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精霊との契約者VS鉄の拳持つ覇王

能力の相性が悪いので一部封印。

ハンデ戦もありということで。

いつも通りあとがきに二人の能力を記載。

「あら」


 コロシアムの様子を映し出すブラウン管テレビの中でいま、ひとつの雌雄が決した。洋装とも和装ともつかない奇妙な格好の少女と、微妙に特徴を捉えづらい青年との、電機屋での決戦。しかし勝者は納得いかないような表情で、その場をあとにしてゆく。……説明無しで連れてこられたクチかしらね、とマリアはカウンターに置かれたグラスを手に取り、一口あおった。悪くないスコッチウイスキーだった。


 薄暗い店内には他にもブラウン管テレビがいくつも置いてあり、店内にいる人間たち――バーである以上、いるのは成人した人間のみ――の顔を、ぼんやりと映し出している。


 中には会ったばかりであろうに、酒を酌み交わして仲良さげにしている者もいるが、大抵は急な状況変化についていけず、己の戦闘順がめぐってくるまでに少しでも現状を理解しようと、食い入るようにテレビを見つめていた。


 ではマリアもそのように慌てる人間たちと同じかというと、決してそうではない。彼女は情報を集め、早くここを出ようとは思っていたが、焦るつもりも急くつもりもなかった。焦りは身をこわらせ、急いてはことを仕損じる。ついでに言えば、慌てるのは優雅ではない。


 優雅さとは余裕と気品の合わせ業だ。これを欠くのでは、まずその者には冷静さと胆力が足りていないことを決定づける。そのようにぶざまな精神で、現状把握とそこからの打開など為せるものか。周囲の有象無象に溜め息をつきながら、それでもマリアは、警戒も怠らない。


 マリアと同様の目をした、単独でいる者も、ごくわずかだがいるのだ。


 店内を見回すと、飄々と笑うダブルピースを着こなした壮年の男と、軍属と思しき服装、身のこなしをしている隻眼の男あたりが危険な匂いを漂わせていた。とくに前者は魔術師、マリアと同じ魔力を纏う力の流れを感じる。


 そして後者の男も魔術は扱えるようであったが、それにしても魔術師のそれとはちがう力の流れが肌にひしひしと伝わってきた。魔道による変異生物、合成獣、様々な想像が頭をよぎるが、勝手な仮定はいざ対面した際に予想とちがった場合、動揺を生むこととなる。おおまかなパターンをいくつか考慮しておくのはいいが、決めつけは愚の骨頂だ。


 己を戒めて、マリアは観察を終える。この間わずかに二秒ほどだったが、どちらも視線には気づいた様子。やはり、強者だ。


 けれど、いずれ元の世界で対峙するであろう()夫ほどではあるまい。結論づけて、席を立つ。漆黒のドレスの裾を翻し、傍らに置いていた水晶細工を施した、身の丈ほどの杖を携えると、店を出ようとした。


「お客さん、御勘定」


 マスターが、グラスを磨きながらマリアの背に声をかけた。マリアは流れる、くしけずった黄金の糸を思わせる髪をかきあげると、誰もが見惚れるような笑みで見返り、魅了の魔眼を用いようとした。


《あ、それ野郎が相手になると無双しそうなので封印しますー》


 どこからともなく声が響き、ばぢんと音がして、一瞬マリアの視界が明滅する。


「くっ……あ、ら?」


 ぱちくりとまばたきし、己のまぶたを撫でる。動きには戸惑いがあり、先ほどの男二人も、なにかしら気づいたと思しき反応で、腰を浮かせかけていた。


「……私の、魔眼が」


 吸血鬼固有の能力である、幻惑の魔眼。中でもマリアの魔眼は視線を交わすだけで、異性であれば相手にとって理想の姿へと己を幻視させる強力なものだ。いくつかの例外を除き、防御の術式がなければ、あらゆる相手を問答無用で戦闘不可の状態へ持ちこめる。


