ヤクザの娘VS改造人間
退魔師見習いさんのキャラ、黄昏時夕焼とヨシヒロさんのキャラ、レオン・M・ビューレッシュの戦闘です。
若干のグロテスク描写がありますので苦手なかたはご注意ください。
各自の能力はあとがきにて記載。
その日、レオン・M・ビューレッシュは古い知り合いである空自の偉いさんと、珍しく東京の店を梯子していた。そもそも夜の東京に繰り出す予定はなかった。
「さぁ! 次だ次!」
酔った空自に肩を貸し、げっそりとしながらレオンは「飲みすぎじゃないですかねぇ」と言う。しかし彼は「まだ大丈夫!」と何を根拠に言っているのだろうか。
――疲れた。
酒が飲めない、キャバクラにも然程興味がなかったレオンはただただ帰りたかった。
東京で大型妖魔が現れ、それを自衛隊の助力を得て撃破したレオンは盛大に仲間達と祝杯を上げ、空自の彼もその一人だった。予定ではそれで解散するはずだったのだが、基地を転々とし、様々な者にフライト技術を教えていた空自の彼は、帰ってもどうせ独りだし(実家は大阪らしい)と、レオンを寂しさから強引に二次会に付き合わせた。
経験も豊富で、レオン自身、無碍に断ることはできない。しかし百戦錬磨の強者であろうとも、酒でべろんべろんに酔っ払っては肩書きが泣いていよう。レオンも泣きたい。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだいじょ――おっとと!」
大きく空自の体勢が傾いだ。
――流石にもうやばいな。
近場の公園に向かい、ベンチに彼を座らせる。
「タクシー呼びますよ」
「ああ、すまんね」
弱々しく謝って、レオンはすぐにタクシーを呼んだ。
「十数分で来るらしいです。一人で帰れそうになかったら、俺、付き合いますよ」
「いいっていいって。あー、えっと、今日は済まなかったね」
夜風にあたって少し酔いも冷めたのだろう。語気に冷静さが戻る。
「別にいいですけど、あんま飲み過ぎると家族が心配するんじゃないですか?」
「あはは、手厳しい。……なあ、レオン君」
緩やかに空気が引き締まっていく。何を言おうとしているのか分からなかったが、レオンは居住まいを正した。
「君はちょいと肩の力を張り過ぎている。飯も食べていないんだろう? せっかくのパーティだったのに。だからもう少し肩の力を抜きなさい。君は完全超人じゃない。気負いすぎると冷静さを見失い、更に悪い方向へと進むやもしれない。もう少し気持ちに余裕を持ってくれれば、私は、うん、嬉しいな」
ぼんやりと空を見上げて彼は述べる。レオンは静かにそれに耳を傾けていた。
しばらくしてタクシーがやって来た。酔いも大分冷めたのだろう。彼の足取りはしっかりとしていた。
「今日はありがとう。付き合わせてしまって悪かったね」
「いえ、気を遣ってくださったんですよね。すみません」
「はははっ、気にする事はないよ。じゃあ、おやすみ。レオン君」
「ええ」とレオンは手を振り、タクシーに乗る彼を見送った。
「さて、俺も帰るか」
そう言って彼はくるりと踵を返した。
しかし彼の視界に広がっていたのは雑多な都会の景色ではなく、一面に広がる田んぼだった。
黄昏時夕焼はその日も熱心に門下生に剣術の稽古をつけていた。
門下生は声を荒げ、竹刀を振る。先には目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる夕焼がいた。彼女はさっとすり足で突進を避け、がら空きになった背中を剣先で押し、門下生の体勢を崩す。
「うわっ!」
「次! 無闇に突進しても私は追い詰められんぞ! 機転が大事じゃ!」
雄叫びを上げながら突進する門下生は咄嗟に竹刀を振り下ろし、先制攻撃を行う。夕焼はそれを受け、一気に押し返す。
「怯むな!」
そう言って面を打つ。防具の上だから幾分痛みは少ないものの、派手な音は周囲を圧倒する迫力があった。
面を打たれた門下生はすぐさま反撃に出た。打たれても諦めない精神に敬意を評し、じりじりと間合いを詰め合う攻防が始まる。すり足で互いの間合いを測り合い、相手の先の行動を読む。
刹那、門下生の目が夕焼の手に逸れた途端、夕焼は神速とも呼べる素早さで竹刀を払う。手から滑り落ちる竹刀に目を奪われたが最後、再び面を打たれ、門下生はがっくりと肩を落とした。
「次じゃ!」
稽古は続き、一段落したところで目付きの鋭い近寄りがたい雰囲気を身にまとった男性が、地べたに座ってうちわを扇ぐ夕焼に水を渡した。
刀道組若頭の鹿熊岳だ。
夕焼の剣の師匠でもあるが、まだ二十代後半に突入したばかりでまだまだ若い。
「お疲れ様です。お嬢」
「うむ、鹿熊岳は気が利くのう」
「いえ、私の代わりに門下生達に稽古をつけてくださった。これくらいは当然です」
「そうか。でも疲れたぞ」
そう言って夕焼は鹿熊岳の太ももを枕に寝転がる。まるで仲のいい兄妹のようだ。
「そうですね。今日はもう終わりですし、後でゆっくりしましょう。夕飯も作ってありますから」
「相変わらず鹿熊岳は主夫じゃのう」
「まあ、お嬢が道場の件を受け持ってくれていたので、これくらいは」
「夕焼先生、鹿熊岳先生、ありがとうございました!」
門下生達は皆、そう言って帰っていく。夕焼は目を閉じ、すぅすぅと寝息を立て始めていたので、鹿熊岳が代わりに「ああ、また」と微笑みを投げかける。
筋者すじものとは言えど刀道組は侠客で知られ、鹿熊岳もどちらかというと堅気らしい人間だ。もういっそ堅気になってしまえばいいのに、と夕焼が考えなかった事はない。しかしそうなると剣を振るわなくなるので、あの凛々しい姿が見れなくなるのもそれはそれでヤだな、と夕焼はちらっと鹿熊岳の顔を見た。
