に派手に膨大に撒き散らしながら、少女の痩身は力なく、あっけなく、崩れ落ちていった。

 銃声の余韻と、訪れる無音の空白。

 数秒前まで少女だったモノの制服の黒、手や足の肌色、辛うじて残った黒髪、そして、

 あか、アカ、赤、朱、紅。

 宙に蜘蛛の巣のように広がってゆく、真紅。

 それは、確かに少女だったはずで、しかし今ではもうどうしようもなく少女ではないモノ。

 しゃらん、と。

 彼女の腕の銀輪が、涼やかな音を立てた。

 撃った強盗Dは狂気の混ざった笑みになり、なすすべなく直視していた女性らは悲鳴を上げようとし、彼は。

 大型トラックに挽き潰されても死ななかった彼女が、五体が離れて血の海に沈んでも死なずに現れた彼女が、これで、たかがこの程度で本当に死ぬのだろうか、と考えていた。

 そして。



  ●



 

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