 その魔眼が、魔力を失った。


《というわけで今回は魔眼無しで戦闘を行ってくださーい。次の試合は鉄拳、バーァァサァァス……マリア!》


 呼び声が途絶えたとき、マリアの視界がぐるりと場所を変える。入場とか省略なの、とか考えながらゆっくりと周囲を見回す。


 ――廃墟。


 廃墟の群れが、マリアを取り囲んでいた。ところどころに点在する瓦礫、崩れたコンクリート、雨風に晒されて朽ちた木材。薄暗がりの多い場所で、天候が曇りということもあり、かなり見通しが悪い。


「……はあ。やっぱり、想像をめぐらすだけ無駄のようね」


 あまりにも規格外な奴の企画に巻き込まれてしまった、と嘆息しながら、マリアは目を開く。視界の端に、白いワンピースを纏う、儚げな少女を幻視した。


「シルフ。いくわよ」


 杖を振るい、シルフ――四代元素のひとつを司る精霊の名を、呼んだ。寿命と引き換えに従属させた精霊は、マリアの杖による指揮の式ひとつで、風と空気を用いたあらゆる事象を再現する。


 足下に強力な風を発生させたマリアは、そのままロケットのように己の身体を上空へ打ちだし、まずは鳥瞰図から全体を把握するに努めた。風花輪舞。空中移動の術だ。


 小さな島だった。けれど全体に廃墟が並んでおり、片方の海岸線だけは少々空き地が広がっているものの、他はほとんど六、七階建てのビルに埋められている。敵はどこに、と視線を巡らし、気配を感じようと努力するが、相手の気配遮断が上手いのか、なかなか見つからない。


 ここで、またスピーカーからの割れるような音声が響き渡る。


《さあ試合をはじめますよっ! 今回の舞台はぁ……廃墟島! 西洋にお住まいのマリア選手はご存じないようなので説明させていただきます! かつては海底炭鉱でにぎわい東京より人口密度が高くなりましたが、一九七四年に閉山した無人島です!》


「どこかで聞き覚えがあるわね……」


《実在の人物団体地名とは一切関係ありません! でも日本です!》


 日本か、と、どこか建物のつくりに対して覚えていた既視感に納得する。納得して、けれどなにも感慨は湧かない。日本にあった思い出のすべては、ある日本人への印象の上書きによってすべてが良くない思い出へと塗り替えられていた。


《もちろん仮想空間なので歴史的価値ある島を破壊してしまう、と焦らなくともよいですよ! 廃墟マニアからは殺されかねない所業ですけど!》


「というか、崩れてるものをさらに崩してなにか悪いの」


《あ、これ以上マリア選手にこの話題深入りさせるとガチで廃墟ファン怒らせそうなのでここらへんにしておきますね。早速始めましょうランクS同士の戦いですよ。それでぇはーっ……れぇぇぇぇっつ、すとらごぉぉぉぉぉるっっ!!》


 ぴうー、と気の抜けるようなホイッスルの音がして、試合開始となったらしい。ひとまず、崩してもいいと言われたので安心していた。マリアの術だと、特に空砲弾などは、一発放っただけでも建ち並ぶビル群のひとつふたつは崩しかねない。


 さてどう出るか。気になるのは出有珠の口にしていた、「ランクS」という言葉だ。控室に最初降り立った際にパソコンで確かめたところ、マリアはSに分類されていた。他の対戦者については事前準備をさせないためか閲覧ができなかったが、同様にSに分類される人間がいた、ということだろう。


 あれが強さの指標として定められたものだとしたら、やはり強敵が対戦相手にあてがわれた、ということだ。先ほどバーにいた男二人のいずれかだろうか。そういえば、隻眼の男からは火薬のにおいが感じられた。あまり空を飛びすぎると、狙撃などに遭う可能性もある。だが制空権を握っていることが伝われば、牽制にはなっているはずだ。こう判断して、マリアは地上戦を狙うべく下降をはじめる。


 と。


 巨大な岩塊がマリアに迫り、そして落ちた。尋常ではない速度、ではあったものの、当てる気のない一撃だ。かすることすらなく、岩は落ち、廃墟の一角を崩した。重い響きが、マリアの身体を震わせる。


