04.い
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それまで絶え間なく続いていた全ての音が消えた。
銃声は一発だったが、それが本物であると確信させるには十分だった。彼も銃声は生まれて初めて聞くわけだが、腹の底に響く衝撃音は、まさしく本物だと思わせた。映画などで聞くよりもずっと重厚だ。
何というか、率直に、怖ぇなあ。
などと、非常事態によくあるように、間の抜けたことしか脳裏で働かず、咄嗟の気の利いた対応が全くできないまま、彼もまたその他大勢とともに立ち尽くしていた。。
銀行内の誰もが凍りついている間も、強盗は迅速だった。その銃声が合図だったかのように、発砲した男の後ろから次々と同じ格好の男たちが進入してきて、それぞれに拳銃を構えつつ散った。ある者は未だ呆けている客の方へ、またある者はカウンターを飛び越えて職員の方へ向かった。そしてそれぞれに手を上げろと命じる。
その頃になってようやく、誰かが絶叫した。誰かと思えば彼の並ぶATMで散々もたついていた中年女性だった。言っちゃあ悪いが、締められる鶏と潰される蝦蟇蛙の悲鳴をごっちゃにしたような絶叫だった。だがそれにつられて他の女性客らも悲鳴を上げ始める。つくづく迷惑なオバサンである。
覆面男はひとしきり悲鳴を上げさせた後、おもむろに再び天井へ向かって発砲した。それで悲鳴がぴたりと止む。動く者もいない。
職員へ銃を向けていた強盗の一人が舌打ちした。それから、未だ入口に立つ男へ、
「面倒だ。もう警察呼んでやがった」
カウンターの裏に設置してあるという緊急ボタンか。存外冷静な職員もいたようだ。立派なことである。
入口に立つ男はどうやらリーダーらしい。リーダーは軽く頷いて返した。
「まあいいさ。遅かれ早かれ通報はされただろう」
「どうする。こいつ、殺すか?」
強盗Aが銃口を向けた職員は、まだ若い男性だった。両手を上げながらも意志の強そうな目は変わらず、殺すかと言われても小揺るぎもしなかった。代わりというように、彼の隣で同じく両手を上げている女性職員が震え上がる。
リーダーは緩く首を振った。
「放っておけ。さっさとすますぞ」
リーダーはいくつか指示を飛ばし、職員と客をそれぞれ一カ所に固めた。ブラインドの降りた窓の傍だ。複数の男に銃を向けられ、職員もそうでない者も男女問わずすくみ上がっている。
リーダーはその様子を黙って見やっていたが、すぐに一番近くにいた若い女性職員と、ベテランの風格漂う男性職員を立たせて、覆面男の中の二人に指示する。
「あるだけの金を全部出させろ。そっちの男にだ。ATMなんかの中のも全部な。女は人質にしとけ。さっさとしろ」
指示に従い、覆面男BとCは二人をせっついて銀行の奥へ向かわせた。女性職員は新卒のようでかなり若く、今にも泣き出しそう、というかもう半泣きだった。
それからリーダーは、今度は客の方を見る。客の中からも人質を取るつもりなのだろう。
彼は不謹慎ながら、笑い出しそうなのを堪えるのに必死だった。なぜかと言えば、つい先日にこれとそっくりの展開になる小説を読んだばかりだったからだ。その小説もあまりにありがちな展開で、正直面白くもなんともなかったのだが、今のこの状況もそれといい勝負でベタすぎた。あまりにもベタすぎて、三文芝居を見せられているような滑稽さに吹き出しそうだった。
三文芝居なんて見たことはないのだが。
しかしここで笑って目を付けられても嬉しくない。冗談でもなんでもなく、彼らの構えている銃は本物であるらしいのだ。天井に開いている小さな穴と微かな火薬の匂いで、ほぼ確信できる。彼だって、別に好き好んで殺されたくはない。
だが、我慢せずに吹き出している者がいた。
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