「お嬢、狸寝入りはよくないですよ」
「ちぇ、何故分かったのじゃ」
「今ちらっと私の顔を見ました。目が合いましたからね。分かりますよ」
「迂闊じゃった」
「子どもっぽいですね」
「……ふんっ」
「あ、拗ねましたね。お嬢はわかり易いですね。本当に」
「子どもっぽいと言うなら言え。馬鹿者」
「可愛いですよ。そういうの」
「お世辞はいい」と夕焼は頬を少し赤くしながら言う。
「お世辞じゃないですよ。彼氏とか、できましたか?」
「な、何を訊くか! この馬鹿者! できるわけなかろう!」
「そう、なんですか? まあ、ご飯にしましょう。今日はお嬢の好きな鮭しゃけですから」
夕焼はふてくされていた。それでも立ち上がって、鹿熊岳の後ろを渋々と付いて行く。顔には不満がありありと浮かんでいる。夕飯を食べる時もずっとへそを曲げたままで、流石に鹿熊岳も困り顔を浮かべた。
――もう許してやってもいいかもしれんのう。
そんな事を考えながら夕焼が小悪魔のように笑って、縁側に座り込んでいた時だ。
庭先が微かに光り始めた。
「……なんじゃ、あれ?」
夕焼は草履を履いて歩み寄る。
「お嬢?」
奇妙な光に近づく彼女を見かけた鹿熊岳が、同じく近寄っていく。
「鹿熊岳か? いや、これなんじゃが――」
と、夕焼が光る何かを持ち上げた途端、目を潰しかねない程の光量が襲う。
「お嬢!」
鹿熊岳は駆け出し、光の中でも夕焼を見つけ出して両腕でしっかりと守る。そして二人は浮遊感に包まれ、眩い光の中を落下していった。意識がぼんやりと薄れ、それでも鹿熊岳は夕焼を離さず、夕焼も鹿熊岳を離さない。
そうして二人は触れる。
厳しい戦いのその片鱗に。
レオン・M・ビューレッシュは頭の中で鳴り響く声を聞いた。
『ようこそ、とってもとっても特別で変わったコロシアムへ』
柔らかい童女のような声に、レオンは即座に警戒し、辺りを見やった。妖魔などという奇っ怪な存在と関係を持っているからだろう。しかし肝心の声の主は見当たらず、また気配などは感じられなかった。
『ふふっ、探してもダメ。私はこれでもすごいから』
「妖魔か?」
『さぁ、どうでしょうね。ふふっ』
「はぐらかすな」
静かに言っているが、怒りが滲み出ている。
昔、妖魔に仲間を殺され、貪られた恨みが心の奥底の釜から漏れ出ているのだ。
『あらやだ、すぐかっかする男は嫌いよ』
「妖魔に好かれる趣味は無い」
『そう。じゃあルールを説明してあげる。ここは美光崎、というまあ、知らないでしょうけど、日本のある町を土台に作り上げられた空間よ。ここでは戦ってもらうわ。相手の名前は黄昏時夕焼』
「凄い名前だな」
『良家のお嬢様、みたいなものなのよ。それで彼女を倒せばあなたの勝ち。倒されればあなたの負け。単純明快でしょ?』
「妖魔の策略には乗らん」
『勝てれば直々に会ってあげる。こう見えて、私、妖魔の親玉なのよ』
「何ッ!?」
瞬間、全身の血が沸騰しかける。失った片眼が、ずきずきとうずく。それが冷静さを欠いている証拠だと知りながら、しかし妖魔の親玉が目先にいると聞くと、彼の感情が高ぶるのも仕方のない話だった。
『どう? やってみる?』
「……俺の武器は」
彼の愛用する短刀と銃は、今は東京の下宿先で仲間のメンテナンスを受けているはずだ。
『ないわ』
即答だった。
「そうか」
レオンの返答も素っ気無かった。彼は特殊な経歴から身体の作りが人間と少し違う。素手でも一般市民からすれば肉を裂き、骨を砕く凶器にほかならない。
黄昏時夕焼がどういった人物かは分からないが、改造人間であるレオンが格闘戦で負けるなんて余程の事がないと起こらないだろう。
「言いなりになるのは癪だが今は仕方ない」
――妖魔の親玉という戯言、今目の前で起きている事と比べると、存外、それに近しい強さを秘めているのは間違いないだろうしな。
と、歩き出した最中、視界が揺れた。レオンは頭を抱えて立ち止まったが、揺れはすぐに収まった。
「なんだ?」
呟くも答えは見つからなかった。
黄昏時夕焼は気がつくと鹿熊岳と抱き合ったまま、庭先で寝転がっていた。
目が覚めると鹿熊岳の顔があり、突き飛ばそうにも両腕でがっしりと包み込まれ、華奢な夕焼にはとてもじゃないが振りほどけるものではなかった。
鹿熊岳が目覚めたのはしばらくしてからだった。まぶたを閉じて夕焼は眠った振りをしていると、鹿熊岳は冷静に起き、素早く辺りを見回した。安全を確認すると夕焼を抱き上げ、縁側に寝かせる。
実に大人な対応である。
「あ、起きたのですが、お嬢。……お嬢、どうかなさいましたか?」
ちょっと気に食わない、といった表情で夕焼は膝を折り、見上げる鹿熊岳に返答した。
「別に。それより何があったのじゃ。さっきまでは夜であっただろう? 昼ではないか。しかもやけに静かじゃ。まるで私達以外に誰もおらんようだ」
「そうですね。少し家の中の様子を見てきましょうか」
「あ、私も行くのじゃ!」
それから二人は家の中を見て回った。
水道と電気は動いた。テレビは電波が送られていないのか砂嵐ばかりで役に立たない。携帯も知り合いにコールしてみたが繋がらず、怖くなった夕焼は家を出て、鳥居をくぐり、階段を下り、すぐ近くにあった家に駆け込んだ。
しかし、やはり人は誰もいなかった。
「どういう事じゃ? これは」
夕焼は落ち着いた様子で現実を受け止めていた。黄昏時家は高台にあり、彼女は無人の町を一望している。