 弾道から、相手の位置は読めた。いや、そうさせるためにこそ、相手は投げたのだろう。空中で動きを止めたマリアから、直線距離にして五十メートル。ビルのうちのひとつ、この屋上に、一人の男が立っていた。


 短く刈り上げた頭髪に、どこかの学校の制服と思しき服装。首には青いスカーフがあるが、あれも制服の一部なのだろうか。


 そしてこれら学生という特徴すべてを、どうにも胡散臭いものに変えてしまう、それほどにいかめしい表情と、二メートルをゆうに超えていると思われる太くたくましい巨躯が、強烈な印象と違和感をマリアに叩きつけてきた。一瞬、ビルと彼の体躯とで比率が合っていないような、遠近感を狂わされたような感じがして、認識を狂わせる魔眼持ちかと判じたほどだ。


 男は低く、うなるようにつぶやいた。


「……鉄拳と書いてくろがねこぶし、という。不本意極まりない、己から望んでの戦いではないものの、やらねばならぬ以上は礼儀として名乗るべきと判じた……のだが、日本語で通じているか」


「通じているわよ」


 そうか、とつぶやき、男、鉄拳は腕組みした。なんらかの構えかと思い、対処すべく杖を突き出しながら他のビルの屋上へ降り立つ。六十五棟、と書かれたビルと他のビルの間にある通りを挟み、彼我の距離は二十メートルにまで縮んだ。


 だが、鉄拳はなにもしてはこなかった。腕組みして立ち尽くしたまま、じっとマリアを見ている。なんらかの呪術、あるいは邪視イビルアイの持ち主なのだろうか。風を纏うことで術式防御は巡らしているものの、同じくランクSに分類された相手ならば、術もどこまで通じるかわからない。


 そもそも異界から召喚された人間である以上、マリアの知る既存の術式体系がまったく通じない可能性もある……


「おい」


 と、鉄拳の挙動に集中しつつ、頭半分で思考に埋没していたマリアに、鉄拳は声をかけてきた。気を逸らす策か、と思いつつ、反応する。


「はい?」


「俺は、名乗ったのだが。そちらの名を、知っておきたい。名乗り返してはくれんのか」


 いかつい顔のまま、このような疑問を投げかけてきた。呆気に取られたマリアは、思わず「うわ、サムライ……」といかにも外国人らしい言葉を返してしまった。


「じゃあなた、私が名乗りを返さないから、身じろぎひとつしなかったというの?」


「互いの名乗りと了承なく始める野試合が望みならばそうしても構わん。が、そのようなことが本意でない故にそちらも動かずいたのではないか」


 さらに問い返された。気が抜けそうな問答であるが、それすらも策なのだろうか。いや、それはない、と反語を知らないマリアは頭の中でつぶやいた。


 いかつい顔の中、鉄拳の瞳は虚言や虚飾のない色合いを保っていた。


「……名はマリアよ。いろいろ策をめぐらそうとしてた自分が馬鹿らしくなってきたわ」


「策謀は重要に思うぞ」


「はは、確かにそうだけれども。歳食うとどうも疑い深くなるというか、卑怯な手も常套手段になるというか」


「歳……? 俺と大して変わらんように見えるが」


「それは魔眼の……ああ魔眼は封印されていたわね。じゃあ見たまま言ってるわけか。ふふ、御世辞でもありがと。でも悪いわね、これでもあなたの倍以上生きているわ」


 倍、とつぶやき、しっかりマリアの顔を見ようとしている様がうかがえた。なんだかあほくさくなってきたが、こうした所作からして、見た目よりもずっと彼が若く、本当に学生なのだろうということがわかった。


 正々堂々で戦闘を行うなど、いつ以来か。


「じゃあ……そろそろ始めましょうか。名乗りも済んだことですし」


「む、承知した。……空を飛ぶような人間と戦うのは初めてだが」


「お手柔らかに」


「女性相手だ、加減はしよう」


 くすりと笑い、マリアは杖の中ほどを右手でつかみ、担ぐように構えた。対して、鉄拳は腕組みをほどいたのみで、かかってくる気配はない。自然体、腕を下ろしただけの一切構えの無い姿勢で、マリアを迎え撃つつもりらしい。


