三,似た者同士
私はその日も広場の大樹を見上げ、週に一度の倫理学の授業を受けるために倫理学の教室に向かうはずだった。
けれど掲示板に、“西教授病気のため倫理学休講”の貼り紙を見つけ、その必要もなくなってしまった。
“彩世はどうしてるのかしら?”
掲示板周辺を見渡しても彩世の姿はどこにもなく、仕方がないので時間を潰すために大学内の図書館に行くことにした。
ところが悪い事とは重なるもので、図書館のよく磨かれた自動ドアのガラスには、“本日休館日”の貼り紙が貼られていた。
“帰ろうかな・・・”
どうせ次の授業まで三時間近くあるのだ。
私は一旦家に帰ることにし、踵を返した。
その時。
「休講のようだね」
どこかから彩世の声がした。
私はきょろきょろとあたりを見回すが、彩世らしき姿は見当たらない。
周りにいるのは派手な化粧をした女生徒二人と、留学生らしく異国の言葉を話す集団だけだ。
「ここだよ、上」
また、彩世の声。
私は言われた通りに上を見上げた。
見上げた先には非常階段があり、彩世は三階辺りの踊り場で私を見下ろし手を振っていた。
「彩世」
「上がっておいで、どうせ暇を持て余していたんだろう?」
彩世は掌をひらひらさせながらにっこりと微笑みそう言った。
私は彩世に言われるままに非常階段を上ることにした。
「どうしてこんな所にいたの?」
階段を上りきり、彩世に問えば彩世は階段に腰を下ろし、その隣に座るよう私を促す。
私が座ったのを確認すると、彩世はふふっと笑って。
「ここからだと、梗子の大好きな広場の大樹がよく見えるから」
「え?」
「冬だと寂しそうだけどね、私もあの樹が好きだよ」
彩世はそう言いながら、階段の柵の隙間から手を出し、広場の方を指差した。
差された方に視線を向けると、茶色く冬色めいてきたあの大樹が目に入った。
「気づいてたの?」
私は彩世に、広場の大樹が好きだと言ったこともないし、見上げているところを見られたこともないはずだ。
それなのに、何故彩世は知っていたのだろう。
そんなことを思っていれば、彩世はふっと笑って、だって、とぽつりと呟く。
「だって、梗子と私は少し似ているから」
「似てる?」
彩世は私の問いかけには答えずに、ただ笑ってうなずいた。
私と彩世の受けている授業が重なっているのは倫理学と経済学だけである。
その他の授業で彩世に会うことはない。
どちらかと言うとのんびり屋で、課題などもぎりぎりにならなければ手をつけない私と、しっかりしていて課題も提出の三日前にはもう出来上がっているような彩世との間に、似ている部分はあるのだろうか。
私には全く見当もつかない。
私がそう言うと、彩世は笑いながらそういうことじゃないよと言い、けれどそれ以上は何も答えてはくれなかった。
私は非常階段の踊り場から大樹を見ながら、ますます彩世に興味を抱いていた。
彩世は一体何を見て、私と彩世が似た者同士だと思ったのだろう。