「冷蔵庫の中身を確認しましたが、今朝の状態でした。ここは今朝の美光崎の模造品、なのかもしれません。突拍子もない発想ですが」
「いや、馬鹿にせんよ。何せ事が事じゃ。事情が分かれば話も楽なんじゃが――」
その時、二人の脳内に声が響いた。
『ようこそ、闘技場へ』
酷く落ち着いた声だった。淡白の極み、感情というものが削ぎ落とされた声は、一度耳にするだけで異質な何かを感じさせる。いっそ機械音声なら二人が身構える事もなかっただろう。それは人間らしからぬ少女の声だったのだから。
『警戒しなくていいです。ここはあなた達に深く繋がった土地を真似たもの。お粗末な出来ですが。とかく、本題に入りましょう。今、あなた達は狙われています。まだまだ距離は遠く、接触するには至らないけれど、遠からず相手がやって来るでしょう。これは決闘。黄昏時夕焼とレオン・M・ビューレッシュという男との戦』
「どういうことだ」
鹿熊岳が苛立った様子で訊ねた。
「俺はそのような事、認めんぞ」
『あなたは刀道組の若頭ですね。手違いで迷い込んじゃったのでしょう。まあ、構いません。別に一体一で戦う訳じゃないですし。彼女には今、親しい人間を喚ぶ力を与えました。それを上手に使いこなせば、勝負を制する事ができるかもしれません』
「話をそっちに持っていくな! お嬢が戦うなど俺は――」
と、虚空に向かって訴え始めた所で、すっと夕焼が制止する。
「少し口をつぐめ。恐らく訴えても無駄じゃろ」
『物分りがよくて助かります。今、試しに何人か喚んでみればいいと思います。勝てば素直に帰してあげなくもありません。とにかく戦わなければまず、この空間から抜け出すことはできないでしょう。それでは要らぬ挑発を入れる姉とは違って、妹である私はクールに去ります』
「……静かになったのう」
脳内からもう声が響かなくなったのを確認すると、夕焼は腕を組んだ。受ける気などさらさらない戦いだったが、どちらに気持ちが転んでいようと戦わなければならない。
「とにかく試してみるかのう」
「お嬢、いったい誰を?」
「ん~、まあ、ここは無難に」
と、夕焼は何となく手を前に突き出して目を閉じた。集中し、頭の中に喚び出したい者の顔を思い浮かべる。すると虚空にぱちぱちと火花が咲いた。それは次第に大きくなり、円となった。
すると円があった内側に黒服を身にまとい、胸に刀道の代紋を付けた刀道組の組員達が驚いた顔をして立っていた。夕焼と鹿熊岳は初めて異能というものを目撃し、言葉を失った。
「お嬢! 若頭! 探したぞ!」
刀道組での古株の武林久月が血相を変えて駆け寄った。他の七名も同じく二人に駆け寄って、どうやら現実世界では二人は失踪した扱いになっているようだった。
「心配しやしたぜ! 二人で駆け落ちでもしたんじゃねぇかって心配で心配で!」
丸刈りの小太郎は滲む涙を袖で拭いながら、とんでもない発言をする。
「おい、駆け落ちとかサラっと言うなよ。とにかくご無事で何よりです」
落ち着いた様子の御堂は周囲を見やって呟いた。
「ところで俺ら、さっき夜の町を駆けずり回っていた筈なんですが、どういう事ですかね?」
すると他の組員達も感動から我に帰ったのだろう。辺りが昼間であることに疑問を持ち始めた様子だ。夕焼は鹿熊岳を見ると頷いて、狼狽える組員達の前に出た。
「私から説明するのじゃ」
「つまりよく分からない事に巻き込まれたって事っすね」
小太郎は夕焼の丁寧な説明を、ぞんざいにまとめ上げた。
「お前、頭掻きながら聞いてんじゃねぇ! お嬢に失礼だろうが!」
些か感情の起伏が激しい龍獄誠を夕焼は制し、
「いやいいのじゃ。間違っておらん。誠も思うじゃろう?」
「……ま、まあ、何だかよくわかんねーっすけど、でもお嬢の言葉です。信用しねぇわけにはいきません」
「で、鹿熊岳よ。どうする?」
武林はあぐらを掻いて問いかけた。夕焼の半歩後ろで正座していた鹿熊岳は立ち上がり、
「とにかく情報が必要です。この中で足に自信があるものは?」
すると二人が手を上げた。健脚と知られる飛永と、動体視力が良い古手川である。
「よし、じゃあ二人に偵察してもらおうじゃねぇか。小太郎と御堂、龍獄は俺について来い。倉庫に確か武器があったはずだ」
「うすッ!」
三人は武林について行き、武器の調達に向かった。
「んじゃ、オイラ達も行ってくるっす。携帯使えるンすかね?」
飛永はそう言って携帯を確認する最中、古手川は言う。
「最悪、空に拳銃をぶっぱなせばいい。何かあったと知らせるには十分だろう」
「あ、メールは一応届くみたいっスね。でも送信する暇がない場合もありうるンで、念の為に古手川の言う通り、一丁お借りします」
「ああ、構わない。気をつけてな」
鹿熊岳の言葉を聞き、二人は頭を下げると武林の後を追った。拳銃を手に入れ、早速、二人は偵察の任に付いてくれるだろう。残ったのは寡黙な日村と、大柄な体格の来ヶ谷だった。
「俺達は何をしましょうか」
来ヶ谷は言った。日村も鹿熊岳を見上げており、命令を待っている様子だ。
「周りの警備を頼む。もしも奇襲を受ければ、ろくに装備も整っていない今、ただじゃすまないだろう。長丁場になるかもしれない。頼んだぞ」
「承りました」
と、寡黙な日村が膝を屈し、頭を下げる。
「こっちも了解です」
と、来ヶ谷は笑って、日村と一緒に黄昏時家の警備を始めた。
「私はどうしようかのう」
夕焼は手持ち無沙汰だった。
「お嬢は鋭気を養っておいてください。ここは天守閣です。お嬢は守るべき姫であり、どっしりと構えていてくださればそれだけで士気を高めるでしょう」
「そういうものかのう。鹿熊岳はどうするのじゃ?」
