05.た
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冗談でなく命の懸かっているこの状況で、ためらいなく笑うのは誰か。
いや、一応押し殺してはいるようなのだが、全く隠されていないのだった。恐怖に静まりかえった中で、そのくすくすという笑い声は案の定リーダーの耳に留まり、リーダーは拳銃を向けてその人物に立つよう命じた。
その人物は躊躇なく自然体で立ち上がる。女子高生であるらしく、どこの高校かはわからないが学生服は夏服を着ており、顔は未だに笑っていた。
滑稽で仕方ない、というように。
嘲るように、嗤っていた。
立ち上がった際に、どういう趣味なのか右腕だけに大量に通された銀の輪がしゃらしゃらと派手に鳴る。
どこかで見たことがある気がする。
と、思う前にはもう既に思い出していた。というか、忘れるはずもない。忘れられるはずもない。夢にこそ出て来はしないが、あれほどの衝撃と驚きはそうやすやすと忘れられるわけがない。
いつぞやの女子高生だった。
あのとき頭に大量に差し込んでいた髪留めは一つもなく、今の彼女の黒髪は自然に流されており、アイテムは右腕の大量の銀の輪に変わっている。
あの、死んだはずなのに死ななかった女子高生だ。
「お前、何を笑ってる」
さすがに気分を害したようで、リーダーは低い声で言った。対して少女は何のためらいもなく、
「え? あ、すいません。あんまりベタすぎて、思わず………で、私に何の用ですか?」
軽い。あまりにも気軽な調子で、少女はあっさりと返答した。
何の用も何も。リーダーも彼女のあからさまに人をバカにした態度に苛立ちを隠さずに、
「ちょうどいい、お前には人質になってもらう。さっさとこっちに来い」
少女はぶっと吹き出した。
「え、人質ですか? ああ、はいはいわかりました今行きますよ………キャー、コワーイ、ダレカタスケテェ☆」
実に楽しそうだった。状況がわかっていないのか。リーダーも、この女は頭の螺旋が緩いのだと思ったのだろう。近くにいた適当な覆面男Dに彼女を引き渡した。渡された覆面男Dも、彼女に銃を突きつけながら、実に気味の悪そうな顔をしていた。覆面のくせになぜかわかる。
その頃になって、銀行の周囲を警察のパトカーが取り囲み始めた。平和ボケしているわりには割合迅速である。リーダーが手下にブラインドを上げさせると、ただの警察じゃなくて機動隊だった。防弾装備を完備し、透明な防盾が前面に構えられ、二段組みで銃器を所持している隊員もいる。彼らは人質が大量にいることを知っているらしく迂闊に突入はしてこない。リーダーも、人質の存在を見せつけるためだけにブラインドを上げさせただけらしく、すぐにブラインドを降ろさせた。それから、入口を守らせていた手下の人数を一人増やした。
機動隊の威容を見て声を上げかけた人々が、リーダーら強盗たちの銃口による無言の威圧で半端なままに鎮火される。緊張感と恐怖が否応にも倍加するひと時だ。
が、その間も少女はにやにや嗤っていた。何がそれ程に面白いのだろう。少女は、これぞまさにチェシャ猫、というような笑みを浮かべている。ここまでくるとさすがに彼もやや焦燥感が背中を這い回り始めているのだが、少女は全くどこ吹く風だ。ふと彼女と目があった。少女はそこでやや驚いた顔をする。
それは正気の顔だった。いつぞやと同じような表情だ。
いや――――もしかするとそれは、狂気なのかもしれない。
あのときにはもう既に――――彼女は正気でなかったのかもしれない。
それほどに、今の状況も、彼女の笑みも、異常であり異質であり、異端であった。
そんな、少女は。
彼女はまっすぐにこちらを見てあのときと同じように、笑った。
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