「では」

「参る」


 互いの声が交錯し、杖が振るわれた。


 マリアの正面に円形に出現した空圧弾、数は十。大気圧を操り空気を圧縮した弾丸は、すさまじい熱を持ってわずかに滞空、虚空を切り裂いて飛ぶ。熱で歪められた景色により接近を知った鉄拳は、少しだけ手首を浮かせたが、構えが無いのは変わらない。そして十の弾丸は迫り、鉄拳に直撃――する瞬間、ようやく彼の腕が動く。


 自分に突きだされた拳を撥ね退けるときと同じく、両腕の、手首と手の甲の間で払う。二発がこれであらぬ方向へ飛んだ。そして開かれた身体の前面、ここへ三発が飛ぶが、両膝の二段蹴りに次ぐココナッツ・ヘッドバットで叩き落とされる。


 止めの、五体を狙った五発は、頭突きの勢いで屈めた身体が持ち上がると同時に放たれた両拳のアッパーで、すべてが上空へ飛ばされた。有り得ない身体能力だ。人狼ですら受け流すのが精いっぱいの空圧弾を、弾き飛ばすなど。


「身体強化術式……!」


 だとしても、どこまで極めればあの領域に至るのか。


 シンプルな能力ほど、シンプルな技ほど、奥義として完成されていることはままあるが、あそこまでのものとなると異常だ。


「武術でも、ただの突きに全ての基本と奥義が詰め込まれてたりするけどねぇ……」


 ここまで状況を破壊できる強靭さを得られるとなると、脅威だ。払われた空圧弾を操作しながらマリアが睨むと、鉄拳は頭突きした頭をさすりながらこちらを見ていた。疑問を、投げかけてきた。


「……なにを飛ばした? 見えないボウリング玉のような感触であったが」


「え」


「まさかその杖で野球のノックがごとく打ちこんできたというのか。……脅威だな、その膂力」


 また構えを失くして、自然体のまま鉄拳は言う。またも呆気にとられて、マリアは言葉も出ない。


 まさか。


 魔術や異能を存じていない?


「……あの、いまのは空気を圧縮して固めたものなのだけど」


「空気が固まるわけがないだろう。液化させて凍らせたとでもいうのか」


「……あの、あなた魔法とか魔術はご存知?」


「あまりファンタジー小説は読まん。SFならばものによるが」


「……ところで、ボウリング玉の感触って言ったわよね。当てられたこと」


「五、六回はある」


 マリアは反応に困った。どうやら鉄拳というこの男、一切の異能もなしにこの頑強な肉体を得ているらしい。ミオスタチン関連筋肉肥大、などというものが少なくともマリアの世界にはあったのだが、この男はどのような世界から来ているのだろう。


「丈夫な身体ね」


「常人よりはな」


 少し安心する。鉄拳の言いぶりから察するに、彼は彼の世界の肉体の基準値ではないらしい。どこにでも例外はいるものだ、と思いながら、マリアは杖を下ろした。


「……とはいえ」


 否。


 ただ下ろしたのでなく、振り下ろしていた。つまり、指揮の動作の一環であり、


「全方位直撃なら、どうかしら」


 弾き飛ばされた空圧弾を操作し、鉄拳の周囲四方八方から襲いかからせる。風切り音に気づいた鉄拳は即座にその場から踏みだし、目の前を遮る一発のみを殴り飛ばして、空中に躍り出た。


「ぬ」


 そして、ビルとビルの間を飛ぶ最中だった空圧弾のひとつを、蹴り飛ばして足場に変える。幅跳びの要領でビルの間を越えて、五メートルを残し、マリアの眼前に滑り込む。次いで、構えの無いまま詰めてくる。だが構えが無い故に、次の行動が読みづらい。


「加減はする」


 攻撃の予告をし、一気に地面を蹴った。継ぎ足のような動きで、高く一足飛びに己の間合いに持ち込もうとする。完全に体術のみで攻める手合いか、とここにきてようやくの確信を得て、マリアは杖を振るう。だが振り下ろすまでに鉄拳の攻撃の気配が膨らむ。