「とりあえず偵察からの報告を待ちながら、武林さんと武器の準備及び作戦を考えます」
「偵察か。……大丈夫かのう。飛永と古手川は」
「発砲音を聴かない事を願うばかりですね」
言って、鹿熊岳が庭先から見える町へ視線を合わせながら憂いた。
戦いへの準備が今、着々と進められていた。
飛永と古手川は作られた美光崎を慣れた様子で歩いていく。人の気配がない全く事を除けば、勝手知った町だ。ヤクザという因果な生業から、路地裏まで熟知していた飛永は、人が居ただろう痕跡を探しながら、周りを警戒する古手川と少しずつ捜索範囲を広げていった。
「いないっすね。そもそも美光崎全域っつうのはちと広すぎる気がするんすよねぇ」
飛永が愚痴ると古手川はサングラスを指で押し上げ、
「誰も全部探せとは言ってないだろう。とりあえず黄昏時家の安全は確保しないとな。お嬢の身に危険が迫るのは勘弁願いたい」
そうっすね、と飛永は苦笑する。
「それにしてもお嬢はこんな時でも気丈だな。姉さんを亡くして、俺らと顔を突き合わせるのは辛いだろうに」
「お嬢のお母さんの事は言わない約束っすよ。てかお嬢は気にしてませんよ。それよりオイラ達がしょげてる方が嫌だって、この前にお嬢に面向かって言われました。組長もお嬢にはたじたじっすね」
「これも鹿熊岳のおかげか」
「若頭、お嬢のお母さんみたいっすもんね。家事とか得意ですし、飯うめぇし」
古手川は顎ひげに触れながら空を見上げる。晴れていた空に嫌な雲が掛かる。
「よくない雲行きだな。胸騒ぎがする。早く済ませよう」
「そうっすね」
二人は気を引き締めて偵察を続けた。
レオン・M・ビューレッシュは改造人間である。
肉体を弄り、魔力や霊力を用いて妖魔という異質な存在とも戦えるように強化されている。しかし人間を逸脱した代償に、彼は人間に比べて行動するためのエネルギー消費量が多い。
とどのつまり彼は非常に燃費が悪く、そして今、腹を空かしていた。
「くそ、歩きっぱなしだ。今は何時だ? こんなんなら携帯持ってくるんだった。クソ!」
ようやく田んぼ地帯を抜けて住宅がちらほらと見えてきた。それから更に一時間程歩き、へとへとになったレオンの視線の先にはコンビニがある。しかしレオンはコンビニを見て、離れた。
――ここは妖魔の親玉かもしれない奴が作り出した世界。妖魔の食いもんなんぞ食えるか。……でも腹減ったな。体調もあまり良くない。頭痛がする。二日酔いか? 酒は飲んでない筈だが、鼻の奥に酒の臭いが……まるで犬みたいだな。
溜息をつく。
レオンは次第に悪くなる体調をおもんぱかってか、休める場所を探すことにひとまず目標を切り替えた。
その時である。
彼は遠くに足音を聞いた。常人であれば聞き取れない程の小さな音だったが、改造人間には容易い。すぐに警戒を始め、耳を澄まし、敵影を探す。ぼんやりと音の出処から居場所に目処を立てた彼の行動は迅速だった。
地面を蹴り、先手必勝の奇襲。塀に飛び乗り、そのまま屋根に上って一直線に向かう。体力が衰え、腹も減り、倒れる前に決めたい彼の苦肉の策だった。
そして結果として、策は相手の裏をかいた。
「な、なんだッ!?」
サングラスを掛けた黒服の男がレオンの襲撃にいち早く気付き、隕石のように降りかかるレオンの拳をいなす。咄嗟の判断にしては、想像以上のものだろう。
体勢を崩されたレオンは「うぉぉぉおおおおおおおおお!」と叫び、腕にしがみついてきたサングラスの男をコンクリートに叩きつける。改造人間らしい無茶苦茶な振りほどきだ。
「がっ!?」
「古手川さん!」
「は、早くお前はやることをやりやがれ飛永!」
飛永と呼ばれた男は携帯を持っていた。
――何処かに連絡をするつもりか。させるか!
状況的にレオンには各個撃破が理想だ。増援を呼ばれ、消耗戦になれば苦境に立たされることになる。レオンは駆け出し、飛永の背中に蹴りを叩き込んだ。
「くそっ、こいつ、なんて力だ」
寸での所で足を踏み出し転ぶのを防ぐ。反撃に打って出ようと向き直った飛永の顎を打ち抜く。手から携帯が落ち、踵から思い切り踏み潰す。連絡路は断った。
「くそっ……」
脳が揺さぶられ、ふらつく飛永に再び拳を打ち込み昏倒させる。サングラスを掛けた男もコンクリートに叩き付けられ、気を失っているようだった。
「妖魔じゃないようだが……放置でいいか」
そう言って甘えを出したレオンの隙を突くように、気絶をしたと思われたサングラスの男が死角を突く。ドォン、と腹の奥に響く聞き慣れた音と共にレオンの右上腕部が熱を帯びる。
「ッ、くそ……まだ気絶してなかったのかこの野郎!」
銃を放り投げ、レオンに立ち向かおうとするサングラスの男に先制で拳を叩き込む。最早、意識もなかったのだろう。防御もままならずサングラスは割れ、男は静かに倒れた。
「油断していたな……まあ、まだ銃弾が貫通してくれただけマシか。ぐっ!」
鋭い痛みが襲う。しかしそれに伴って傷口が塞がれていく。異常な回復速度である。
「よし、傷は塞がったな。……とりあえず親玉を見つけ出してさっさと終わらせよう。霊力で無理やり動き回っているのも、そう長くは持たんだろうしな」
冷静に自己を客観視し、レオンは再び歩き始めた。
背後で倒された二人がゆっくりと光へと消えていっていた事も知らずに。
夕焼は暇を持て余し、町の風に耳を澄ませていた。深呼吸を繰り返し、来るべき戦いに備えていたのだ。すると遠くから銃声が響き、少し間を空け、彼女の脳裏にある感覚が芽生えた。
それは奇妙な喪失感だった。
「……まさか、飛永と古手川がやられた?」
『どうやら喚び出した仲間がやられたようですね』
不意に聞こえた声は、夕焼に残酷な事実を突きつける。
「やられたって、何故分かる! まだ――」
『先程の喪失感は喚び出した仲間が現世に還った際に起こる、一種の警報装置の役割を持っています。やられた仲間を再度喚ぶ事は出来ません。ゆめゆめお忘れなきようによろしくお願いします』
淡々と事後処理をしているかのように説明する声に、夕焼は歯噛みした。声を責める事は容易だった。しかし彼女は一度深呼吸し、その事実をゆっくりと咀嚼すると武器の手入れ等に勤しむ鹿熊岳達の下に向かった。
夕焼は鹿熊岳に早急な対応を求めていた。だが鹿熊岳は極めて冷静に、二人がやられた事実を受け止め、
「各個撃破の的になるだけでしょう」
と、町に繰り出すよう進言した夕焼を論理的に跳ね除けた。確かに敵の存在は嘘ではなかった。しかし強さはまだ未知数である。今、不用意に飛び出せば返り討ちに遭う可能性も少なくはない。理解はできる。ただ夕焼は納得がいかないという顔だ。
「お嬢……」
小太郎は心配そうに顔色を伺った。武林は黙々とドスの手入れを行っていたが、額に青筋が浮き出ており、その怒りの強さは察せられる。龍獄は最早、怒りしかない。怒りを表面化させていないのは、冷静な御堂だけだった。
「クソがッ!」
畳を叩いて龍獄は拳を握り締める。しかしそれでも独断専行しようとしないのは、鹿熊岳の先程の言葉が彼の足を畳に縫い付けていたからだ。
日村と来ヶ谷も同じく顔に怒りを滲ませていたが、二人はすぐに立ち上がると俯きがちに、
「……俺達は警備に戻ります」
と、与えられた立場に戻っていった。二人も心中穏やかではないだろう。だが、持ち場を離れて警戒を緩めることを今、二人は何より嫌った。やられた飛永と古手川が決して無駄ではなかった。だからヘマをして、二人の行為を無駄にする訳にはいかない、と。
「小太郎、御堂、龍獄。俺達もやることをやるぞ。さっさと整備して、このガラクタを使える状態にしな。日村と来ヶ谷だけに背負わせられん。俺達も手が空いたら警備に回るぞ」
武林は煌くドスの刀身を見つめて言う。小太郎と御堂は頷き、龍獄は眉を逆さ八の字に釣り上げたまま、荒々しく刀を持った。
「さっさと血祭りにあげてやる……」
「冷静さだけは欠くなよ」
「御堂! てめぇは腹が立たねぇのか!?」
襟首を掴まれた御堂は目を見開いて一喝した。
「黙れ!」
龍獄は珍しく怒声を発する御堂に気圧され、掴んでいた襟首を離す。
「誰も怒っていない奴なんていないっすよ。俺だってそうっす」
小太郎がすかさず言った。
「……チッ、わぁったよ」
武林、小太郎、御堂、龍獄は武器の整備を続け、途中で警備を行う二人に拳銃と刀を持たせた。弾数も元々抗争などがなく、備蓄が少ないにも関わらずマガジンが二つと刀道組の本気が伺える。
「戦が始まるのう」
夕焼は泣きそうな顔で沈み始めた太陽を見つめていた。
鹿熊岳以外はピリピリと殺気立っており、双眼鏡などを用いて警備を行っていた。彼らの気概は嬉しいし、やられた飛永と古手川の『返し』をするのはヤクザなら至極真っ当な発想だ。
しかし夕焼はそれ程、ヤクザの世界に染まっている訳ではなかった。だから心配だった。身内に更なる犠牲者が出るかもしれない。それだけが。
「お嬢……」
鹿熊岳は彼女の泣きそうな横顔を見つめて、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「別に鹿熊岳が気負う事じゃあないぞ」
「私――いえ、俺は今晩、勝負をつける腹積りです。わざと木を集め、火を灯し、やって来た所を叩くつもりです」
「空城の計か?」
「似たようなものかと。このまま状況が膠着するのは望ましくありません。勝手ですが、今日、ケリをつけたいと俺は考えます」
「構わぬよ。ただ独断専行は許さぬ。私も前線に出よう。相手が誰であろうと、私だけが尻尾を巻いて逃げ帰る訳にはいかぬ」
「ですが……」
「お願いじゃ。鹿熊岳。守られるだけ守られて、仲間が目の前でなす術なく死ぬ場面なんぞ見とうない。そんな私がいたら、自分自身が憎くなる。死す時は同じ場所で死ぬ。じゃから――」
鹿熊岳は頷いた。頷いて、それから綺麗な夕焼けを見つめ、腰に差していた刀を掲げ、
「必ず守ります。この夕焼けに誓って」
いよいよ戦いが始まる。
レオン・M・ビューレッシュがその明かりを見つけたのは、仮眠を摂ってすぐの事だった。
辺りは既に暗くなり、月が空に鎮座している。レオンはぼんやりと丘の上、長い階段の先に火の温かい色を見た。空を薄く染め上げるそれは、明らかにレオンを呼んでいる。
――体力も殆どない。魔力と霊力を補給する手立てがない今、するべき事はただ一つ。罠であろうと飛び込むだけだ。
レオンはあくまでも冷静に階段を登っていく。エネルギーが切れかかった危機的状況ではあるが、レオン自身、精神的には仮眠を摂ったおかげか余力があった。
――恐らく相手は集団戦。しかし一般人相手ならば遅れは取らない。
そうして町を一望できる程の高さまで登った辺りで、レオンは一気に駆け上がった。強靭な身体能力を用いての奇襲である。だけど彼は侮り、気付いていなかった。敵もまた案山子ではなく、人間だということを。
「ッ!?」
門を出て、鉄で編みこまれた台座に薪をくべ、火を点けた物が中庭をぼんやりと灯す中、彼は鋭い殺気を感じ、横に飛んだ。ダァン、と低く腹の底に響く音が連続し、虚空を裂く。
――敵も馬鹿ではないか。