 魔術師であり、風を用いた遠距離攻撃を得意とする以上、マリアは接近しての体術は得意でない。けれど得意では無いだけで、不得手でもない。貴族の嗜みとして学んだ、杖術の動き。これに、風で加速をつける。


 瞬きの間に察したか、鉄拳は顔を歪めて、あと一歩の距離を詰めなかった。詰めていれば、杖をつかもうとした腕はかわされ、術の直撃を受けると考えたのだろう。懸命な判断だと内心で賞賛しつつ、乱れ飛ぶ十発の空圧弾で時間を稼ぎ、次に足下に空気を爆発させ、空へ飛ぶ。だが空中にいる間は、出した空圧弾の操作しかできず他の術は使えない。


「ぬおおおおぉぉっ!」


 咆哮した鉄拳は、まとわりつく空圧弾をはじき、流し、撥ね退けながら、距離を稼いで足下の瓦礫を拾う。赤子の頭ほどあるコンクリート片を、空圧弾のお返しとばかりに、走りながら体勢を整えて投げつけてきた。マリアの空圧弾に負けず劣らずの剛速球。


「喰らわないわ」


 風をまとって高速移動し、さらに杖を振るって空圧弾で追尾させる。叩き潰されて消滅した弾丸を除いて、残り七発。この隙に、と他のビルの屋上へ降り立つと、杖を振るって空気の充填をはじめた。


 空圧弾の数倍の範囲を抉り潰す、空砲弾の準備だ。少々時間がかかるため距離を空けなくてはならなかったが、彼には空中移動の手段がないらしいので、時間稼ぎに空圧弾を放っておけばいい。己の正面に集まっていく空気が擦れ、圧縮され、周囲に火花散らしプラズマを生みだしながら、なおも縮められ、膨らみ続けるという矛盾しているような現象を起こす。


 鉄拳はこちらの攻撃準備に気づいたらしく、空圧弾から逃れるついでにビルから飛び降りた。魔術は知らずとも、危険の匂いは嗅ぎつけるようだ。


 だが、その逃亡ルートも、空圧弾によって誘いこんだマリアの残した逃げ道である。


「さようなら」


 空砲弾が、うなりをあげて叩き込まれる。回転をかけられ、切り裂き抉る大質量の風の刃をまとった空砲弾は、進路上の瓦礫を粉々にしながら鉄拳に迫る。直径にして三メートルはある空砲弾は、直撃すれば人体ならばバラバラだ。たとえ、常識外の強度を誇る鉄拳であっても、例外ではあるまい。


「――まだ、だ」


 落下するばかりでなにもできないはずの鉄拳は、にやりと笑ってみせた。


 ぐるんと、身体を反転させる。猫のように、体勢を変えた。頭を下にした鉄拳は、そのまま、ビルの壁面を蹴り飛ばす。ただでさえ落下しているというのに、さらなる加速をつけた。驚きに目を見開くマリアの前で、前傾姿勢の鉄拳の猛進は止まらない。


「おおおおおっ」


 踏み込み、蹴る。繰り返す。


 壁面を、落下しながら走っている。地上六階からの疾走。自由落下速度の限界を振り切った鉄拳は危ういところで空砲弾をかわし、壁面へ直撃し四散した風圧を背に受け、粉じんの煙から出ると再度加速した。もはや、マリアの動体視力では捉えられない。


 そして着地――と、いえるのか。むしろ着弾と言いかえるべき威力で地面に突撃して――いない。地面にぶち当たって、止まったわけではない。勢いのままに地面に降りた瞬間、ここまでの運動エネルギーを利して、体勢を持ち直すと走り出したのだ。


 土煙をあげながら迫る鉄拳は、マリアのいるビルの一階へ入っていった。さすがに壁面を駆けあがってくるわけではないらしいが、あの脚力ではすぐにのぼってくる。こう考えたマリアはすぐに風をまとい、ビルの屋上から移動しようとして、顔の前を過ぎ去る瓦礫を認識して動きを止めた。