発砲音から敵の位置を把握し、小石を持って放り投げる。プロ野球選手顔負けの速球は、良い牽制になったようだ。家の中から短刀や刀、メリケンサック等を持って武装した黒服達が現れ、愚かにもレオンに近接戦闘を仕掛け始めた。
「小太郎! 御堂! 気を抜くなよ!」
「応ッ!」
小太郎と御堂は、気迫を感じさせる男の半歩後ろに立っていた。
「武林久月いざ参る!」
メリケンサックを打ち鳴らす武林は鬼気迫る表情で刹那、空腹から集中が途切れた隙を突き、レオンの懐に潜り込んだ。熟練の技か、急所である水月を正確に打ち抜いて、
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
武林は容赦のないラッシュでレオンの体力を削る。
だが、レオンもやられるままではない。両手で武林の両手を掴み、力比べに持っていく。単純な力比べであれば、体格では劣るものの、改造人間であるというアドバンテージは遺憾なく発揮される。
「むッ!? 何だと!?」
「オラァ!」
気合を発し、武林を投げる。くるくると横に回り、地べたに激突したのを確認する前に、レオンには次なる刺客が迫る。
「ッ!?」
目の前には煌く刃があった。寸前で避け、頬から血が滴る。小太郎は小太刀を構え直し、足払い。しかしレオンの強靭な足腰では転ばすには至らず、すぐさまカエルのように飛び上がって胸部に小太刀を突き立てんとする。
「甘いッ!」
真剣白刃取り。
「甘いのはお前だ!」
声が聞こえ、真横から刀が振り下ろされる。レオンは咄嗟に右手で小太刀の刀身を掴み直し、左手の指先でまた真剣白刃取りをやってみせた。
まるで曲芸のような光景である。
「なんやねんそれ!?」
小太郎が驚き、御堂も流石に度肝を抜かれたようだった。レオンは小太郎を蹴り飛ばして小太刀を奪い、手のひらが傷つける事も厭わず左手で刀身を掴んで引き寄せ、渾身の力で太ももに小太刀を突き立てた。
「ぐぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!」
刀を落とし、御堂は深く刺さった小太刀を忌々しく睨む。
「御堂! てめぇッ!」
小太郎が突進する。小太郎に気を取られた隙を狙っていた武林を、レオンは見逃さなかった。蹴り飛ばし、続けて無策で突撃してきた小太郎を殴り飛ばそうと身構えた時、銃声と共にレオンの拳が弾ける。
「がぁっ!?」
痛みと驚きが同居した顔を浮かべ、小太郎の拳が頬に刺さる。数歩下がり、しかし無事な左拳で小太郎を地面に叩きつけ、ぐちゅりぐちゅりと再生を始めた右手を強く抑えた。
額には脂汗が浮いていた。
奥からは拳銃を構えた黒服の男が、新たに三人現れた。大柄な男と口を固くすぐんだ男。そして中央に立っている男は、余裕があった。何事にも動じない目は、冷静にレオンを観察していた。
共通しているのは手に持った拳銃と、腰に刀を差していることくらいだ。
「日村、来ヶ谷、行くぞ。異常な事があっても目を背けず冷静に攻撃を続けろ。奴は手負いだ」
「了解ッ!」
と来ヶ谷は言い、日村は大きく頷いた。拳銃が火を噴く。
「くそっ!」
舌打ちして、レオンは走る。しかし全てを避けきるのは厳しく、特に中央に立つ男の射撃は正確だった。レオンは屋根に上ると、持ち前の腕力から瓦を剥ぎ、投げつけた。そして避けようとした所を投げつけ、銃撃が一瞬止む。
――今だ!
レオンは飛び込み、寡黙な男、日村の顔面に流星のような蹴りを叩き込んだ。日村は物言わず倒れ、来ヶ谷は血相を変えて刀を抜く。
「落ち着け!」
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! みんなの仇だぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
上から下に振り下ろされた刀は、しかし空を切る。慌てて刃を翻し、横薙ぎに振るうがレオンはそれをあろうことか右腕で受け止める。
「ぐっ」
強靭な肉と骨が成せる荒技だ。
「何ッ!?」
来ヶ谷の顔が青ざめ、レオンは拳にぐっと力を込めて顎を打ち抜いた。
撃たれて斬られて、右腕は当分、使い物にはならないだろう。
倒れた来ヶ谷を顧みず、男は拳銃を打ち続けた。レオンは突貫し、マガジンが空になると男も刀を抜いた。
ボロボロの状態のレオンと男――刀道組若頭鹿熊岳との死闘が今、幕を開ける。
黄昏時夕焼は気丈に振舞ってはいたが、戦いが始まると足がすくんでいた。それも仕方のない話だ。まだ高校生である彼女には拳銃の音や、仲間の断末魔は到底耐えきれるものではない。
そんな状態でも仲間を助けに行こうとした彼女を制止したのは、やはり鹿熊岳だった。彼は唇を噛み、やりきれない気持ちを滲ませながら、それでも冷静に戦況を観察し続けた。そして彼は第二波として、戦場に赴いた。
夕焼はもう居てもたっても居られなかった。家の奥から刀を抜いて、飛び出した。
仲間が心配だった。
鹿熊岳が心配だった。
無力なお姫様は嫌だった。
そうして彼女は見た。仲間の骸の中央で、激しい攻防を繰り広げる鹿熊岳と外人を。
金髪碧眼の外人――レオンの攻撃は、人智を逸していた。小太郎の小太刀を持って、縦横無尽に庭を駆け回り、鹿熊岳を翻弄する。対する鹿熊岳は冷静だった。悠然と構え、レオンの攻撃を弾いていた。
レオンは鹿熊岳の背中から強襲し、夕焼は思わず叫んだ。
「危ないのじゃ!」
「ッ!」
鹿熊岳は身を翻し、喉元に迫る小太刀を上に受け流すと、空いた胴を蹴り上げ、そのまま一歩踏み込み、袈裟斬りにする。しかし傷は浅い。
反撃の拳が刀身を砕き、咄嗟に折れた刀を投げ捨て、反撃に出た鹿熊岳の判断は正しかった。
だが、外人は鹿熊岳の攻撃を冷静に避け、小太刀で止めを刺そうとする。
鹿熊岳は刀身を掴み、足掻いた。
すると小太刀から手を離し、一息に殴り飛ばす寸前で、体勢が大きく崩れ、拳は地面に深く突き刺さった。
「ッ!?」
鹿熊岳は顔を青ざめ、小太刀を遠くに投げ捨て間合いを計る。
相手の様子は明らかにおかしくなっていた。
胸を抑え、苦しげにもがいている。まるで何かの一線を超えてしまったかのような、常軌を逸した取り乱しようだ。鹿熊岳も夕焼も気圧されていた。
その時、空気が一気にざわつき、例の外人がゆっくりと顔を上げる。
瞳は暗く酷く濁っていた。
レオンは鹿熊岳との一騎打ちの最中、正気と狂気の狭間に立っていた。無理をしすぎたのと、彼自身、追い詰められて精神的余裕を失っていたからだ。
限界ギリギリの戦いを張り詰めた緊張感の中、繰り広げた彼は、最後の最後で勝利を確信し、気を抜いた。それが内から沸き起こる妖魔への怒りに呑まれる切っ掛けになったとも知らずに。
「な、何が起こったのじゃ?」
夕焼は恐怖に震えながら訊ねた。鹿熊岳は夕焼を守るように、夕焼の手にあった刀を借りて立った。
視線の先に立つレオンの身体からはどす黒い何かが滲み出ていた。それが暴走した魔力であることを二人は知らない。
魔力はレオンの強靭な身体能力を維持する装置に等しい。人間が炭水化物を食べてエネルギーを得るように、レオンは魔力を通してエネルギーの質を変換させ、改造人間としての強さを保っていた。
だが、ずっと飲み食いせず、更に二日酔いらしき頭痛が半日以上が続けば、当然、身体は厳しい状態へと追い込まれる。レオンは動くのにも結構なエネルギーを使うのだ。燃費はお世辞にもいいとは言えない。
当然、度を超えたエネルギーの消費は、身体の最低限の安全、その基盤さえも崩壊させ、今、彼を突き動かすのは感情だ。ここで負ければ妖魔の親玉を名乗る奴に会えないというのは、彼に想像以上の緊張とストレスを強いていた。
――負ければ復讐できナい。
――妖魔に皆殺しにされた仲間のタメニ、妖魔の首ヲ。
――獲らなケレバ俺ハッ!
執念で動く彼の前には、最早、性別の概念はない。立ち塞がるものは全て敵。この歪な世界で彼以外に存在するものは今、すべからく敵なのだ!
単純な目的を得た彼の心からはすっかりと良心というものが消え去っていた。
「ううっ、ウウウッ……」
全身が過度な暴走に悲鳴を上げ、苦痛に喘ぐ。しかし苦しみながらも足取りは強く、視界の中にいる刀を構えた『誰か』とその後ろにいる『誰か』に向かって、腕を近づける。
もう敵の輪郭もぼやけて、使えるのは生命力を察知する魔力から得た索敵能力だけだ。
瞬間、彼は「あぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!」と獣のように叫び、勢いのまま刀を持った『誰か』に突進した。それはもう一人を咄嗟に突き飛ばし、レオンの拳を切る。
びゅうと風が吹き抜け、折れた刀身が宙を舞う。
「鹿熊岳ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
絹を裂くような悲鳴が響いた。レオンが下に視線を向けると、右腕がひしゃげた『誰か』が横たわっていた。そして駆け寄ってきた『誰か』が泣きながら、すがりつく。
「鹿熊岳! 鹿熊岳ぁ! 死ぬな! おい!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、叫ぶ『誰か』にレオンは拳を振り上げる。しかしその『誰か』は逃げるのではなく、果敢に、横たわる『誰か』の前に立ち、両手を広げた。
「お前に鹿熊岳は殺らせん! 絶対にじゃ!」
泣いて、鼻も赤く腫れ、嗚咽が止まらないにも関わらず、その『誰か』の声はレオンの耳にやけにはっきりと聞こえた。
――オレは……俺は。
戻りかけた正気。
だが、もう遅い。
拳は放たれた。
誰か――いや、少女は目を閉じ、来るべき痛みに備えていた。
拳は少女の顔を砕くだろう。
――嫌だな……なんか。
ふと思ったレオンの願い。
そうしてそれは奇しくも叶う。
嵐。それは始め、そう形容する他なかった。
レオンと夕焼の間で巻き起こった強烈な嵐はレオンだけを吹き飛ばし、夕焼と鹿熊岳を優しく包み込む。砂塵も起こらず、周りで倒れふす刀道組達にも被害はない。
「……何じゃ、これは」
不思議な光景を目の当たりにした夕焼は驚き、満身創痍の鹿熊岳を守るように立ち続けた。すると突然嵐が止み、二人の男女が現れた。
夕焼は言葉を失った。
一人は巨大な男だ。紋付袴を付け、頬に大きな刀傷のある大男だ。
もう一人は女性だ。歳は二十代後半という辺りだろう。花柄の豪華絢爛な着物を着て、肩には刀を引っさげ、髪は朱色の紐で束ね上げられている。
「なんね、これ。ウチの子達、可愛がってくれはったん、あんた?」
夕焼は涙が止まらず、とにかく驚いた様子だった。
「ユウ、大丈夫? こんなになって……ほら、お母さんの着物で鼻、ふきな」
「う、うん」
高級そうな着物を汚すのには躊躇いがあったが、夕焼は大人しく母の着物で鼻を拭う。
「あ、姉さん……」
鹿熊岳が意識を取り戻し、息も絶え絶えになりながら夕焼の隣に立つ。
「よぉく頑張ったね。後は任せんしゃい!」
どんと胸を叩いて、夕焼の母は敵に向き直った。
「ええんか? 久々の親子の再会やろうに」
刀道組組長――夕焼の父は腕を組んだまま重く口を開いた。
「あんたこそ、あたしがいなくて寂しかったんちゃうの?」