「……外したか」


 ビルに入ろうとしたのはブラフ。マリアがまた距離を空けようと逃れることを予想し、入ってすぐに瓦礫を拾うと引き返し、空を飛ぶ的になろうとしていた真上のマリアへ投擲したのだろう。


「頭も回るのね」


「多少は」


 続けて二投目。拾い上げた鉄パイプを、槍投げのように飛ばす。馬鹿正直に受けるはずもなく、マリアは横に回避した。続けて鉄拳は建材の鉄芯を投げる。標識を引っこ抜き投げる。ワイヤーが絡み合って毛糸玉のようになった代物を投げる。続けざまの連投――マリアが空中にいる間、新たな術式を使えないことを見抜いたか。


「なら降りるまでよ」


 術を解き、降下をはじめる。同時に杖を振るい、空圧弾で上空から狙撃する。鉄拳は大き目の、テーブルのような平たい瓦礫を片手で投げ、空圧弾に対抗した。三発が相殺される。粉じんが舞い上がり、視界が塞がれた。


 まずい、と判じた途端、マリアの左腕に鋭い痛みが走る。見れば、ドレスの袖が切り裂かれ、血が流れ出していた。続けて右足首、左腿にも赤い線が走る。風切り音で飛来するものがあると見抜いて、マリアはまた風花輪舞を発動し、上空への離脱を目指す。


「……やはりな」


 ぐしゃりと上で音がして、石つぶてが降り注いだ。大き目の瓦礫がマリアの側頭部にあたり、視界が明滅、術式が解けて、落ちる。慌てて再度術をかけ直すが、その時には、ビルの雨どいを伝って壁面を駆けあがってきた鉄拳が、目の前にいた。


「ぬうううああぁ!!」


 壁面に、直立するように。


 壁に垂直に両足を叩きつけ、雨どいを左腕のみで引っ張る。引っこ抜く。


「な、」


 上の方から、しなるブリキの大蛇が、マリアに叩きつけられる。とっさに前方加速してかわすが、曲がりくねって空中で止まった雨どいを足場に、鉄拳の右胴回し回転蹴りが迫っていた。またも術を解除し、自ら落ちることで蹴りをかわすが、鉄拳の狙いはまだ残っていた。


 大きな回転で得た遠心力を用い、左手を振りかぶって、投擲。マリアには、投擲物が見えない。ただ風切り音で飛来を察知し、杖を正面に構えた。偶然か、杖に投擲物が当たる。左肩にも、当たる。刺さっている。


「ガラス片……!」


 先ほど粉じんの向こうから投げられ、身体を切り裂いたのもこれだったのだ。そして降り注いだ石つぶては、粉じんで目隠ししている間に山なりの軌道で瓦礫を投げ、一投目で真上に飛ばした瓦礫に当てることで成したのだろう。


「連続投擲の速さにひるませることで上に逃げると予想し、瓦礫を用いて二重三重の手……!」


「言ったはずだ。策謀は重要だと」


 とはいえ、連続投擲のために防御を捨てたらしく、鉄拳も空圧弾を受けたと思しき傷がそこかしこに残っていた。とくに右腕は肘があらぬ方向へ曲がっており、腕を犠牲に攻めを選んだことがわかる。


 フィジカルだけでない、強力なメンタルも備わっている。


「その歳で、よくそこまで鍛えたものね」


 背中から着地する寸前、杖を振るってマリアは術を発動する。すんでのところで風をまとい、地面から一寸ほどの位置を高速低空飛行する。そして後ろを向くと、空圧弾を射出した。


 着地した鉄拳は、傍らにあった電柱を蹴りで破壊する。道を斜めに横断してゆっくりと倒れようとする電柱を見て、慌ててマリアはブレーキをかけた。そして振り返ると、鉄拳がいない。


 電柱の上を、走ってくる。空圧弾を操作したマリアは、彼の足場を破壊するべく、そして彼に命中させるべく追尾させる。三発が、電柱を横殴りに砕こうとした。だがその前に、鉄拳は自ら電柱を踏み砕き、先端部分を空中に浮かせる。同時に壁面へ飛ぶと、壁を蹴って舞い戻り、電柱を蹴り押した。


 今度は加減したのか砕けずに、二メートルはあろうかという石柱が迫る。上体を逸らして回避するマリアだが、そのときにはもう、眼前に迫る鉄拳の姿を捉えていた。


 回避動作に連動させて杖を振るい、新たに作り出した空圧弾十発。突っ込んでくる鉄拳にこれをまとめて浴びせ、同時に距離を詰める。鉄拳は――鉄拳の拳は、止まっていなかった。予想通りに。


「っつううっ!」


 威力が乗る前に自ら当たりにいったマリアは、それでもガードした左前腕から鎖骨、肩甲骨が砕けるのを感じつつ、殴られるままに距離をとる。


 そして、再び五メートルが空いた。爆散した十発から放たれた空気圧が、あたりに渦を巻く。


「……く、」


 鉄拳は膝を屈した。右足を、十発の空圧弾で砕かれていた。


 最初から一撃もらうつもりで距離を詰めたマリアは、どうせ耐えられてしまうのならなるだけ拳の威力を削ごうと、踏み込んだ足を砕くことに尽力したのだ。


「……さあ、て。どうしよう、かしらね」


「詰めるに難く、空けるに、惜しい。そのような、間合い」


 足を負傷した鉄拳は、瞬時に踏み込めるとは限らない。そしてマリアも、左腕を折られた以上は痛みで杖を振る速度が落ちるかもしれない。ここにきて、こう着状態に持ちこまれた。だが息するだけで辛いマリアよりは、鉄拳のほうがいくらか有利か。


「……早撃ち勝負ね」


 膝立ちで、腰だめに杖を構えていたマリアは言う。鉄拳も、右足だけで器用にバランスをとり、左拳を意識させる。


「……常識の慮外にある超能力との戦い、得難い経験をさせてもらった」


「いや、魔術なんだけど……まあいいわ。鉄拳、決着としましょう」


 呼吸をはかりあう、数秒。空圧弾の余波である粉じんがつむじを巻いていたが、気にせず鉄拳は深く呼吸し、丹田に力を入れている様子であった。


 そこでふう、と風が吹き――せき込んだマリアは杖を取り落とす。疑問に思った様子の鉄拳は、飛びこむための姿勢こそ崩さないが、わずかに躊躇いが生まれたような目をした。


「降参か」


「あー……しんどいわね、正直」


 杖を握っていた右手を開き、ぶらりと上に掲げる。左腕もこうしたいんだけど、とつぶやきながら、鉄拳をじろりと見据える。


「――若人を、騙すっていうのはね」


 にやりと、女狐と呼ぶに相応しい笑みを浮かべたマリアに、策の成就を悟って。


 鉄拳が踏み込もうとしたとき、彼は裂帛の気合を放たんが為に予備動作として息を吸い込んだ。


 毒を、吸い込んだ。


「か、はっ」


 空中に音が吸い込まれるまで残ったのは、たった一言。


 糸を失った傀儡のように、膝から崩れ落ちて、鉄拳は倒れた。巨体に合うだけの重さを感じさせる音が、深く轟いた。


 杖を取り直したマリアはダメージに身悶えし、肺に肋骨刺さってるわねぇとつぶやきながら杖を振るい、漏れだす空気を操って平常通りの呼吸ができるようにした。そして近づき、鉄拳が完全に気絶していることを確認する。


 最後の空圧弾は、周囲からなるだけ多くの二酸化炭素を集めて放っていた。マリアは相討ちで殴られて吹き飛ぶ間に杖を振るい、爆散した空圧弾から漏れた空気を操作し、鉄拳の周囲空間に二酸化炭素を充満させたのだ。


 もっとも二酸化炭素は空気より重たいため、そのままでは吸い込まれることはない。あとは、風が吹き抜けて彼が毒の気体を吸い込み昏倒するまで、時間を稼ぐ必要があった。隙を見せるような行動も、すべては時間稼ぎであった。