「フン、ぬかせ。ずっと寂しがってろ言うたんはどこのどいつじゃ」
「せやね。ま、無駄口はおしまい。行くよ、あんた!」
「応ッ!」
二人は駆け出した。レオンは突然の状況の変化についていけてないようで、二手に別れたもののどちらを追うべきか迷っているようだ。
「こっちを向かんか若造がァ!」
刀道組組長の渾身の拳がレオンの腹に突き刺さり、ふわりと足が土から浮く。そして強烈な二擊目がレオンの顔面に叩き込まれ、地面を転がるがすぐに体勢を立て直す。
「あたしを忘れんじゃないよ!」
立て直すと同時に側面から顔を狙うように刃があった。レオンは後方に倒れ、そのまま宙返りで距離を取る。しかし夕焼の母の踏み込みは早く、着地した足に刀が突き立てられた。
「――――ッ!?」
言葉にならない声を上げる。
「あんたぁ!」
夕焼の母が刀を抜いたのを見計らって、刀道組組長の拳がレオンを防御ごと数メートル後退させる。
「あの状況で防御とは、良い根性しとるわ」
「まあまあ強いねぇ、確かに」
二人は余裕だった。
レオンは押されていた。
改造人間が一般人に押される。
有り得ない構図である。
その時、レオンは足から血を吹き出すのも厭わず、前に大きく駆け出した。二人も通り過ぎ、前に。その先には夕焼が立っている。
「くそッ!」
刀道組組長が駆け出すが遅い。尋常ならざる速度に追いつける訳もなく、突撃してくるレオンを前に夕焼はなす術なく貫かれる……筈だった。
そのレオンに立ち塞がる者がいた。
「武林!?」
レオンの拳が腹部に文字通り突き刺さる。しかし武林は逆にその手を掴み、
「オラァ、てめぇら根性出せぇぇええええええええええええええええええええ!」
今まで意識を失っていた筈の組員達も立ち上がる。
小太郎、御堂、日村、来ヶ谷はレオンを組み伏せ、その間に武林は数歩後退し、膝をついた。腹からは滝のように血が溢れ、もう長くは持たないだろう。夕焼は涙が止まらなかった。
「武林、お前……」
「組長、やり、げほっごほっ! やりましたよ」
「……ああ」
「後は、すんません。……頼みました」
どさりと武林が倒れ、光の粒子になる。
「さ、止めだよ」
暴れるレオンの前に夕焼の母が立った。
「悪いね。これでシメさ」
刀はレオンを背中から串刺しにし、ようやく勝負は終わった。
目が覚めると夕焼は庭先に立っていた。
「お嬢、夕飯ですよ。何してるんですか?」
「えっ、あ、いや。鹿熊岳、お前、腕は大丈夫なのか?」
「腕?」
夕焼は視線を落とす。そこにはちゃんと腕がある。傷はない。
「……夢じゃったのかのう?」
「どうしたんですか? お嬢」
「……いや、何もない。さ、飯を食おう!」
首を傾げる鹿熊岳を尻目に夕焼は家の中へと歩いて行った。
ホッと安心した顔で。
名前『レオン・M・ビューレッシュ』
全体ランク:A
体力:A
知力:C
攻撃:S
防御:C
運勢:B
敏捷:B
精神:A
キャラ:
黒歴史認定にした非公開作品から引っ張り出した主人公。元アメリカ軍海兵隊、二十二歳。短い金髪に碧眼、だが片目は義眼となっておりそれを隠すため眼帯をしている。服装は迷彩柄のズボンに黒のTシャツ、その上に茶色の革ジャンを着ている。一人称はオレで、平時は平坦だが戦闘となると口調が激変する。
とある任務中に妖魔と呼ばれる怪物に襲われ、部隊は全滅。レオンも瀕死の重傷を負った。が、退魔組織“神楽”が妖魔を退け、レオンは生き残れた。その後、“神楽”に「仲間を殺した妖魔に復讐したい」と語り、それを“神楽”は認め、魔改造人間として“神楽”に参加した。
特殊能力
魔改造:魔術・霊力・科学技術を用いレオンの体が耐えられる限界まで改造を施した。これにより、かすり傷程度なら一瞬、大きな傷でも数分で治癒が可能となった。が、副作用として戦闘後はエネルギー(飯)を補給しないと動けない。酒は滅法弱い。
CQC:近接格闘術。軍隊で使っているものに、“神楽”にいる近接戦が得意な退魔師から指導を受け、短刀とナイフを使った変則的な格闘術になった。
AMNアンチ・マジック・ヌーメン・M134:ミニガンと呼ばれる小型ガトリング砲を、“神楽”の技術班とレオンの趣味が悪い意味で合ってしまい、誕生した魔改造武器。片手でも撃てるようグリップを取り付けられ、更に対魔力・対霊力の性質を施された特製の弾丸を交互に撃ち出すという優れもの。が、弾丸は量産するのは難しく、対大型妖魔の時にしか使えない。レオンはこれを二丁構え、固定砲台のようにして使う。
展開:
対大型妖魔との戦闘を終えた後、出有珠でうす・X・蒔苗まきなに闘技場に呼び出された。説明を聞く前は怒っていたものの、話を聞くうちにバトルジャンキーが発動。やる気を出した。
名前『黄昏時夕焼たそがれどき ゆうやけ』
全体ランク:C+
体力:B
知力:B
攻撃:B
防御:B
運勢:D
敏捷:C
精神:B
総評:同じく『白黒』から。能力はあるが、武器が刀一辺倒で、殺劇ならば戦える。人外、遠距離には太刀打ちする術を持たない。能力の使い方がこのキャラを生かす術。
キャラ:ひんぬーで身長も小さく、古風な物言いをする時代錯誤な女子高生。黒髪の大和撫子。刀が好きだが血生臭い戦いは嫌い。
特殊能力:
『刀道組若頭・鹿熊岳かぐま召喚』
ヤクザのお嬢様である夕焼にのみ許された、ヤクザを援軍として呼ぶ技。数十人まで呼び出し可能で、組員の基本能力はC。鹿熊岳のみB。特技はなし。メリケンサックなど、凶器の扱いに長けているくらい。
本作では能力を『親しい人間を喚び出すもの』へと変更しております。