「悪いわね。まあ、このあたりは……歳の功ってことかしら」


 ころころと笑うマリアは、杖を肩に担いだ。スピーカーから割れんばかりの喝采が島中に響き渡り、気がつくと、マリアは無傷で、バーの入口に戻されていた。


 手の中には勝者に渡されるのであろう、報奨金があった。マスターが、じろりとマリアをにらむ。苦笑を返しつつ、マリアは言った。魔眼は、取り戻したようであったが。


「おいくら?」


 と。


名前『鉄拳(くろがね こぶし)


 全体ランク:S

 体力:S

 知力:A

 攻撃:S

 防御:S

 運勢:D

 敏捷:A

 精神:S


 総評:退魔師見習いの作品『覇王の背中』から登場。身体能力が全て高水準。ただし超能力らしい能力がないので、そこが弱点と言える。


 キャラ:十六の時、日本全国を二年かけて歩いた。日本最強の日本男児。年齢は十八だが、2メートルはあるだろう長身と大岩のようにごつい身体付きは成人のそれを遥かに上回る。強い者と対決するのは楽しいと思う半面、一対一、一般人には手を出さない事を信条とする。口数は少ない。一人称は俺。髪は坊主に近い。


 特殊能力:

 『怪力』

 道路標識などを引っこ抜き、武器にする事ができる。


 『一撃昏倒の構え』

 俗に後の先と呼ばれる。相手が素手技及びただの武器振り回し(超能力の介入しない、人ができる常識的な動きに限る)だった場合、それをほぼ確実に見切り、急所にカウンターを繰り出す。しかし鉄拳本人は、あまりこの技を多用しない。





『マリア』


 全体ランク:S

 体力:C

 知力:A

 攻撃:S

 防御:A

 運勢:B

 敏捷:A

 精神:A


 キャラ:


 現代が舞台の「宿屋主人乃気苦労日記。」より、西洋最強の魔術師。様々な魔術機関につてを持つ、貴族の出身。戦いには消極的だが、それは戦闘が趣味でないことと、そもそも彼女が絶対的な勝者であり過ぎたことに起因している。

 長くこぼれおちる金髪に豪奢に着飾ったドレス、身長は高めで一七〇と少し。一人称は私で女性的な口調と柔和な笑みを崩さない。そして四十そこそこのはずだが、後者の能力に依ることなく、努力のみで二十代後半にしか見えない若さを維持している。能力を通して男性が見ると、それぞれの思い描いた理想の女性に見えるらしい。

 

 特殊能力:


『風の加護』

 寿命を削ることで成し得た、四大精霊シルフの使役。これにより呪文詠唱を必要とせず、身の丈ほどある杖による指揮のみであらゆる術を行使できる。


〝空圧弾〟圧縮した空気による弾丸。サイズはバスケットボールほど、一度に十発まで放てる。かなりの速度で迫る弾丸は、当たれば石の城壁にも浅く穴を穿つ。打ちだしたあとも操作が可能。

〝空砲弾〟少々溜め時間がいるが、直径三メートルほどの空気の弾柱を打ち込む。圧縮されすぎた空気は周囲にプラズマを生むほど。

〝組成変化〟空気の成分を操る。局所的に二酸化炭素を増やす、など。ただしある程度空気の流れが一定の場所でなければ使えない。

〝風花輪舞〟風をまとっての高速移動、飛行術。飛んでいる間は、すでに出してあった空圧弾の操作以外に別の術は使えない。

〝真空切り〟空気を切って断層を作り、真空を生みだす。

翠風環(ストームブリンガー)〟指揮を振るのに一分以上の溜めを要するが、視界内を二百メートルにわたって大気圧で叩き潰す。発動してしまえば回避は不可能。全方向から圧縮されることになる。


魅了の魔眼(チャームドアイズ)

 視界内の対象を魅了する魔眼。なんらかの術式防禦がなければ男性の場合、一切の攻撃の意志が挫けてしまう。同時複数対象にかけることも可能。視界から逃れれば自意識が取り戻されるが同時に魅了中の記憶も薄れるため、何度も近付いてしまうことになる。


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